第32話「お受け申して鬼退治」

 ――凄い部屋だ。


 案内された客室を見回し、セーウンは口笛を吹いた。居室と寝室が別になっていて、その広さは40リーベを超える。民家一軒分を優に超える広さだ。


 ベッドルームだけで25というのだから、一人では持て余す。


 そのベッドも粗末な寝台で寝ている者にとっては、羽のような柔らかさだ。寧ろ寝具を外し、それに包まって床で寝ても十分、柔らかい。


 しかも客室という事は、領主の居室はもっと広く、調度品も格調のあるものなのだろう、と容易に想像がつく。


 ――つまり行政的な手腕がある?


 確かに街道に面した都市で剣士を多数、抱えているのだから、この時代、復興は早いのだが、租税検地が徹底しているだけでは、ここまでのものはできまい。


 即ち、それは――、



苛斂誅求かれんちゅうきゅう……」



 そんな言葉を口にしてしまうが、セーウンは慌てて口元を押さえた。どこで誰が聞き耳を立てているかも分からない。素性のハッキリしない者を通した客室だ。監視の目もあるはずだ。


 税をむごく厳しく取り立てるなど、どう受け取ろうとも良い意味にはならない。


 だがドンといささか大きく音を立てさせて壁に背を突くと、


「一体、誰が相手になってくれるのでしょう」


 鼻を鳴らして挑発的な事をいうのは、腕試しの相手も聞き耳を立てていると感じての事だった。


 それが予想に反しているか、それとも予想通りであるかは――それぞれの考え方だろう。


***


 人狩りと呼ばれる行為が始まるのは早かった。


「抑えて下さい」


 身を隠しながらエルはパトリシアの腕を掴んでいた。隠れている者まで引きずり出そうとはしないものの、領主が放った衛兵たちは村人を引っ立て、檻のついた馬車へと放り込んでいく。


 怒声と怒号が耳につき、何人でも切り捨ててやろうかと思うパトリシアであるが、精剣せいけんを片手に飛び出してしまっては、パトリシアとエリザベスだとバレてしまうだけだ。


「捕縛されたら、元も子もないッスよ」


 抑えてと繰り返すエルの他にも、ファンもパトリシアの腕を掴んでいた。


「そろそろ100人かァ~?」


 捕らえられていく村人の悲鳴とは対照的に、ノンビリした声が衛兵から聞こえてきた。その口調が、パトリシアの苛立ちを募らせる。


「怒声も、悲鳴も、聞き慣れたものだとでもいうのか……」


 歯噛みするパトリシアを横目で見ながら、ファンも眉間に皺を寄せていた。


 ――聞き慣れたんじゃないッスね。


 ファンは、もっとダメだと感じていた。


 衛兵は笑っている。



 それは慣れているのではなく、楽しんでいるからだ。



 ――いえないッスわ……。


 こんな事をいえば、まず間違いなくパトリシアは飛び出していってしまう。


「耐えてほしいッス」


 ファンとて気にくわない光景であるが、飛び出していって、この衛兵を全員斬るというだけでは、事態は大きく動いてくれない。


「この人狩りは、領主の元に志願者が現れた証拠です。耐えて、時期を待つしかありません」


 死人はいないという言葉で、エリザベスもパトリシアを抑えた。


 少々、殴りつけられたりはしているが、精々、怪我で済んでいる。衛兵も、殺してしまう、また五体満足ではなくしてしまったのでは、領主の求める条件を外してしまう。


 城までの道々みちみち、小突いたりはあるし、場合によっては酷い怪我をしている者ならば、その場で殺して、途中で補給するという非道もあるかも知れないが、それは黙る。可能性として存在しているとしても。


 そんな村人はいつも通り、領主がテラスから見下ろす広間に集められる。


「さぁ、セーウン。斬り捨てよ」


 テラスから見下ろす広間へ、領主が上機嫌で声を向けた。


「……」


 セーウンが見回す周囲には、おっかなびっくり武器を持った村人たち。


「悪い冗談ですか?」


 セーウンがテラスを見上げてくるが、領主はひらりひらりと手を振り、セーウンの訴えなど聞かない。


「訓練した兵士や、精剣を持った剣士では、怪我をさせられては勿体ない。何、心配する事はない」


 降っていた手で、冷えた酒杯を取る。


「鍛えた技や武器だけが強さではない。数は、それそのものが強さだ」


 酒杯を煽った口でいう言葉は――、



「遠慮せず斬り捨てろ。無傷で完勝できないようでは、Lレアの精剣など無用の長物よ!」



 その言葉に含まれているのは、先日、最後の一人まで追い詰めながら、後ろから刺されるという、領主の感覚からすれば腹立たしいにも程がある敗北を見たからか。


「……」


 セーウンが剣に手を掛ける。


 その動作だけで周囲を取り囲む村人の顔に緊張が走り、セーウンが剣を抜き放つと同時口にした言葉が、ひとつの契機となる。


「私は、セーウン・ヴィー・ゲクラン」


「?」


 名乗りに深い意味はないと思っている領主は、首を傾げさせられる。セーウンと名乗っていたが、ミドルネームはヴィーというのか、というくらいしか認識しない。


 だがヴィーの名は、村人の何人かに特別な意味を持つ。


 何よりセーウン――ヴィーの目が向けられている相手は、村人ではなく、領主なのだ。


「悪徳領主を成敗して回っている剣士様の仲間だ!」


 誰かがいった。


「折角の腕試しというのなら、領主、あなたの剣士を平らげましょう」


 ヴィーの声も、やはりよく通る。

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