第30話「やれやれやれやれこんにちは」

 ――慣れないッスわ。


 ファンはつくづく、そう思う。


 旅芸人だとファンはいうが、それを額面通りに受け取ってくれる者は少ない。


 一連のショーが終わり、暗い影が落ちていた村に幾分かの笑顔が戻った所で三人を呼び止めたパトリシアとエリザベスは、ファンとエルを剣士・・と呼んだ。


「世を忍ぶ仮の姿でやってる訳じゃないスけどねェ」


 旅芸人が本業であり、時々、精剣せいけんを振るっているのは不本意な副業だというのは、なかなか理解されない。フミの時も、カラとユージンの村でも、ファンは凄腕の剣士という身分を隠すため、旅芸人に扮していると思われていた。


 ――ユージンは認めてくれたけれど、そう見てくれる人は少ないッスねェ……。


 少々、やるせない気持ちにもなるのだが、さりとてファン自身、大道芸を御流儀ごりゅうぎと同程度に修められているかと自問しても、「そのはずだ」と首肯しゅこうできずにいる。


 当然、剣士の状況など知るよしもないファンであるから、二人の顔から思い出す名前もなかった。


「確か……?」


 天幕てんまくに招き入れたパトリシアとエリザベスに首をかしげるファンとは、エルの方が多少、事情が違う。


「失礼な事したからじゃないですか?」


 精剣を宿すエルは、エリザベスに精剣が宿っている事を感じ取っている。


 ――剣士としてのご用命でしょうね。


 エルはファン程、剣士と精剣として扱われる事に抵抗は感じていない。


 そしてヴィーは――、


「失礼ながら、パトリシア・ノーマン卿ですか? そちらは、エリザベス・デファンスさん?」


 ファンと違い、準男爵の跡取りとして剣士と精剣の事情に通じている。


 その言葉に二人は一瞬、身体を硬くした。


 ――追っ手だった?


 パトリシアも、ノーマル――コモンやアンコモンの精剣と、それを振るう剣士の事までもは把握できていない。


 そして準男爵の跡取りとてそうだ。そもそも爵位は、それを持つ一人が貴族なのであり、子弟は平民である。騎士の頭には残りにくい。


「追っ手ではありません」


 助け船はエリザベスから出た。


「エルさんに宿っている精剣は、アンコモンです」


 この領地ではノーマルの精剣は全て領主のLレアに吸収されてしまった。追っ手は有り得ない。


 そしてノーマルの精剣を振るう旅芸人といえば、二人の脳裏である事柄が繋がる。ノーマルの精剣を持ち、地方領主を討った剣士――ファンにとっては悪名に等しいが。


パトリシアが目を見開かされた。


 ――領主が怖れていた剣士!


 よくよく見れば、旅芸人三人の衣装も粗悪なものではなく、また手入れの仕方を知っている事が分かる。それだけでファン一行の出自も、ある程度に過ぎないとしても、推測できるというものだ。


 ――領主は手勢を潜ませているといっていた……が?


 寧ろファンとヴィーが貴族の手勢と見る事もできるのだが、そう考えていると、ヴィーが口を開いた。


「ファンはドュフテフルスのビゼン子爵家の出です」


 誰かの手勢になるような身分ではない。子爵は単体で存在する爵位ではなく、伯爵家の家督を継ぐ権利を持つ。またビゼン家は大帝家へも繋がる名門だ。


「ファン・スーチン・ビゼン」


 パトリシアが、その名前に行き着くのは自然だった。ビゼン家のファンならば、多少は名が売れている。


「剣ばかり振るっているので、勘当されても仕方がないといわれている?」


 これはファンが自分でいっている事であるのだが、人からいわれると流石に堪えるらしい。


「そんな自覚はないんスけどねェ……。ちゃんと医陰両道も修めてきてるッスよ」


 その証拠がユージンの村で製薬した事なのだが、それはパトリシアの知らない事だであるし、今はお調子者の顔が出ている時だ。


 ヴィーはケラケラと笑いながら、ファンの背を叩く。


「剣より、とんぼ切る方を熱心にやってたけどね」


 しかし、その煽りに「お二人とも同じでした」とエルが付け加えると、ファンとヴィーは揃って「あ痛ぁ」と戯けた。


 それによってエリザベスを吹き出させると、パトリシアも幾分、表情を和ませられる。


「その物言いこそ、単身で悪逆領主を討った剣士のものなのでしょう」


 居住まいを正し、パトリシアはファンとヴィーとに向き合った。


「お力をお貸し下さい」


 パトリシアは、エリザベスと揃って一礼した。

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