第11話「晴れたら金の鈴あげよ」

 エルに呼び止められた女は大袈裟おおけさに感じられる程、大きく肩を震わせた。それがエルには違和感になる。


 ――街道沿いではないにしろ、すぐに出られる位置だというのに……?


 エルの違和感は驚いたのは部外者から話しかけられる事に慣れていないから、というのが正体か。


 街道沿いが有利な立地条件となるのは物流拠点であり、生産地ではない。いちが立つ、を作る場所ならば街道沿いが好ましいが、農地は街道沿いよりも街道から少し入った場所に、広い土地を確保できる方がいい。


 広い土地が確保でき、街道への連絡も良い村は、領主から見れば手放したくない土地のはず。


 ――つまり魔物に襲撃された時、救援が来ていない。


 こんな時代でも、生産地を荒らされる事は領主にとっては痛手だ。しかも街道への連絡もいい土地なのだから、救援を走らせるのも有利なはずだ。


 来なかった理由を考えてしまいそうになるが、エルは心中で頭を振り、考える事を止めた。


 それは重要ではない。


 今、重要なのは眼前の女性と話し、お互いに必要な物の交換だ。


「私はエル。旅芸人です」


 できるだけ穏やかな声で告げる。女性が突発的に感じた感情は恐怖だった。エルが人であると分かり、恐怖こそ消えたが、警戒心は解かれていない。


「市や座は、ありませんか? 手持ちの食べ物が心許なくなりました。こちら医療品があるので、交換したいのです」


「あぁ……」


 女性は頷くが、市も座――商店街や商工会――も、まともに機能していない。


「すみません。こんな有様ですから……」


 濁された言葉には、あるにはあったが、という意味が見え隠れしている。


「そうですか……」


 話の切り出し方がまずかったか、と居心地が悪そうに目を瞬かせるエルは、ファンが来たら、もっと交渉が難しくなってしまう、と馬車の方へ目を向けた。


 ファンは荷物を整理し、丁度、こちらへ来ようとしているところ。


 そんなエルへ女が向けてくれた言葉は、文字通り救いとなった。


「食べ物でしたら、うちに来ていただければ、少しくらいなら……」


 荒れていても、本当になにもない訳ではない。


「代わりに、薬を分けていただけませんか?」


 そして村で不足しているものは、二人が予想した通りだった。


***


「小さいけれど、貧しい村ではなかったんですよ」


 カラと名乗った女は、家に案内する道々、村の状況を話してくれた。警戒心を解く事には、やたら明るく振る舞うファンと、それに突っ込むエルの雰囲気が大いに役立つ。


 エルが見た通り、村の立地は良かった。街道を通じて消費都市へ穀物を運べるのだから、大戦後の今こそ必要な場所である事は明らか。


「でも、こんな時代ですから」


 十分すぎる収穫があるが、それ故に魔物や盗賊に狙われる、とカラは表情を曇らせる。


「助けも、求めたのですけどね……」


 この語尾から何があったか察したファンは、不用意にいってしまう。


「……来なかった?」


 ファンの問いかけは空気を読めていない。


「はい」


 カラの声は、消え入りそうな程、小さかったのだから、思わずエルはファンの頭を小突いた。


「空気読んで下さい」


 いつものツッコミも含まれているが。


「読めないなら、吸わなくてもいいんですよ」


「痛たた……」


 ファンが戯けると、カラの顔には微かにだが笑みが浮かんだ。


「ラッパとか軽業とか練習して、本当はそっちが一番、得意っていいたいんスけどねェ……。エルとバカやってる事が一番、笑わせられるって複雑ッスわぁ」


「はいはい」


 軽口を叩く時ではない、というエルは、こういう時に軽口を叩いて雰囲気を変えられる才能は希有だと思っている。


 カラが言葉を続けられたのも、そんな才能故だ。


精剣せいけんが――」


「精剣?」


 ファンも反射的に顔を顰めてしまいそうになるが、抑えた。その表情は芸人の顔にあってはならない。


「領主様が各地から一人ずつ召され、精剣を顕現けんげんさせた時、格の高い精剣が顕現してしまったんです。そして、その剣士が村を守ってくれていたので……」


 領主としては面白い話ではなく、とっとと中央へ戻ってきてほしかった――というのは推測に過ぎないが、当たらずとも遠からずなのだろう、とファンも頷かされてしまった。


 ――村が守るに値しない状況になったら、精剣を持って帰ってくるだろう……って事か?


 格の高い精剣を持っている剣士を何人も知っているだけに、ファンはそう予想してしまう。寧ろ格の高い精剣を手に入れた剣士が、こんな村を守りに戻ってきた方が奇跡の部類だ。


「防御魔法を使う術者と、遊撃に剣士って事ッスかァ」


 術者を討たれたな、と予想しつつも、今度こそ口には出さない。カラの口ぶりでは剣士は健在だ。だが剣士が一人で気張っても、数の前には完全な防御にはならない。


 カラも犠牲になった術者や剣士の事はいわない。


「コボルトは、数が多いので……」


「コボルト? 鉱山があるんスか?」


 ファンが背伸びをし、周囲を見回した。コボルトはノームやドワーフと同様に、鉱山に関係する。比較的人に近いため、種によっては人との交流もある事もくらいだ。


「昔、流白銀りゅうはくぎんを取っていた鉱山があります」


「おぉ!」


 カラが指差した方向を向き、ファンが歓声をあげる。



 流白銀――魔力を帯びた銀で、精剣が出現する以前は強力な武器の素材として重宝されていた。



「師匠が、流白銀のナイフを持ってたの覚えてるッスわ。パンとか、綺麗に切れるんスよね」


「ペティナイフを?」


 ファンの師を知っているだけに、エルは首を傾げさせられた。ファンの師匠――即ち御流儀ごりゅうぎの継承、伝法を司る者であるが、精剣のスキルで勝負を決するようになって以降、急速に衰えた御流儀である。偏屈な老人というのがエルの印象だった。ペティナイフを握って厨房に立っている姿など想像できなかった。


「キラッキラしてて、いいナイフなんスよ~。軽くて鋭いけど、野菜もザクザク切れる。ハサミがなきゃ作れないカボチャのランタンなんかも、流白銀のナイフは作れるんスよ」


 頷きながら鉱山を見るファンの目は輝いているが、カラの表情は真反対だ。


「でも今は……鉱山夫が足りないので……」


 兎に角、酷い有様なのだ、とカラの表情がまた曇る。


 大変というのは、エルにも痛い程、わかるが……、


「……差し当たり、必要な薬をいってくださいあるものはお分けできますから」


 エルに対し、カラは「ありがとうございます」と頭を下げた。


 丁度、案内してきた自宅の前だった。

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