女神の白刃

玉椿 沢

第1章「遺跡を臨む地」

第1話「ぽっくりぽっくり歩く」

 草原に整備された街道を旅人が行く。


 冬から春へと移り変わる、丁度、そんな季節の風は徐々に温かさを増していた。そんな風に迷い込んだかのように、近くを流れる小川の寄合水せせらぎがある。


 顔を隠すフードを飛ばした風に手を挙げた旅人は、そこで自分を追い掛けてくるかのように聞こえてくる馬車の音に気付いた。


 音が聞こえてくる風上へと目を向けると、馬車が一両、ゆっくりと走ってきていた。


「ハイ」


 馬車を操っている少年が片手を上げた。旅人同士の挨拶だろう。


「旅人さんッスか?」


 不思議な程、少年の声はよく通った。荷馬車を操っているのは少年のように見えるが、声からするに弱冠には達している。派手な赤い帽子を被っているのだから、その職業は想像が付く。


「ええ。そちらは、旅芸人さん?」


 旅人はフードを首の後ろへ回しながら、少年を見上げた。声がよく通るのは、発声法を知っているからだと考えれば合点がいく。そういった練習をしており、馬車で移動する旅人となれば、旅芸人と推測できる。


「そうッス。俺、ファンって言います」


 旅芸人は馬車を停めつつ、背後を指差す。


「後ろにいるのが――」


 キャビンの窓から女が顔を見せていた。


「旅人ですか?」


 女も旅人へ目を向けていた。


「エル。相方ッス」


 ファンが切れ長の目を更に細くして笑みを向けていた。


「私は、フミといいます。宛てのない旅人です」


 旅人も名乗ると、ファンは「そうッスか」といい、自分の横を指差した。


「宛てがないなら、乗っていきますか?」


「いえ、そんな……。悪いですよ」


 固辞するフミであったが、ファンは地図を示す。


「村まで、割とあるッスよ?」


 歩いていける距離かと言われると、少し迷ってしまう距離だ。日は確実に暮れる。


「日が暮れると、危ないッスよ。特に……」


 草原の向こうを顎で指すファンは、そこかしこに不穏な気配を感じていた。


 この国は歪な構造になっている。


 権威と権力は本来、同一であるはずが、この国では別々なのだ。



 権威は西の皇帝に、権力は東の大帝にある――。



 戦乱は遠い昔の事ではなく、そんな構造では治安維持に不安を抱える事になる。


「では、お言葉に甘えます」


 アヤはひらりと馬車に飛び乗った。


「ヒュ~」


 その足取りは正に軽業で、ファンから見ても鮮やかなものだった。


「フミさんは、ひょっとして……です?」


 エルが訊ねたとは、この国では特別な意味を持つ。


 ただ単に剣を操る者の事ではない。



 精剣せいけん――振るう者に絶大な魔力を授ける兵器を操る者の事である。



「まさか」


 フミも思わず苦笑い。


「剣士なら、一人じゃないでしょう」


「そうなんですか?」


 聞き返したファンだったが、フミは「ええ、そうですよ」としか答えなかった。





 しかし夕方前には村へと着く事ができたのだが、その入り口で思わず足を止めさせられてしまう。


「ここは……山賊にでも襲われたのか……?」


 村の様子を見ながら、フミは視線を巡らせていた。


 一見して、荒れ果てた様子はない。家が燃やされている訳でも、廃墟だらけという事もない。



 ただ活気がない。



「……」


 ファンも馬車を走らせつつ周囲を見て、同じような感想を抱いていた。活気がないのでは、旅芸人も商売にならない。


「心配ですか?」


 フミはファンの顔を見て訊ねた。


「え? 顔に出てたッスか?」


 パンッと音を立てて自分の頬を叩くファンは、どう思っていたかよりも顔に出ていた方を気にしてしまう。


「自分、一重瞼で目が細いでしょう? 睨み付けたように見えるから、気をつけてるつもりなんスけどねェ」


 芸人としてはマイナスポイントなのだと言うのは、些か質問の内容から外れていたが、フミはくすりと笑い、


「涼しげな切れ長じゃないですか」


 世辞や社交辞令が入っているかどうかは分からないが、ファンの顔立ちは十人並みだ。


「気をつけないと、曲芸してる途中で子供が泣き出してしまいますよ」


 キャビンからエルが冗談めかした声を向けてきた。


「あいたぁ」


 ファンは戯けて馬車を停めた。


「ま、ま、食事をしてから考えましょう? お腹空いてたら、いい考え浮かばないですよ」


 食堂の前だった。



 看板から察するに日が暮れれば酒場にもなる食堂は、また奇妙な空間だった。昼食の時間帯であるから人の姿はあるのだが、皆、黙々と食べるだけなのだ。しかも店に入ってきた三人に対し、一斉に視線を向けてくる。


 しかし、そこは旅芸人のファンとエルだ。目立つ事が仕事みたいなものなのだから、視線が集まるのは気にしない。


「カウンターが三つ並びで空いてるッスね」


 ファンはカウンターに並べばいいと進んでいく。


「……え?」


 フミは目を丸くするが、エルも他の客など気にせず入っていく。


 カウンターへの向こうにいた店主は、よく言って訝しげ、悪く言うなら警戒している。


「サラダとチキンソテーとかあると嬉しいッス。パンとかイモとかは、なくてもいいけど」


 ファンは、やはり店主の事も気にしない。


「……驚かないんだな」


 あまりに自然体で言う者だから、店主の方が眉をハの字にした。異様な雰囲気だろうと自覚があった。


「驚かせるのと笑わせるのは、旅芸人の仕事ですからね」


 ファンの隣に座るエルも、目立つ服装をしている。


「旅芸人?」


 店主がを向けると、ファンは「旅芸人ッス」と被っていた帽子の鍔を跳ね上げ、顕わにした戯けた表情と共に言った。


「自分はラッパを吹きます。ダンスも大道芸もします」


「私はダンスと、歌は私の専門です」


 二人で世界を回っていると言うが、こんな寂れた村に何をしに来たというのだろうか? と言うのが、皆の感想だった。


 しかしやはり二人は気にせず、エルも「同じものがあれば」と注文した。


「作ろう。そっちの人も、同じで?」


 店主が最後になったフミへ向けたのは確認だ。


「同じでお願いします」


 フミはエルと逆サイドの席に座りながら、改めて店内を見た。


 店だけでなく村全体に感じる疑問が浮かんだ。



 村の世代は酷く偏っていた。



 10代後半から30代の女性がいないのだ。給仕をしている女を見ても、まだ一桁ではないのかと言う少女と40代以降の女しかいない。


 ファンとエルもフミの視線を追っていると、店主が気付いた。


「領主が連れて行っちまったんだ」


 主語が省略されてしまっているが、何を指しているかは分かる。ぽっかりと穴が開いている世代の事だ。


「森の中で、遺跡が見つかってね……」


「遺跡?」


 フミが鸚鵡返しにすると、店主は顎をしゃくった。その方向に遺跡のある森があるのだろう。


「メダルやコインを入れると、精剣って剣になるっていうんだ」


 今日、ファンも話題に挙げたものだ。


 そして剣士は二人で行動するとフミが言った意味も教えてくれる。


「その剣は、女の身体を鞘にして宿るんだと。そして母から娘に引き継がれる」


 故に剣士は精剣が宿った女を傍に置き、領主は経産婦を中心に浚っていく。


 村には子供が残るから人口は保たれ、労働力となる男も同様に残るため、経済的に疲弊する事はない――ただし人心以外は。


 店主の声に、チキンを火にかけた音が重なった。


「酷い話ッスね。天下分け目の戦争が終わって、やっと何年でしたっけ?」


 ファンが、人心の疲弊が最も憂慮すべき事だろう、と言う顔をしていると、不意に店主が吹き出した。


 エルもファンと同じ顔をして、同じ方向を向いていたからであるし、本気でそう考えている者など、とうに見ていないからだ。


「そういや、あんたら夫婦かい? 子供は?」


 店主が吹き出してしまう程、息がぴったりと合っている二人だった。雰囲気が全く違うため、姉弟とは思えない。


「夫婦じゃねェッス。幼なじみッスわ」


「生んでません」


 ファンはケラケラと笑うが、対照的にエルは不機嫌そうだった。しかし会話のとっかかりに出された話題ではない。


「なら、心配ないか」


 経産婦でなければ、確実に子供が産める訳ではないため、領主も旅芸人の女を連れて行くような事はあるまい。


「どこから来なすった?」


「ドュフテフルスです」


「そら、随分と南からきたもんだ」


 エルが答えた地は、かなり南にある。船がなければ来れない場所だ。


「地元だけだと仕事が行き詰まるから、各地を回ろうって思ったんスわ」


 ファンは腕組みをして、身体を左右に揺らしていた。


「こんなご時世にかい?」


 フミが訊ねた事は、皆が思っていた。まだ各地で復興作業が完了していない。こんな時代にウロウロしている旅芸人など、珍しいを通り越して皆無といえる。


 命知らずというのが大方の見方だ。


「こんな時だからッスよ」


 しかし命知らずとしか評されないのは、ファンには不本意だ。


「戦争が終わって、赤茶けた土を町や畑に、煤けた顔を笑顔にしなきゃ、この国は終わりッスよ!」


 だから旅芸人をしている――という言葉には、いつの間にか皆の気持ちをほぐしていた。母親や妻を連れて行かれるという、暗くなるしかない状況であるが、ファンの軽いとしか言いようのない口調は皆を少なからず明るくした。


 皆が注目する中で、ポンッと間の抜けた音が鳴り、ファンの回りに花びらが舞った。簡単な手品であるが、そのタイミングが絶妙で、笑顔だけでなく笑い声まで出てしまう。


「いいねェ」


 店主も焼き上がったチキンを皿に移しながら、軽い笑みを浮かべていた。


 それを給仕役をしている少年が盆に載せ、ファンたち三人の前へ持ってくる。


「はい、食べて」


 まだ十代半ばくらいの少年は、手を挙げるどころか、腕すら動かさずに花びらを舞わせたファンの腕前に目を輝かせていた。


「ありがとう。うまそうッスなぁ」


 皿を受け取ったファンは、焼きたてのチキンの香りを思い切り吸い込んだ。


「俺の甥っ子だ。笑ったのは久しぶりだ」


 店主が手を伸ばし、少年の頭を撫でた。


「お母さんは……?」


 エルが訊ねると、店主の表情も些か陰る。


「俺の妹だ。まぁ……な」


 直接、何があったのかをいわなくとも分かる。


「背中を丸めてないのなら立派ッスよ。それに比べたら、剣士とか――」


 しかし調子に乗っていると、それを遮るものもある。



「それに比べれば、剣士など……何だ?」



 低い声が食堂の入り口から投げかけられたのだった。

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