第7章「白刃は銀色に輝く」
第100話「暗闇の旅人も あなたが頼りです」
年が改まり、
シュティレンヒューゲル大公に三世大帝から
これは
この場合の
自刃の理由は、表向きにこそ大国の領主にあるまじき乱行を咎められての事だとされているが、それについては後世、様々な風聞、俗説を生み、史実である事を証明する術はなくなってしまう。
唯一、後世の一次資料となる大公家秘記に記されている乱行とは、やはり先の
大公、自刃。享年28。
大帝の座を実兄と争い、世に不満を持つ不心得者を扇動して叛乱を起こそうとした男の最期であったと伝えられている。
***
それから数日後、各地に奇妙な書簡が出回ったと風説にあった。
「ファン」
ムゥチとネーの事件の後、キン・トゥの元に留まっていたファンをヴィーが訪ねたのも、そんな頃。
「何スか?」
正式に
――まだまだ自分には難しいんスよ、人に教えるのは。
今まで弟子など取った事がないファンには、毎日が試行錯誤。自分が習った事しか知らないファンであるから、教える技術は劣等だ。
たまたまインフゥとファンとは似た部分が多かったが、それでも同一ではない。インフゥを鍛える術を身につけるのは、文字通り粉骨砕身で挑む日々になっている。
そこへヴィーが取り出したのは、一通の封書だった。
「預かっている手紙があるんだ」
「手紙?」
「これは……大公殿下?」
大公の紋章だった。
開けてみれば、記されている日付は大公が自刃したとされる日。
「自刃なされる直前のもの」
その言葉に視線をヴィーの顔へと向けたファンであったが、それは本当に一瞬だけだ。
ファンも気にした封書の内容は、正式な作法によらず、話し言葉で書かれている。そんな手紙は当代の貴族としては異常だが、話し言葉で書かれているからこそ、この手紙を受け取る者は大公にとって虚飾を取り払える相手ともいえた。
その話し言葉も、一言のみ。
――フリーデンスリートベルクへ向かってほしい。
その文字が示しているのは、大帝家へも伝わってしまったルベンスホルンの一件であるから、ファンはゆっくり溜息を吐かされた。
「大公殿下も、ルベンスホルンに?」
知っていてもおかしくはないし、また上覧試合とて潜在的な叛乱分子をいぶし出すためだったのだから、大公ほど平穏、安全を願っていた者はいない。
「大公殿下のご遺志になる。ルベンスホルンに潜む危険を排除する事――」
ヴィーもファンと同様に深呼吸し、
「特にファン。君ならば、先陣を切れるだろう?」
大公が期待している人材は、上覧試合で唯一、自分と引き分けという結果に終わったファンだった、と告げるヴィーであるが、ファンは所在なげに頭を掻くだけだった。
「事実上、自分の負けッスよ」
ヴィーは御流儀を使わず、眼前で剣を止めて勝ちを譲った――それがファンの認識だ。
「自分は、
「いや、それは……」
しかし、それはそれでヴィーの認識とは逆になる。
――俺は、使いたくても使えない
ヴァラー・オブ・ドラゴンと御流儀の相性は最悪といっていい。動きを制限する鎧、片手で持たなければならない盾、電磁波振動剣という武器……、その全てが御流儀で考えられている武具とは違う。
振動剣というだけならば、アブノーマル化した
――精神感応式振動剣は、よくできている。
ヴァラー・オブ・ドラゴンとは全く事情が違う、とヴィーは思わされている。事実、エルがファンと息を合わせて発動させている機能は、御流儀と無干渉。
言い淀んでいるヴィーに対し、ファンは何かを思ったかも知れない。
「いや!」
パンッとファンは自分の頬を叩き、気を取り直す。
行かない理由を探しているような空気になっているが、行かない理由など探していない。
「行くッスよ」
「ありがとう」
ヴィーが頭を下げようとしたが、ファンは手を伸ばして兄弟子の額を支えて
「必要ないッス。当然ッスわ」
袖すり合うも多生の縁というのが、今までファンが動いてきた行動理念だ。
「ただね、讃州旺院非時陰歌は、あんま期待しないで欲しいんスけどね」
先の戦いで手に入れた新しい精剣に関しては、そういうしかなかった。
「何か、あったか?」
目を
「出ないんスよ。非時は抜けるんスけどね、どうやっても讃州旺院非時陰歌に変わってくれない……」
「原因不明?」
ヴィーも心配そうに眉を潜めるのだが、ファンは「いやいや」と首を横に振る。
「原因は分かってるんスよ。ヴァイスギッフェルでは、エルの意識が精剣になっても保たれてたんスけど、それができないんス」
ノーマルの非時を抜くのはファンの意志だけで抜けるのだが、アブノーマルの讃州旺院非時陰歌を抜くには、精剣の鞘であるエルの意志も必要となっている、というのが原因だ。
「まぁ、まぁ……」
ヴィーは苦笑い。
「別に、元から非時はいい剣だろ」
関係ないとヴィーはいった。
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