第25話「結んで、開いて、手を打って、結んで」

 ファンが幌馬車の速度を緩める。街の防壁が見えてきた。


 城壁の前での質問は酷く簡単で、キャビンのエルも疑問を口にする。


「奇妙ですね」


 今まで巡ってきた場所は農村であったから、単純に比較する事はできないが、こんな時代に、こんな防壁を持つ街の衛兵が簡単に旅芸人を通すなど考えられない。


「奇妙ッスね」


 ファンも奇妙に思い、もう一度、門を振り返った。


 防壁に修繕の必要な箇所は見当たらず、兵士の装備も整っている――つまり十二分に防衛力を保持している事になり、それは規律の下になければおかしい。


「……」


 ファンは帽子を目深に被り直し、目を細めて思案顔。笑顔を絶やさないのが芸人の第一だと心得ているが、旅芸人となれば他にも身に着けなければならないものがある。


 危機管理だ。


 退避と回避を重要視するのは、何も戦闘に限った事ではない。


 ――さて、どういう領主だ?


 この辺の知識は、悲しいかなファンの「騎士爵の息子」でしかない身分が限界を見せる。貴族同士ならば繋がりもあるし、領主の為人ひととなりも聞こえてくるだろうが、平民のファンでは噂レベルの事しか聞こえない。フミの事を知らなかったのが、何よりの例だ。


 とっとと出て行くのが正解とも思うのだが、そうもできない理由がある。


「……合流は、いつでした?」


 エルがいう「合流」だ。



 街道沿いの街であるから、ここへファンの実家から連絡と仕送りが来る予定なのだ。



「明日か、明後日か……」


 ファンの声も明るくはない。約束の日時は明日の昼という事になっているが、そこは前後する。手紙の遣り取り、交通の不便さ――そもそも二人の故郷であるドュフテフルスは、途中で船旅が必要な所だ。


 約束は当然の如く前後する。


 そして使いも決まっている人が来るとは限らない。


 そう考えたところで、ファンはパンッと自分で頬を張る。


「あー、ヤダヤダ。早く売れたいッスなぁ」


 ニッと笑い、芸人に戻った。差し当たって重要なのは、合流するまで騒動を避ける事と、その後、手早く立ち去る事だ。


「とりあえず宿を決めて、道路の使用許可を取るとするッスよ」


***


 こういう時代であるから、何か一つを充実させれば、他が犠牲になるのが常である。


 この街が持つ欠点は、防衛に重きを置きすぎている事だと、ファンとエルは共通して感じていた。


 治安維持はどんな分野にも影響する事であるから、優先順位が高いのは確か。


 しかし度が過ぎれば、別の問題が首をもたげ始める。



 衛兵の選民化・・・だ。



 宿の前へ停めた幌馬車から降りながら、エルは小難しい顔をさせられる。


「芸事するには向かない土地です、これは」


 街の中は、どこか活気がない。


 その原因は一目瞭然で、衛兵の横暴さがあるからだ。


「正規の教育をされた騎士じゃなさそうッスね」


 傭兵崩れ――多くの場合は、逃散した農民が身を落としている――だ。武器の扱いに長けているのではなく、暴力に長けているというタイプであるから、健全な精神などは望めない。


 ファンの呟きは、そんな横暴な衛兵には聞こえなかったはずだ。


 だが羽根つき帽子と、派手な身なりが目を引いてしまう。


「おい、お前!」


 胴間声どうまごえがファンとエルを打った。


「見かけん顔だ。何者だ!?」


 そう問われても、街中に入ってきている以上、防壁での審査をクリアしている身であるから、悪意を向けられる覚えはない。


「旅芸人ッス。自分はファン。ラッパを吹きます。大道芸とか、ダンスとかも披露します」


「私はエル。歌は私の担当です」


 できる限り柔和に話しかけたつもりであるが、それが却って衛兵のしゃくさわったのかも知れない。


「旅芸人だァ?」


 わざとらしく間延びさせたのは脅しをかけたいからだろうか。


「大道芸が得意っていったな? 何ができる」


「最近は、ジャグリングとかやってるッスよ」


 そういいながらファンが捲ったタバードの下には、先日の村で譲ってもらったスローイングナイフがある。


「面白い。やってみろ」


「それなら、すぐに」


 と、スローイングナイフを取り出すファンであったが、衛兵は「待て」と大声を出し、


「どうせなら、その上に乗ってやれ」


 指差すのは、ゴミ箱にでも使っているバケツ。


「へ?」


 頓狂とんきょうな声を出すファンであったが、それはポーズだ。気が付けば、遠巻きに街の人間がファンと衛兵の遣り取りを見ている。


「また、厄介な事に……」


「シッ、聞かれるわよ」


 とばっちりはご免だと口々にいっている者たちの顔は、皆一様に顰めっ面だ。


 その顔をファンは気にする。


 ――すすけた顔を笑顔に! 赤茶けた土地を畑や街に!


 普段から口にしている言葉に嘘はない。


 衛兵はゴミ箱を見窄みすぼらしいお立ち台にし、さらし者にしてやろうという意図でいったのだろうが、ファンは寧ろ逆手に取る。


「お安いご用ッスよ。でも、こうやった方が面白いッスよ」


 ゴミ箱を寝かせ、エルから受け取った板を載せ、ひらりと飛び乗る。当然、転がる。そして安定して転がるように設計されていないのだから、ファンが足場にした板はグラグラだ。


「ははッ!」


 バカが調子に乗ったと衛兵は笑うのだが、ファンは飛び乗ると同時にタバードの下からスローイングナイフを4本、抜き放つ。


 流白銀りゅうはくぎんのナイフは陽光を受けてキラリキラリと輝きながら弧を描き、宙を舞う。


「ホッ、ホッ、ホッ……」


 わざと口を半開きにして道化のような表情を作っているものだから、衛兵はいつ失敗するかと底意地の悪い笑みを浮かべてしまう。


 その笑みが最高潮に達したと思った瞬間、ファンはいう。


「エル、あと1本、追加してほしいッス!」


 馬車の中に入れてあるのがあるだろうといえば、エルは「はい」と返事をし、馬車の中から1本、スローイングナイフを取り出し、スッとファンへ向けて投げた。


「わッ!」


 見物している街の者から悲鳴が上がった。


 だがエルが投じたナイフの柄を宙で掴んだファンは、それをジャグリングの中に組み込んでしまう。


 ホッとした空気が流れたところで、今度はエルが声を張り上げる。


「はい、もう1本!」


 不意打ちのようにもう1本のナイフを追加した!


「え、え……!? おおッ!」


 ファンが慌てた声を出すが、これも演技だ。


 慌てた声と共にジャグリングの速度を上げ、合計6本のナイフを宙に舞わせる。


 その速度、高さを上げていき、最高点に達したところで、ひらりとファンが宙返り。


 宙に舞うナイフを全て両手に纏めて着地すると、タンッと軽い音を立てて見得を切る。


「お粗末様でした」


 歓声が上がるが、この歓声は衛兵にとって面白くない。


「つまらん!」


 怒声で皆を黙らせる。


「つまらん芸を見せおって!」


 衛兵が求めていたのは、失敗して恥を掻くシーンだ。決して歓声を浴びるファンの姿ではない。


「その軽業、怪しい。間者ではないのか。詰め所へ連れていけ!」


 横暴というにはあまりにも横暴な言葉であるが、逆らえる者がいない。


 歓声を上げていた観客は、一瞬で街の住人に逆戻りし、衛兵へ道を空けてしまう。


 だが、次の瞬間だった。


「おーっと、すんません! 空けて、空けてーッ!」


 悲鳴と共にやって来たのは、天の助けか?

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