第34話「のこらず鬼を攻めふせて」
剣士に共通していえる事は、兎に角、「待つ」という行動が苦手という事。
だが変化は
距離を置いて攻撃するには弓矢しかなかった所へ現れたから、運用思想が追い付かなかったのだ。
敵影を発見次第、派手なスキルを連発し、粉砕する事を是として使い始めたのだから、何もしないは精神的な負担が大きい。
「大丈夫なのか?」
パトリシアが口にしたのは、何度も去来してきた考えだだろう。エリザベスに宿っている精剣はHレアなのだから待機は慣れていないし、剣士がいる事を知った上で、精剣を持たないヴィーが潜入する事を不安視していた。
「何かあったのではないか?」
「あったら、こんなに静かじゃないッスよ」
キャビンを振り返ったファンがいう。
「ヴィーの事が露見したとしたら、連れて行かれた村の人が大騒ぎしてるッスよ」
静かなのが無事な証拠だというファンは、逆に待つ事に慣らされている。ファンの
「……事前に露見してしまったら?」
傭兵に扮している事が事前に領主の把握する所になっていたとしたら、と口にした事が、パトリシアの苛立ち具合を示していた。
しかし口にすべきではない言葉だったが故に、ファンもハハハと大袈裟に笑い、
「それは誰かが漏らしたという事になるッスねェ」
それとて嫌味と受け取られかねない。
「ファン」
それを制したのはエル。
「ヴィー様が
「元々、自分より上手の遣い手ッスからね」
たった一人でフミの近衛兵を平らげたファンだが、ヴィーはそれよりも上だという。
「後れを取るような事があったら、よっぽどの人がいたって事になるッス」
これは稀少な精剣があるという意味ではない。
自分の得物を使いこなせる相手がいたならば、という意味だ。
少なくとも、ファンが出会った中で、精剣を使いこなせていたといえるのは、精々、ユージンの村を襲ったコボルトくらいなもの。それでも十分でなかったため、ファンとユージンに斬られた。プロミネンスを振るっていた剣士など、その十分の一と技量がなかったのだから、ヴィーが策をしくじる余地はない――というのが、ファンとエルの見立てだ。
そして事実、ファンの眼前で広間へと続く門は開かれた。
***
「頭良いフリをしているけれど、それ程でもないですよね」
衛兵を斬り捨てながらヴィーが向けた視線には、歯噛みしている領主の顔が。
領主の思惑では、もし傭兵が刺客で、その上、村人全員が叛乱を起こしたとしても、頭上から精剣のスキルで炎でも稲妻でも降らせれば一網打尽だ、というものだった。
衛兵の代わりなど、いくらでも集められる。剣士であっても、レア以下の精剣など自分の身に宿るLレアを成長させる糧でしかないと思っているのだから。
だから撃てばいい、と思考は簡単に完結していた。
だが現実は――、
「……いいのか?」
衛兵とヴィーが混在し、乱戦模様となってしまった事が
そしてヴィーが衛兵を全員、斬り捨てているというのならば話は違ったかも知れないが、ヴィーは戦闘力を奪うのみで生かしている事も手伝ってしまう。
「構わんから撃たんか!」
領主の怒声が響き渡るのだが、それを掻き消す轟音が門を通過してくる。
馬車だ。
広間の真ん中へと爆走してきた馬車を操っているのは、派手に赤い帽子の男。
だが、それ以上に目を引いたのは、キャビンから飛び出してくる女だった。
「パット!」
剣士が目を剥く。
「ベス!」
広間に降り立つと同時に、キャビンに向かって手を伸ばすパトリシア。
「抜剣!」
その一言で顕現するパトリシアの精剣は――、
「ワールド・シェイカー」
ロイヤルブルーの柄に、金色の護拳を持つ白刃が現れた。
この場にいる剣士ならば、一度ならず見覚えのあるHレアだ。
「撃つぞ!」
そうなって初めて、剣士たちは衛兵の犠牲など気にしなくなった。
精剣に光が点っていく。
Hレアのワールドシェイカーであるから、広間からでもテラスを狙う事は可能であるが、スキルを発動させる早さ競争ならば分がある。
「タービュレンス!」
それに対し、パトリシアは地面に精剣を突き立てた。
その力はぐるりと地面にらせん状の亀裂を発生させると、槍の如く天へと隆起させる。
隆起した地面が盾となって頭上から降り注いだ炎や稲妻を阻む。
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