第102話「風が東寄りに吹いてるときは 人にも獣にもいいことがない」
ドュフテフルスからフリーデンスリートベルクへ向かうには、二通りの選択肢がある。北へ船でゾルダーテンラーゲーへ渡ってから、陸路に変えて東へ向かうか、最初から東へ向かいトゥーゲントインゼルから船で直接、フリーデンスリートベルクへ向かうか、だ。
ファンが選んだのは、直接、乗り込むのではなく、北へ向かう事だった。
「来た時と同じだね」
潮風に目を細めるザキは、違う道があるならば違う道を行きたかったのかも知れないが。
「それが一番、安全ッスからね」
短くしかいわないファンは、海路は逃げ場がない、と思っている。陸路ならば進路変更も容易いが、船はそう簡単にいかない。特に内海は凪いでいるが、真っ直ぐ東へ行った場合、内海と外海を繋ぐ海峡を渡る必要がある。そこは難所だ。
――そんな所で襲われたら、逃げるに逃げられない。
追い込んで足を止めるだけで終わってしまうような場所へは、今の状況では踏み込みたくないというのがファンの本音だった。
――どんなスキルを秘めた
仮にワールド・シェイカーのように、地形を隆起させるスキルを大規模に扱える精剣があったとすれば、船上でそれを浴びるのは危険も危険。
とはいえ、これはザキに話したくない。コバックが嫌う。危険な所へ行こうとしている事も、剣士との戦いがある事も承知しているが、子供に戦場の存在を教えたい親などいない。
「東へ行くと危ない所ですからね」
エルが言葉を引き継いでくれたのは、ファンとしては助かった。
「東は、内海と外海を繋いでる海峡を通らないとダメですから。引き潮と満ち潮で
襲われる可能性よりも、難所である事で説明する。
「渦?」
ザキが目を丸くした。
「渦ッスね」
ファンは両手を大きく広げ、15人乗り、荷物ならば穀物に直して1000リーベ――成人1000人が1年間に食べる量――を積載できる船の前後を指差した。
「この船と同じくらいの大きさの渦が、この船と同じくらいの速さで回ってるんス。飲まれたら酷い事になるッス」
外航船ならばいざ知らず、内航船では危険な場所であるが、見た事のないザキは楽しそうなものを想像しているが。
「渦かぁ」
しかしザキの隣にいるインフゥは、全く違うとてつもないものを想像しているらしい。
「波があるのに、渦を巻くんだ……」
首を傾げているインフゥへは、ヴィーが説明してくれる。
「
そしてインフゥへは、ヴィーも声を潜めて本当の理由を告げた。
「地形を操るような剣士が来たら、簡単に全滅させられる」
外航船や軍船ならばいざ知らず、内航船では
インフゥも言葉を少なくされてしまう。
「……そうですね……」
この旅は、ファン一座の巡業ではない。
今までは
ファンとヴィーがムゥチから贈られた新しい衣装が――ムゥチは
戦闘への備え。
***
ゾルダーテンラーゲーへ到着しても、ヴィーはフリーデンスリートベルクへ直行させなかった。
理由は簡単で、
「あと二組、加えますよ」
大公が選び、書簡を発行した相手は、ファン、ヴィー、インフゥ、コバックの他にもいる。それはファンにも簡単に想像のつく相手だ。
「あァ」
ファンが想像した通りの相手が、ゾルダーテンラーゲーの玄関口、ゴットテューア港に立っている。
ヴィーが手を振った。
「ユージン! パット!」
その二人の剣士は、それぞれの精剣を宿すカラとエリザベスを連れてやってくる。
あの上覧試合に集まった面々だ。
決して多勢という訳ではないが、何も知らない相手ではないのだから、言葉は一つだけ。
「心強いッスね」
ファンはニッと白い歯を見せて笑った。
ここからフリーデンスリートベルクまでは陸路である。
「馬車も新しくなったし、快適ッスよ?」
伯父と父親が用意してくれた自慢の馬車だ、とファンは4人を手招きした。
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