第12話「この頃すこし変よ? どうしたのかな?」
ファンが修めた
そもそもはドュフテフルスの子爵家に仕える騎士や貴族を教育する総合科目であり、その中には「医療」がある。専門医に比肩する訳ではないが、こういう村ではありがたい知識と技術といえる。
「ああ、これは急ぐッスね……」
カラに持ちかけられた通り、医療品を分けようとしたファンは、村を回りながらそう言った。
ファン一行に余裕があるのは
必要なのは内服薬だ。
今、ファンの往診を受けている女は、青白い顔に精一杯の愛想笑いを浮かべているが、口にする言葉は素直に受け取れない。
「熱も大した事がないですし、大丈夫ですよ」
「喉が腫れてるのに、熱がそれ程、ないっていうのは、いい事じゃないんスよ」
ファンは首を横に振った。
「エル、薬湯はどれくらいあるッスか?」
「
エルの返事は曖昧であるが、ファンは、あるならばいい、と女へ顔を戻し、
「誰か、お世話できる人はいますか?」
薬はあるのだから渡してしまおうと即決していた。
「息子が……」
「なら、息子さんを呼んで欲しいッス。いくつか教えておかないとダメな事があるので」
エルから薬を受け取ったファンだったが、女はキョロキョロと周囲を見回すばかり。
「?」
ファンも判断に困って目を
「息子さんも、ちょっと……」
「あァ……」
怪我か病気なのだ。
「じゃあ、飲み方、教えるッス。ご飯を食べる前に飲んでください。飲んだ後、できるだけ消化の良いもの食べてください。粥なんかがいいッスね。熱が出るはずなので、粥とかでないとダメなんス。ごめんなさい」
「は、はい……」
粥ならば、パンに使う小麦ではなく大麦が使えるし、大麦の蓄えはある。
「後、お塩を水に溶かして……100対5か4くらいの割合で。それを寝る前に枕元に置いて寝て欲しいッス。夜中に熱が上がってくるはずなので、そうなったら、その薄い塩水を飲んでください」
薬を飲み、消化のいいものを食べて体力をつけて寝ているしかない――医療ともいえない行為であるが、この判断ができる者が村にはいないのだ。
「本当は、息子さんが夜なべするのがいいんスけど」
仕方がないというファンであったが、その一言は余計だった。
「あの……ファンさん……」
カラが、それ以上はダメだと首を横に振った。
「ああ、度々、すみません。自分、口が六つあるからムクチって
「空気読めないなら、吸わなくていいんですよ」
エルがまた冗談めかすと、その女も笑ってくれた。
「……もうちょっと回ってみたいッスね。まだまだいるんでしょう?」
帰って行った女を見ながら、ファンが気にしているのは、村の中にいる病人の数。
「そもそも、あの人の息子さんも病気ッスよね?」
「いえ、病気といえるかどうか……」
カラは言い淀んでしまう。
しかしファンとエルが、何も知らされなかったという事はなかった。
「起きねェんだよ、ずっと寝たままで」
ふいに向けられた男の声は、半分、寝ているのかというくらい間延びしている。
「?」
ファンが顔を向けると、長身の男が窓に肘をかけて顔を向けていた。
「先月のコボルトの襲撃以降、そういう奴が何人も出やがった」
「ユージン!」
カラが声を荒らげ、男の名を口にした。
ユージンは「怖い怖い」とバカにするような風に肩を竦めるが、それだけだ。止めない。
「先月の襲撃は何とか撃退したんだがな……。コボルトの奴ら、作戦を変えてきたんじゃね? まぁ、そんな場所だ。あんたらも、目当てにしてる事が終わったら、とっとと離れろよ。でないと、
「ご忠告、ありがたく受け取っておくッスよ」
ファンも両手を肩の高さに上げ、ユージンと同じようなポーズを取ると、
「へッ」
それをどう解釈したかは分からないが、ユージンは鼻を鳴らして窓から離れた。
「でも次の襲撃だって、近いかもな」
「ユージン!」
もう一度、カラが声を荒らげたが、ユージンが去って行ったのは、そのためかどうかは分からない。
「すみません……。本当は、腕の良い剣士なんですが……」
去って行ったユージンに代わり、カラが頭を下げた。
「剣士?」
エルが聞き返すと、カラは「ええ」と表情を曇らせたまま首肯した。
「一人で……あ、いえ、防御魔法の術者と一緒に、ずっとこの村を守ってくれてたんです。でも術者を失ってしまって……」
それからの襲撃は、悲惨な防衛戦になっていったという事は、想像に易い。
ユージンの持っている精剣は、ファンやエルは知らないが、オーラバードという強力な攻撃スキルを秘めた剣だ。背後を気にせずに戦えたならば、コボルトの襲撃くらい一人で何とかしてしまえる。
だが術者を失い、無防備となった村を守りながらコボルトと戦うには、一人では手が足りない。
「先月も、何とか撃退はできたんですけど……」
カラの口調が口惜しさを
「……」
「……」
ファンもエルも、これに対しては何ともいえない。ユージンの責任ではないが、一人で戦う羽目になっている
「あ、ごめんなさい」
暗くなるのを察してか、カラが明るい声を出した。
「村を回るのは、また明日、明るくなってからにしませんか? 食事の準備、しますね」
「ああ、お構いなく――」
遠慮するエルであったが、カラは首を横に振った。
「ファンさんにもエルさんにも、まだまだ力を貸して欲しい事がありますから」
ファン程度の知識でも、今の村では貴重なのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます