第26話「友達に、なるために」

 皆の視線が集中する、衛兵の詰め所まで一直線に開いてしまった群衆の隙間。


 遠巻きにしているため、まるで花道のように開いていた空間を、大きなボールに乗った男がやってくる。ファンの真似をしようとしたのか、玉乗りをしながらジャグリングをしようとした男は、落ちないように足掻あがいていたら勢いがついて止まらなくなった風だった。


「は、ははは! ひぃぃぃ~!」


 大袈裟おおげさな声を上げながら、男はファンと衛兵の間へ割り込むように来たかと思うと、その寸前になってスッ転ぶ。手にしていたジャグリング用のボールを投げだし、豪快という単語がよく似合う転倒ぶりだった。


 宙に放り出されたボールは次々と男の頭へ落下し、ポコポコと小気味いい音を立て――、


「え!?」


 しかしエルが驚いた声を上げたのは、そのボールは全てあらぬ方向へ散らばらなかったからだ。


 一つはファンの頭上に来たかと思うと、ポンと弾けて紙吹雪を舞わせる。


 一つはエルの手に収まり、一輪の花へと変わる。


 残りは全て衛兵の上で弾け――キラキラと輝きながら落ちてくるのは、銀貨だった。



 この一連の動きが完璧にコントロールされている。しているのは無論、この男だ。



 コントロールされていないとすれば、こんな偶然は奇跡の類いではないか。


「あ痛たたたた……。真似をしようとしたら、大失敗でした」


 男は頭に被っているエスニックターバンのずれを直しながら身体を起こし、衛兵の前へと膝を着く。


「衛兵様。ここはひとつ、自分の間抜けぶりに免じ、お収めいただけませんか?」


 銀貨を拾い集めた男は、それを両手に乗せて差し出す。心付けだという印だ。


「はははは」


 その姿は流石に間抜けに映り、また心付けにも衛兵の気をよくする。


「三人とも旅芸人か。まぁ、あまり人を扇動するような事はしないようにしろ」


 衛兵が指摘する男の出で立ちはファンと同様、旅芸人である事を示す派手さだった。頭に巻いているエスニックターバンは女物、白い外套に覆われた身体には、所々、金の装飾を身に着けている。それがキラリキラリと光るのは、黄金は高価であればある程、下品な輝きを纏わないのだから、安物である事を示す。


「はい、我ら旅芸人。人を笑わせる事、驚かせる事以外はしないとわきまえてます」


 もう一度、男が頭を下げると、衛兵はその頭をパンパンと叩くように撫でて去って行った。


 何事もなく終わってみれば、群衆もホッと胸を撫で下ろし、三人の旅芸人の事など何もなかったかのように散っていくのみ。


「あーあ」


 そんな群衆に、顔を上げた男が肩を竦めさせられていた。


「せめてお捻りくらいくれても良いのに……ねェ?」


 振り向く男の顔は、ファンとエルの知っている顔だ。


「ヴィー」


 ファンが笑いかけ、名を知っている男とは兄弟弟子・・・・の関係にある。


「遣いに来てくれたのは、ヴィーだったんスか」


「ええ、お久しぶり」


 笑顔を交わしながら、ファンとヴィーは握手を交わす。


「先に着いていたんですね。助かりました」


 一礼するエルに、ヴィーは「いやいや」と片手を振る。


「今、その為に持ってきた銀貨をバラ撒いたから」


 預かってきたものは目減りしていた。


「仕方のない事です」


 エルが改めて礼をいうと、ヴィーは無言のままファンへ握った拳を見せつけるように構えた。


「ジャグリングや曲芸は、自分の方が上手いみたいだね」


 軽業に手品の合わせ技だ、とヴィーは得意気に鼻を鳴らした。


「いやいや、本当に。ジャグリングは、まだまだ練習が必要ッスわ」


 ファンも負けは素直に認める方だ。


 最初に師から教わった、真剣に研鑽している証となる行動だ。


 自分が及ばないと思った時は、素直に参ったといえる事。


 故に、名誉と命がかかっている戦いでは、参ったといえる余裕があれば、相手に噛み付いてでも勝つ事ができる、と師は教えてくれた。


「でも、いっぱい練習して、すぐに追い抜くッスよ」


「……それ、流白銀のナイフ?」


 ジャグリングに使っていたスローイングナイフを手にしたファンに、今度はヴィーが目を丸くする番だった。


「そうッス」


「いいね……。今時、ないだろ? それを、そんな数……」


 作れる職人を探すだけで一苦労するはずだ、とヴィーも知っている。


「それよりも、ヴィー様」


 そこへエルが割り込んだ。


「あぁ、失礼。目立つと、よろしくないね」


 ヴィーは声を潜め、去って行った衛兵たちの方を見遣った。


 やはり早々と立ち去ってしまうのが正解か、とファンもエルも思った。


 だがヴィーは――、


「宿は取ってる。そっちへ」


 自分が取っている宿へ来てくれといったのだった。

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