第66話「ボウルがもっと丈夫だったら、もっと長い歌ができたでしょう」
10年前であれば、大上段に剣を構える意味が分かる者が幾人も大公の
「あれは、何をしている?」
残念ながら、今は
通常ならば、大上段は相手の攻撃を誘い、
――バカか。
対峙しているムンは心中で言葉を吐き捨てた。
――剣術なんてものは、使い古された過去の遺物!
構えなど意味はなく、自分の間合いに呼び込む事などできないのだ。
――
精剣を持つ手をだらりと脇に垂れさせているムンは、剣技など修めていない。剣とスキルの連携というが、それは不可能だ。
精剣が現れ始めた頃は、スキルを補助に斬り込むという戦い方が主だった。ノーマルに宿っている攻撃スキルでは必殺は望めず、また強化とて超人的な肉体を与えてくれる訳ではなく、弱体も動きを完全に封じてしまう程ではなかった。
だがレア、Hレアと稀少な精剣が現れるごとに、剣技は忘れられていった。
10年超の修練で手に入る剣技を、格の高い精剣のスキルは一瞬で上回ったからだ。
Sレアともなれば、発振される魔力は戦場を
兵器を操る者にとって、剣技など何の意味も、価値も持たなかった。
「いいや、どれだけ強力なスキルを発動させられるか、それが勝負を分けるのだ!」
故にムンの言葉は正しい。
どんなスキルに対しても接近戦を挑むファンが異常なのであり、その点だけを見ればムンのいう通り狂人の類いといっていい。
ムンが垂らしている切っ先が動く。上下か左右か、それも判断つかないくらいの僅かな動きだったが、ユージンには見えた。呼吸さえも読め、その時、確かにムンは息を吸い込んだ。
しかしユージンは……、
――逃した。
動けなかった事に、ユージンは口の中だけで舌打ち。
――ファンなら突っ込んでいったぞ。
ファンの動きがユージンの脳裏に浮かぶ。相手がどんなスキルを持っているのかも分からないのだから、無謀とも思える動きになるが、ファンは驚異的に踏み込みを備えている。スキルの発動前に切っ先を届かせる術があるのだから、無謀ではあっても不可能とは断じられない。
ムンには、ユージンに呼吸や動きの起こりを読まれたという自覚はなかった。
――動けるものか。
互いに相手のスキルを知らず、間合いも何もないのだから、というのがムンの理屈。
そして、その理屈に従ってムンは行動している。
――Sレア。
ユージンは動かない、とムンが確信している理由はそれだった。
――水平にスキルを放つ事などできん。
Sレアに宿っているスキルは、敵陣すらも切り裂く大規模なものだ。実際、ユージンの
――だが今、一対一の状態では、そのスキルの規模こそが
水平方向へ放てば、ムンだけではなく広範囲に被害が広がる。決して大公と
――迷った……いや、
ムンの出した結論は、それだ。
覚悟が足りない――と。
それも正解だ。ただし、ある意味に於いてだけだが。
ムンは、剣技などというカビ臭いものに頼るユージンを断じる。
「単細胞が!」
言葉を発したムンは、もう一度、起こりを見せたのであり、ユージンは歯を食いしばって飛び込む。
「ッッッ!」
覚悟が足りないとは、正鵠を射ている。
――二度の迷いはない!
確かにユージンはオーラバードを、この場で乱舞させる事はできなかった。前方を薙ぎ倒しながら飛翔させる、降下させる、旋回からの急襲させるなど、全て大公や貴族を巻き込む危険性があるため使えない。唯一、足下から垂直に飛び立つのはだけは使えるが、それとては自分の足下の一点からだけ。
ユージンが今、ファンと同じく接近戦に挑んだ事こそが勝因だった。
「!」
ムンが息を呑まされた。しかし呼吸を読まれ、吸い終える瞬間を狙われている。
ただし隙は一瞬。
ユージンよりも一瞬だけ遅れ、ムンのスキルは発動する。防御も回避も遅れるが、攻撃だけはスキルに頼
れた。
ただしスキルの方も、ユージンと同じ。
水平に放つ事のできないスキルは、足下から上空へと伸びるものでなければならなかった。
足下――踏み込んでくるユージンは、その背に熱を感じた程度なのだから、防御のできないムンへと帝凰剣が振り下ろされる。
その一閃でユージンの口元が、やっと
「そこそこ、ファンの境地だ」
最初から最後までスキルを頼ったムンは、頭上から敗北が降ってきた事すらも認識できていなかった。ユージンがスキルを使わない事、精剣を刃物として扱う事……それらを想像できなかったムンの負けである。
「勝者、赤方! ユージン!」
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