第75話「だから、仲よく静かに遊ぶの」

 メーヘレンの姿をとらえた時、パトリシアの胸に去来する何かがあった。


 双方共に精剣せいけんを手にして対峙する経験は積んできたが、パトリシアも戦闘は兎も角、戦場・・は経験していない。


 場の空気が異常だとパトリシアは感じてしまう。



 ――負ける事が許されない空気じゃない。



 今まで経験してきた戦闘では、感じられなかった空気だ。


 陪観ばいかんしている貴族から感じられるのは、勝てでも負けろでもなく、ただ戦え・・


 その空気が、戦闘と戦場の違い――パトリシアの胸中に去来したのは、そんな違和感からくる戸惑いだった。


 周囲の目は、パトリシアの味方でも敵でもなく、また勝利や敗北に賭けている訳でもない。


 ただ剣士としての強さ、戦い振りが見たいだけだ。


 ――慣れない。


 パトリシアがそう思えるのは、この時、最後の余裕から。本来ならば歓迎すべき事なのだろうが、逆効果になってしまう時も存在していた。


「……」


 対極に立つメーヘレンには、そんな空気を感じ取る余裕はない。


 パトリシアが精剣を持たず、エリザベスをはべらせているのだから、剣士であるメーヘレンにはワールド・シェイカーの格が分からない。メーヘレンの精剣を女に戻せば、精剣の鞘同士は感じ取る事ができるというが、今、精剣を戻す気はない。


 ――うるさいからな。


 メーヘレンにとって精剣は武器であり、パートナーではない。特にレアしか宿せていない女など。


 ――もっと強い精剣だ……。その精剣に、この精剣を合成して鍛える。


 メーヘレンにとって精剣とは道具だ。人に戻せしても、敵の格が分かるくらいしか使い道がないならば無価値というもの。


 メーヘレンの目は、パトリシアの精剣を宿しているエリザベスへと向けられ、その動向しか見ていない。


 だから聞こえなかった。


「抜剣」


 メーヘレンは始めという審判役の声に、パトリシアが精剣を顕現させるまで気付いていなかった。


 だがエリザベスに注視していた事で、行動が一手、遅れるという事はなかった。エリザベスの姿が消え、パトリシアの手にワールド・シェイカーが握られるが、その間に精剣を構えられる。


 それでも一瞬、メーヘレンとパトリシアの間に呼吸の合わない時間帯が存在した。


 その一瞬を埋めたのは、パトリシアの躊躇ちゅうちょだった。


 ――ここでは、スキルが使いにくいな。


 ワールド・シェイカーのスキルは、大地を隆起させる。場合によっては串刺しにする事も可能だが、それを狙う事に躊躇してしまった。


 ――大公殿下の庭先を荒らす事になる。


 貴人が望まない事を知っているのは、宮仕えの経験のあるパトリシアだからか。


 それがメーヘレンとの一瞬を埋めてしまった。


「ッ」


 間合いを詰めようとしてきたメーヘレンに向かって、パトリシアはスキルを小さく制御し、庭先の石を加速させ、石つぶてとして弾き飛ばす。


 ――こういう方が、寧ろ難しい!


 パトリシアにとって攻撃スキルとは、そういうものだった。巨大にする分には自分の負担だけたええれば良いのだが、小さく、また精密にするとなれば集中力が必要となり、戦闘中では荷が勝つ。


 それでも拳大の石つぶては十分、殺傷力を備えている。ユージンの村でファンが村人に教えた攻撃方法で重要視したのは、矢でも槍でもなく、投石だった。


 それをパトリシアは、一つや二つではなく、二桁に上るものを弾き出す。


 ――避けられても構わない。体勢を変えられれば!


 十分な効果があると歯を食い縛るパトリシアに対し、メーヘレンは――、


「ハッ!」


 短い気合いの声は、気をしっかり持って耐えようという声ではない。



 石つぶては確実にメーヘレンの身体を捉えたが、その全てがメーヘレンの身体を覆う光に遮られたのだった。



「防御障壁!」


 思わずパトリシアが声をあげさせられた。絞りに絞ったスキルでは、防御障壁越しのメーヘレンにダメージらしいダメージは与えられない。


 メーヘレンの体勢は崩れず、逆にパトリシアには隙が生まれてしまう。


 反射的に下がろうとしてしまうパトリシア。ファンやインフゥのように剣術を修めていないが故の反射だ。


 ――いいや、違う!


 だがパトリシアの本能がねじ伏せた。


 今、反射的にしようとした後退は、待避でも回避でもなく、逃走だ。


 戦いに必要な事は、攻撃、防御、回避――だが、最も重要なのは、その根底にある闘争心のはず。



 待避も回避も戦う事を放棄した事にはならないが、逃走だけは違う。



 だからパトリシアはねじ伏せた。


 それでもメーヘレンに対し、踏み出せた足は半歩に過ぎないのだが。


「ッ」


 歯を食い縛り、精剣を刃物として振るう。殆ど経験してこなかった攻撃であるが、パトリシアは生まれながらの剣士だった。


 ――こういう相手は、弱者とみればかさかって来る!

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