第40話「先生とお友達」

 領主や、あるいは皇帝家、大帝家があずからぬものは存在する。


 遺跡というのならば兎も角、秘匿ひとくされている田畑は珍しくないのだから。


「干ばつだの長雨だのがあった時、税を取られたらたまらないってんで、隠し田畑なんてのは、ある事はあるッスよ」


 焚き火を前にファンはそういう。


 税率は五公五民――つまり50%とされているのだが、その実、農地の広さを測量して、割合ではなく量で徴収されるのが常だ。干ばつや長雨で収穫が上がらずとも、測量によって得られた情報を元に徴収されるのだから、食うに困る場合も当然、ある。


 何かあった時のため、田畑を隠しているのは領民の知恵とでもいうべきものであり、公式には禁止されているとはいえ、ファンも口やかましくいうつもりはない。子爵家に繋がるといっても、ファンは平民なのだから、その感覚は貴族とは違うものだ。


 ただ、このインフゥが告げてきた事が、田畑でない事は問題になる。


「でも遺跡となると、また話が違いそうッスなぁ」


 隠して得するようなものに感じないのがファンの感覚であるが、インフゥは首を横振る。


「大人は皆、ここは自分たちで切りひらいた土地なんだっていってるよ」


 裸一貫で切り拓き、築き上げてきたという想いを考えれば、ファンも行き着く境地があった。


「ああ、後から来た貴族だの騎士だのに取り上げられるのは、面白くないッスねェ」


 騎士階級の起こりは武装農民だとする説もあるのだから、土地の権利に関わる事は非常に神経質な問題である。


「土地の権利を守るため、遺跡を使って戦力増強……ってとこッスか?」


 当たらずとも遠からずだろう、とファンが鼻を鳴らす。それとインフゥがボロボロになって逃げてきた事は結びつけられないが、遺跡を秘匿し続ける理由は結びつけられた。


 エルはその上に疑問を挟む。


「でも、そんな簡単に隠せないでしょう?」


 上手の手から水が漏るという状況を、ファンは人一倍、見てきたはずだ、と。そもそもフミの領地、ユージンの村、パトリシアとエリザベスの街も、ファンが特別、優れていたから勝てた訳ではない。どちらもグダグダの状況だったが、相手がよりつたない手を打ったからファンが勝っただけの話だ。


 遺跡のような特別な存在を、人の行き来が少ないとはいえ、村ひとつで隠し続けられるはずがない。どの貴族も血眼になって探しているような場所なのだから。


 平和を乱したい輩は存在する――エルでも知ってる事だ。


「天下が定まったとはいえ、未だ北にも南にも、逆転の野望を持った太守がいますよ」


「そもそも、伯父上がドュフテフルスを任されている理由も、皇帝家と南方が繋がらないようにするのと、いざという時、海上封鎖させるため、楔を打ち込む必要があったからッスねェ」


 人の口に戸は立てられないのが世の常である、とファンも思う。


 思うが、簡単な手があるのだとインフゥはいう。


「オーク……」


「オーク?」


 豚のような亜人種の事かと聞き返したファンに、インフゥは「うん」と頷いた。


「大地主が、自分の牧場を作ったんだ。オークの」



 亜人種の牧場・・



「そんなものを?」


 エルが目を丸くしていた。聞いた事はある。精剣せいけんを宿せるのは人間だけではなく、事実、ユージンの村を襲っていたのは精剣を持ったコボルトだった。亜人種に精剣を宿せば、使い捨てにしても惜しくないという理屈だ。


「理屈は、案外、簡単なんスよ」


 ファンも驚きはしたが、無茶だとはいわない。


「女のオークばっかり集めて、男が生まれたら間引いていくって方法ッスわ」


 試みた話をいくつか知っていた。精剣を操るのならば兎も角、宿すのだとすれば最低限の意思疎通ができれば済む。


「男の方は、乱暴……というか凶暴なんスけどね、女のオークは子供を人質に取ったら、何もできなくなるッス。また綺麗好きが多いから、家中、ピッカピカにするし、労働力としても悪くない……って考えは、最近、あったのを覚えてるッスよ」


 そう単純な話ではないが、戦力を精剣に頼るようになった頃から、亜人種の活用は様々な方面からアプローチされていた。


「ははぁ……。遺跡を秘匿するために、その遺跡を中心に牧場を作ったんスね?」


「最初は、それでよかったんだけど……」


 インフゥが声を潜めた。


「……牧場主が、欲を出してきたッスか?」


 ファンの予想は当たり。


「自分の土地を、勝手に広げてきて、他の人たちと……」


 村の内部で崩壊が始まったという事だ。


「それは、まずいッスね」


 想像が付くだけに、ファンも顔を歪ませた。内部崩壊を起こしかけている村だが、抱えている秘密が秘密だけに、外部に漏れる事態は歓迎されるはずがない。いくつの陣営があるのか知らないが、インフゥは今、どの陣営とも敵対してしまっている。


 ――それに、この様子……両親が健在な訳ないッスよね……。


 果たして村に戻していいものかと考え込む。しかしインフゥを旅の仲間に加えれば済む問題かといえば、それも大きく違う。


 ――人を雇う余裕なんてないスからねェ……。


 仕送りもあるが、それは飽くまでもファン一人分であり、エルと分けただけでも十分な額でなくなってしまう。後は稼ぐしかないのだが、インフゥが何か身に着けているとは思えない。


「ファンさん、剣士なんだろう?」


 そんな提案がインフゥからあった。


「……」


 ファンは答えず肩を竦める。ファンにとって本業は旅芸人であり、剣士は不本意・・・な副業だ。てにされるても困る。


 だがインフゥがいったのは、精剣を操る者という意味ではない。


「俺に、剣の使い方、教えて下さい」


 剣を使う者という意味だった。

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