第74話「あなたは誰でしょう。空高く輝きます」

 最後に残ったメーヘレンがしかめっつらを見せていた。


 勝者は赤方ばがりが聞こえてくる。


 ムン、ミョン、ファル・ジャルと、3人が立て続けに敗れたのだ。


 ――そんな高位の精剣せいけんが集まっているのか?


 メーヘレンの思考はそこに至る。


 目を向ける精剣の格はレア。


 レアとはいうが、その実、メーヘレンには「ノーマルではない」くらいの意味しか持っていない。7段階ある内の下から3段階目なのだから。上位の精剣が手に入った場合、ノーマルと一緒に強化の材料にするつもりだ。


 精剣を女に戻さずに持ち歩いているメーヘレンにとって、精剣の価値は格とスキルにしか見出していない。



 格の高い精剣があれば、という思いは、4人の中で最も強い。



 ムンは「どれだけ強力なスキルを発動させられるか、それが勝負を分けるのだ!」と言ったが、その想いはメーヘレンの方が強いくらいだ。


 精剣を持った剣士同士の戦いは、スキルの強弱で全てが決まる――メーヘレンにとって、戦闘とは単純なもの。


 レアという高いようで高くない精剣の格にいだく不安が、知っている者たちの敗北によって一層、強くされた。


 格の高い精剣があるからこそ勝てる、勝てれば仕官が叶い、より格の高い、強い精剣を手に入れられる、という事だけを頼みに参加した上覧じょうらん試合だ。


 精剣の格を気にし始めたら、どうしても抜け出せない沼へ足を踏み入れることになる。


 心中で足掻あがき、苦しみ、そして藻掻もがいた手が掴めたのは、ムン、ミョン、ファル・ジャルへの恨み言だった。


 ――策を弄しても無駄だったって事だろ!


 相手にスキルを使わせない立ち位置、こちらのスキルを発動させる最高のタイミング、全て3人が実行してきた事だ。


 皆、口々に必勝だといっていた。


 だが現実は――、


「どれもダメだったろう!」


 言葉として吐き出したメーヘレンは、その言葉を最後に口を真一文字にくくった。


 ――火力だ。強大で、格好いいスキルを、ド派手に炸裂させるのが勝利の分かれ目だ!


 その考えに帰結したからだ。


「黒方、クー・メーヘレン!」


 呼び出しがあった。


 それに反応したメーヘレンの足取りには、震えなど無縁だった。


***


 一方、パトリシアとエリザベスも、赤方の勝利ばかりが伝えられる状況に、いささか緊張感が増してきていた。


 そんな中、エリザボスが溜息を吐くように深呼吸する。


「はぁ……」


 座っているパトリシアが顔を向け、


「心配かい?」


 と、エリザベスは「いいえ!」と慌てて首を横に振った。


 緊張していないといえば嘘になるが、絶望など懐いていない。


「ユージン様、インフゥ様、コバック様……皆様、勝利してきていますから」


 自分たちだけは負けた、引き分けたでは格好がつかないと思っているからと知れば、パトリシアは笑ってしまう。


「ははは。そうか、次は私たちかも知れないか」


 パトリシアは笑いながら、赤方に残っている剣士がファンと自分だけだったと、今、思い出したかのように戯けて見せた。


「ファンなら負けないだろうし、確かに私たちも勝つしかないな」


 簡単そうにいうパトリシアであるが、簡単ではない事くらい心得ている。


 エリザベスに宿っている精剣ワールド・シェイカーはHレア。レアとは一段階しか違わないが、この辺りから貴重度が増して行く。メダルの投入で顕現けんげんする最低の格がHレアだといわれているが、コインに比べて貴重なメダルを使うのだから。


「パット……」


 エリザベスの声には、心配そうな響きがあった。宿している本人であるから分かる。ワールド・シェイカーは弱くはないが、強くもない。魔物の一群ならば十二分に活躍してくれる精剣だと思っているが、大公が集めた剣士ともなれば、必勝の自信はない。


「ベス」


 その不安そうな声、視線を受けて、パトリシアが顔を向けた。


「簡単じゃないとしても、難しくもない。私は勝つよ。ワールド・シェイカーがある」


 パトリシアは、エリザベスに宿っている精剣だからこそ勝てる、といった。


 格がどうのという気は一切ない。


「確かにワールド・シェイカーはHレアだ。身近でも、ユージンがSレアの帝凰剣ていおうけんを持っていた」


 昨夜、食卓を囲んだ男の事を思い出すと、どうしてもエリザベスは自身が宿す精剣とも差を感じてしまう。SレアとHレアの差は、レアとHレアの差よりも大きい。


 だがパトリシアはエリザベスの頬へ手を伸ばし、


「ベス」


 二度目の呼びかけは、一度目よりもゆっくり、そして気持ちだけ大きく、そして優しく聞こえた。


「私の精剣は――」


 パトリシアの言葉は、別に特別という訳ではない。



「ベスのワールド・シェイカーだけだ」



 ファンにとっての非時ときじく、ユージンにとっての帝凰剣ていおうけん、インフゥにとってのバウンティドッグ、コバックにとってのライジングムーンと同じ想い。


「赤方、パトリシア・ノーマン!」


 呼び出しに応え、パトリシアが立ち上がった。

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