第107話「天上に上ったり 床に下りたり」

 精剣せいけんを作った男といわれても、ピンと来る者は希有けうだ。田畑の造成でコインやメダルが見つかり始めた頃も、武具にするには丁度いい地金が出て来たくらいの認識であったし、精剣が宿り始めた頃の、格について言及される前は、そもそも興味を持たれる存在ではなかった。


 そして今となっては、既にあるもの、更には便利で強力な兵器と認識され、精剣の存在意義、歴史などは等閑なおざりにされている。


「作った者……?」


 エリザベスがひとつと、フミは「そう」と頷いた。考えた事すらないという顔が見えている事に対し、満足そうに。


「遙か昔、だ」


 長くなるというのだろうか、フミは手頃な岩に腰掛けた。


「天に召された女がいた。その復活を願った男がいた」


 フミの笑みが強まるが、それが何に対してのものかは分からない。


「この世には、止めようのないものが一つだけてある」


 フミは言葉の端々に、寒々しい雰囲気が纏わり付かせる。



「花は枯れ、人は腐り、形あるものが崩れていく絶対のもの――だ」


 フミは笑ったのだろうか? 嗤った・・・のだろうか?



「この恐ろしい法則を止めるため、男は一日1000人の者を犠牲にし、100年かけてて魔力を収束させる器を作った。それが精剣の起こりだ」


 身振り手振りを交えて語るフミの声に、熱がこもり始めた。


「魔力を収束、発振させる剣は完成した。だが男が地に伏すまで、終ぞ望むようなスキルは現れなかったのさ。それはそうだ」


 苦笑か、嘲笑か、その双方か、フミの笑みにそんな色がにじみ出してきた。


「天に召された女を連れ戻す力が、地に伏した男にあるはずがない」


 フミの笑みは、軽い自嘲だったかも知れない。


「天に召された女を求めるんだから、運を天に任せるのが一番だと気付いたのは、今際いまわきわだった訳だ。だから遺跡では、コインやメダルを投入すれば、精剣が現れる。天に召された女が認めたならば、もう一度、天から戻るため、死という法則を覆すスキルが精剣に宿るはずだ」


 フミの笑いが強くなる。


「故に、私は精剣の仕掛けを知るに至ったのだ」


 去年の春先、この地にある遺跡で声高に話していた事だ。


 ――精剣には、テーブルがある。


 必ず高位の精剣が現れるという話だ。


 ――テーブルがあり、天井がある。特別な時間帯に、大量のコインを消費し、その後にメダルを使えば、必ず最上級の精剣が現れる。


 自信満々にいっていたが、そんなものは与太話であり、眉に唾せぬ者などいないと思わされるもの。


 ――そして人の身体は、自分の中へ入ってこようとする異物を排除しようという意識が働く。生きていようと思うならば当然の事だ。その抵抗は精剣の格を落とす事もわかった。


 だが、それら全てが真実だったというのだ。


「天に召された女と、地に眠る男の血を引く私は、今、その精剣を手に入れた!」


 笑い声が最高潮に達した時、フミは飛び跳ねるように腰掛けていた岩から立ち上がった。


「我が精剣ヘロウィンこそ、死を超越する王者の剣だ」


 高らかに宣言するのは、精剣の格ばかりをいっているのではない。


 大事なのは口調――村人たちに、嫌が応にも思い出させる事がある口調だ。


 ――我々の頼りにしていた国は乱れ、経済、治安に深刻な影響が出ている。街道は夜盗、魔物が溢れ、そのためやむなく剣士の育成を急いだ。


 フミ自らの言葉ではないが、フミが重臣達にいわせた言葉を、今、ここで思い出させる。


 ――これは全て、領民のためである! この決断に、残念な事であるが逆らう愚かな村があった。我々はやむを得ず、その村に厳罰を与えると共に、新たな精剣顕現の儀式を執り行う!


 処刑宣言と同じ響きであり、それは事の起こりを知らないパトリシアにも戦慄させた。


「ここで見逃さなければ、どうするつもりだ?」


 パトリシアは剣呑な雰囲気を見せる。


 ――剣士は一人じゃ意味がないぞ!


 フミが剣士であろうと精剣を宿していたとしても、一人では戦えない。


 単独で敵地へ姿を見せる事は自殺行為に等しいのだが、フミは涼しい顔。


「斬ればいい。別に構わないぞ」


 それがパトリシアの手を止める。


 ――ハッタリだろう?


 そう思って尚、パトリシアは精剣を抜けなかった。


 万全であれば抜けただろう。


 だが一戦を終えての消耗が、僅かとはいえない程の逡巡しゅんじゅんを呼んでしまった。


 フミはそれを見抜いて、ここにいる。


「こちらは手を出さない。私の本拠地は、あの遺跡だ。来るといい」


 背を向けるフミは、嗤うしかないではないか。


 だから一歩、踏み出したところで、顔だけを振り向かせ、その笑みを対照的な表情のファンたち――下郎へ向ける。


「そうそう、手下の剣士などいないから、変な緊張をする必要はないよ。全て、私の精剣のエサにした。ドュフテフルスに送り込んだグリューとフォールは、偶々、Uレアだったから残しておいただけだ」


 煽り口調で挑発し、今度こそ立ち去るために向けた背で語る。



 ――今は見逃してやる。



 ファンもヴィーも、その姿が見えなくなるまで誰も動けなかった。


 そして動けるようになったのは、大人たちより少年が早い。


「ファン……」


 少年の声で、ファンは呼吸すら忘れていた事を自覚した。


「はぁぁぁ……」


 深呼吸するように大きく息を吐き出すファンは、ここでやっと、頬を伝うのは冷や汗、額に浮かぶのは脂汗であるのに気付く。


「あの遺跡が、フミの本拠地なんスか?」


 そんな嫌な汗を掻かせられる理由は直感させられたからだ。


 ――人じゃないのか。


 フミは姿こそ人であり、人の言葉を解するが、人といえない何かだ。


「うん……」


 頷く少年に、ファンはいつもの「大丈夫」という言葉がかけられない。


「……帰って来れない人が出るかも知れないッスね……」


 何人とはいわないが、大丈夫という言葉は遂に口に出せなかったのだ。

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