第81話「まつ毛の先にはシャボン玉が見える」

 双方の剣士が自らの足で試合場を後にするという光景は、この五番勝負で初の事であったが、それ故に陪観ばいかんしている貴族には不満の残る最後になってしまった。


 ――今、世をさすらっている剣士の精剣となれば、意外に地味なものですな。


 この場にいる貴族の多くは大公の父親世代であり、生まれたのは戦乱の時代の末期、宰相家が始世大帝によって滅ぼされる寸前だった。殲滅戦を可能にした精剣という存在は、強大であるが恐ろしい存在ではない。


 唯一のLレアを持っていたヴィーが引き分けだったのは、トリプルスキルといえども大規模、大火力の攻撃スキルが宿っていなかった事――もっというならば、死にスキルだとまで思っている。


 ――これでは……。


 退出する貴族の胸に去来するのは後悔だった。



 大公に謀反の嫌疑がかかれば、詮索はこの催しの陪観者にも及ぶはずなのだ。



 事実、太守自らが陪観したベアグルント伯爵は、後に領地没収の上、賜死ししとなっている。その未来を感じているからこそ、上覧試合の結果は受け入れがたい。


 そんな未来はさておき、大公は勝利した4名を呼んでいた。


「ご苦労であった」


 直接、声を掛けるのがはばかれる場であるから、大公の言葉はその一言のみで、後は侍従を通して続けられる。


「このたびの天晴あっぱれな働きにより、大公殿下より有り難き仰せをたまわった。格別の計らいをもってつかわす」


 殊更、難しい言葉を使うが、「仕官が望みならば、召し抱える」という事である。だが生憎と4名とも仕官は望みではない。


 本来ならばヴィーかファンが前へ出る場面だが、二人とも引き分けという結果では大公の前には呼ばれない。


「恐れながら」


 故に前へと出たのは、こう言う場に慣れているパトリシアだった。


「大公殿下のお力をお貸し願いたい儀がございます――」


 パトリシアが語るのは、中央の目が届いていない地方領主の横暴、街道の安全保障、遺跡の封印など。


***


 そんな声も聞こえない離れた場所で、ヴィーは頭を抱えていた。


 ――どこ向いて話が進む?


 ファンとの一戦を思い出すに、ヴィーは気落ちしかしない。


 ヴィーの望みは非時ときじくを自らのものにする事であるが、その理由はファンとエルの3人で過ごす事。非時の剣士がファンでは、エルとファンは二人でどこまでも行ってしまう――そう思ったからだ。


 だがファンを倒す事が、非時を手に入れる事に繋がるはずがない。


 ――勝ってもどうしようもないだろ……。


 勝つだけならば可能だった。引き分けだといわず、そのままヴァラー・オブ・ドラゴンを振り抜けばいいだけの事。今頃、場合によってはファンの首も取れていた。


 だがファンを殺したとて、エルがヴィーの元へ来るかといえば、それだけは絶対にない。


 ――有り得ないんだ。


 精剣の剣士となる条件はいくつかあるが、確固たる信頼関係か、隷属させるかが最も分かり易い。


 もしファンを殺してしまえば、エルとの信頼関係など有り得ない。


 隷属など、更に不可能。


 ――Lレアの力を見せ、ファンを平らげればいい訳じゃない。


 何故、こんな行動に出たのかと考えても、納得のいく真っ当な答えなど、ヴィーの中には不在である。


 ヴィーの自問が続く。


 ――Lレアの威力を見せつければ、ファンが非時を手放すと思っていたのか?


 ファンによって非時がノーマルである事は、手放す理由にはならない。


 ――俺に負ければ、非時を譲ると思っていたのか?


 それとて有り得ないし、それで譲られて築けるエルとヴィーの間に信頼関係は、確実にいびつだ。


「はん」


 そんなヴィーに、ヴァラー・オブ・ドラゴンを宿していた元女領主――アイシャ・ミィは鼻を鳴らした。


「ノーマルとLレアの性能差ね」


 自らに宿っているヴァラー・オブ・ドラゴンが、非時如きに後れを取るはずがないというが、その言葉にヴィーは凄まじい剣幕で立ち上がり、目を吊り上げる。


「ファンが負けたのはな――」


 襟首を掴む。


「非時がショボいんじゃない! ファンがヘボいんだ・・・・・・・・・!」


 怒りにまかせたヴィーの言葉は、周囲に悪意をまき散らす。


 ヴィーは御流儀ごりゅうぎを使わなかった。


 対するファンは、精剣を持って御流儀を使っていた。


 色々な見方ができるが、ヴィーは思う。


「ファンがショボいんだ。非時が弱いんじゃない・・・・・・・・・・!」


 怒鳴り声は、ファンまで届いてしまっただろうか?

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