第31話「京へはるばるのぼりゆく 」
翌日、領主は奇妙な来客を迎えた。
「通して、いただけませんか?」
ニヤニヤと笑う男は、手にしたチラシを衛兵に掲げて見せる。
退色し、少しでも乱暴に扱えば砕けてしまいそうなチラシは、もう随分と前に領主がバラ撒いたもの。
最強の戦士を募るという内容が書かれていた。
「あん?」
衛兵が眉を顰めるばかりだったのは、その男が旅支度など、まるでしていないように見えたからだ。
ベージュの長衣は外套のように見えなくもないのだが、頭に被っているエスニックターバンは明らかに華美で、流れてきたという風には見えない。それもそのはず、そのエスニックターバンは女物だ。鞄の一つも持っていないのだから、旅人だといわれれば首をかしげさせられる。
だが領主がバラ撒いたチラシは本物で――、
「ゲクラン準男爵家の者です」
準男爵という名は、衛兵が無視できないものだった。
直接、門を守っている衛兵は、街をウロウロしている者とは格が違っていた事も関係している。
「しばらく待て!」
顔を見合わせ、どうするかと相談するが、手に余る。これが食い詰めた騎士であったなら、「帰れ帰れ」と門前払いでよかったのだが、準男爵家の者だといわれてしまえば迷ってしまう。貴族の序列でいえば最下位であり、戦費調達のため乱発された爵位であるから、全員を覚えている訳ではなく、衛兵には「ゲクラン準男爵」が存在しているのかどうか分からないが。
「伝手を頼ってきました。ご領主様にお目通り叶いませんでしょうか?」
その言葉遣いは、準男爵という爵位が嘘か誠か、また一層、迷わせた。明らかに違う。二重表現、また文法の違いなど、衛兵にもう少し頭があればよかったのかも知れないが、衛兵には、この程度の言葉遣いでも
そしてできた事といえば、領主へ伺いを立てる事だ。
***
領主とて準男爵の顔など見た事がない。
だが
「
応接間に入ってきた領主は、ソファーから立ち上がった男の頭から爪先まで視線を滑らせるように運んだ。
「セーウン・ゲクランです。ゲクラン準男爵家の長男で、少々、腕に覚えがあります」
「ほぅほぅ」
一礼するセーウンだが、領主は挨拶など聞いていない。聞いていたのは精々、腕に覚えがあるという事だけ。
「腕に覚えがあると言う事だが、其方、精剣は?」
その疑問は
だがセーウンは苦笑いしつつ、
「持っていません。準男爵というのも、父が買い取ったものなのです。だから一握の領地もない商家です。少し大きいくらいなもので、吹けば飛ぶような。だから――」
上着を開けて武器を持っていない事を示そうとしたのだが、手が上着にかかった時点で領主は半歩、後ろへ下がり、近衛兵が精剣の切っ先をセーウンへと向ける。
領主の盾となる近衛兵は、切っ先越しに声を向けた。
「ゆっくりだ。ゆっくりと動け」
刺客だという疑いは消えていない。二人連れではないため剣士である可能性は低いのだが、皆無ではない。事実、パトリシアはエリザベスを
上着の下に精剣がある可能性は警戒して当然の事だ。
「持っていません」
セーウンは苦笑いしながら、ゆっくりと上着を開けた下にも、なにもない。
セーウンの剣は、手の届かない位置に置かれた一柄だけだ。
「時代後れでしょう? 精剣ではなく、こんなものしかない」
その剣に対し、領主は一瞥するのみ。
「剣の形はしていても、飾り同然ね」
「こんなものでも、地金の価値はありますから」
セーウンも分かっていると肩を竦めた。
「世襲とはいえ、一握の領土もなく、一人の領民もいない、貴族とは名ばかりの家です。しかしながら、だからこそ磨いた腕です」
しかし次に出す言葉は、肩を竦める事も、苦笑いする事もない。
「腕には自信があります」
全て、そこに帰結する。
「ほう……」
領主は目を細めた。その目でもう一度、セーウンの姿を頭の先から爪先までも眺める。
細いという印象は、先だってやってきた大男とは真逆だが、その実、服の上からでも分かるほど、鍛えられた身体を領主はどう思ったか?
好意的であろうと、セーウンは言葉を紡ぐ。
「お望みであれば、5人であろうと10人であろうと」
「ははははは」
領主は笑った。
「5人でも10人でも、相手にして――」
勝てるというのか、という言葉は笑いの中に隠した。領主のいいたい事は、「勝てる」という一言では納められない。
「一人も残らず一振りずつで仕留められるか?」
それくらいの自信はあるのかと問うのは、挑発以外の意味もある。
Lレアの精剣を持つに足るのだと主張するならば、首を縦に振る男であってほしいからだ。
「無論」
セーウンの言葉に、領主はまた一層、大きく笑った。
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