第63話「イチゴ畑に飛び込んで、目玉がふたつ飛び出たとさ」

 大公の気持ちをはかれる者が如何いかほどであったかは分からない。記録に残るのは議事録や関係者の日記に過ぎず、客観的な心情など残りようがないのだから。


 今、大公の前にいる家臣に、大公と本当の意味で寄り添えていた者は皆無であった。


「東西に分けるは不敬のそしりを受けるやも知れませぬ」


 今、出されている意見は、上覧試合の組み分けについて。


 東にも西にも、それだけならば方角を表す単語であるが、東西と並べた場合、容易く想像してしまうものがある。



 東の大帝、西の皇帝。



 優劣をつけてはならない所だ。比べるなどもっての外。


「一組、二組でよろしいのでは?」


 そういう意見も出てくるが、一組、二組とするのも味気ない。数字を使うと、優劣が付いてしまうのもいただけない点だ。


「紅白は?」


 それも、紅と白それぞれ単体であれば単語に過ぎないが、二つが揃うと別の意味を持つ。大帝家は代々、赤旗を引き継いできている。そして太古の昔、大帝家の祖先が覇を争ったとされる豪族の旗が白だったという説があるからだ。


「……」


 その全てに大公は返事らしい返事をせず、酒の入った赤ら顔で見遣るのみだった。


 ――暗愚……。


 誰かが思った。誰もが、かも知れないが。


 そんな中、末席に座っている男から出て来た一案には、顔を上げさせられる。


「南北にすればよろしいでしょう」


 本来、そこは席などではなく、従者以下のものが控えている場である。だが大帝家への叛意はんいにじませている今ならば、そこにいる者の発言もとがめられる雰囲気ではなくなっていた。



 そして男が口にした内容――南北。



 皇帝家が南北分断されたという歴史は存在するが、南北はそれだけを意味しないようにできるからこそ、大公は顔を上げさせられた。


 南北には、象徴される色が存在している。





 北は黒、南は赤。


 そして黒赤という組み合わせは、ある職業を仮託できる。


「……僧侶・・兵士・・か……」


 大公は呟く程度であったが、静かになってしまっていた室内には、その呟きすらもよく通った。


 黒は僧侶を、赤は兵士を象徴するとされる。


 それは言い換えられるのだ。



 黒は死を悼むもの、赤は死を作り出すもの、と。



 死とは武断主義を象徴するものであり、大帝家が変えていこうとしているものだ。


 それを使うならば、この上覧試合の意義と照らし合わせても相応しいではないか!


「採用しよう」


 大公がピンッと指を弾くように立て、末席の男を指した。


「採用しよう」


 大公がもう一度、繰り返した。


 それだけの事をいった男は……、


「セーウン・ヴィー・ゲクラン」


 ヴィーだ。


***


 上覧試合に出場する剣士は、それぞれ専用の宿舎を与えられている。大公の客でもあるから、その部屋はこの街で最高級のものである。


 居室と寝室だけでなく台所まで併設された部屋が提供されているのは、本番で口にするものは全て自前で用意するくらいの用心深さを持つ剣士がいるからだ。


 ファンもその口であるのだが――、


「イモ……」


 カラやエリザベスも習いたいといい、ファン自身も名人だと認めるコバックのシチューを前にして、ファンはうなっていた。


「あー」


 そんなファンをザキが指差す。


「ファン、好き嫌いあるんだー」


 顔を見ていれば分かるのは、ザキも好き嫌いがあり、コバックから厳しくいわれているからだ。


「イモ嫌いなんスよ」


 決して裕福ではないのだから、ファンも旅をする中で干し肉とジャガイモは切っても切れない縁なのだが。


「えー、美味しいのに」


 ザキは好物だ。特にシチューといえば、ジャガイモやカボチャはつきものだ。


「ファンは、カボチャ、イモ、栗が嫌いんなんです」


 エルが溜息交じりに言うと、女性陣は皆一様に驚いた顔をしてしまう。どれもこれも、女性陣は寧ろ好物にしているものだ。


「多すぎるだろ」


 ユージンも笑いながらシチューを掬うスプーンをファンへ向ける。


「好き嫌いがある方が格好いいと思ってないか?」


 そして「なぁ?」と同意を求める声を向ける相手はインフゥだ。


「美味しいですよ」


 インフゥも好き嫌いはあるのだが、ファンが嫌っているとエルが挙げたものは、全て嫌う要素がない。


 ザキなどはケタケタと笑い、


「格好悪ーい」


 しかしファンは苦笑いしながらジャガイモを掬ったスプーンを口に運ぶ。


「嫌いだけど、食べないとはいってないッスよ。好き嫌いしても食べるから、格好悪くないッス」


 何だかんだと文句をつけて食べない訳ではないから、好き嫌いではないと胸を張るが、やはり皆、「えー」とあおるような声をあげて笑い合う。


 が、その芋を一口、口に放り込むと、


「ん! んん!」


 むぐむぐと口を動かすファンは一気に咀嚼そしゃくし、


「味が染みこんでてとろけてうまいッスね。これは食べられるッスわ」


 二口、三口と進めていくファンに、今度はパトリシアが不思議そうに首を傾げる。


「何なら食べられない?」


 と、ファンは「簡単ッス」と前置きした後、エルを指す。


「こういうほくほくした感じじゃなく、ゴロゴロの。煮崩れるからって何か細工してるらしいんスけど、いつまでも口の中に残る感じの――」


 何となく皆、ファンが指しているエルを目で追っていた。


「料理が下手んスね」


 身も蓋もない言葉だ。エルは女中として教育されてきた。料理、洗濯、掃除などは当然、身に付いていなければならない。


 だがエルは鼻白んだ様子もなく、


「作った方が偉いという事にしよう、と決めてましたよね? 旅に出る前に」


 ザキがまた笑う。


「ファン、格好悪い~」


 彼らの元へ正式な通達が来たのは、その夜だった。


 赤組に組み入れられたのは、以下の通り。


 剣士・ファン・スーチン・ビゼン、精剣保持者・エル・シ・ド・ハヅキ。


 剣士・ユージン、精剣保持者・カラ。


 剣士・パトリシア・ノーマン、精剣保持者エリザベス・デファンス


 剣士・インフゥ、精剣保持者・ホッホ。


 剣士・コバック、精剣保持者・ザキ。

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