第77話「ライオンと一角獣が王冠をめぐって戦った」
筋力の2割を減衰させたとしても、首に腕を巻き付けて密着し、全体重を掛けたパトリシアを弾き飛ばすような真似は、メーヘレンには不可能だった。
呼吸の
「勝者、赤方!」
審判は声を張り上げるのだが、この声に張りはなかった。この場にいる誰もが拍子抜けする、子どものケンカのような決着なのだから。
それとは裏腹に、大公の気持ちは盛り上がっていた。
――精剣の格だけで勝負が決まらぬか。
4人の勝者よりも、敗者に意識が向くからだ。
――相手を
戦乱の世を直接、知らない大公であるが、大帝家の男子としての教育は受けている。精剣が出現する以前の事であるから、多くの貴族が忘れていったものであるが、大公は覚えていた。
――敵の事、自分の事、その双方を知って尚、必勝は有り得ない。自身の事を知っていれば、敵の事を知らずとも一勝一敗できる。しかし敵も己も知らなければ必ず敗れる。
勝敗を分けたのは勝因ではなく敗因――ムンやミョンに敗れる原因があったからだ、と感じるセンスが大公にはある。
――自分の力を知らず、また相手の力も侮って分析もしないが故に敗れた。
大公は興味深いと感じる事ばかりだが、
「期待した程の剣士は、集まらなかったのですな」
審判の声に張りがなかった理由と同じ。
精剣を手にした剣士が対峙するとなれば、もっと派手に、大規模なスキルの応酬があると思っていた。現実には、ムンやファル・ジャルが思っていたように、大規模、高火力のスキルは貴族たちを巻き込むため使えないのだが、そんな事は念頭にない。
「あのように血だるまになり、最後は子供のケンカのような首絞めなど……」
それは貴人が好まぬ姿だ。
貴族たちにとって、パトリシアやインフゥは
「……」
そんな貴族たちに、大公が何を思っているかを窺い知る事はできない。
――ヴィーが
大公が思うのは、ヴィーならば失われつつある
だが、それがあったとしても、貴族達が退屈に感じなかったかどうかは
「次が最後と
審判の声に意識を向ける貴族は減っていた。待ちに待った最終戦ではなく、やっと終わってくれるという想いすらある。
「赤方、ファン・スーチン・ビゼン」
だがファンの名前は、多少、興味を引いてくれた。
「ビゼン家? ドュフテフルスの?」
大帝家の遠縁に当たる名家だ。
「しかし、赤方といったか?」
今まで黒方が先に呼ばれていたのに、最終戦のみ赤方が先に呼ばれた事に気付いた者もいる。
ファンが陣幕を
だがハッキリと顔に出すような事はなく、大公と貴族へ一礼し、所定の位置へ着く。ユージンやパトリシアの様子を見るに、ここで行われているのは演舞の延長にあるようなものではない。
ファンの緊張感が増す中、審判役が告げる。
「黒方」
その名は――、
「セーウン・ヴィー・ゲクラン!」
陣幕を潜って現れるのは兄弟弟子の姿。
「ヴィー?」
ファンが驚きに目を見開く。ヴィーは精剣を持っていなかったはずだからだ。
ヴィーに続いて入ってくるのは、見慣れない女だった。不機嫌そうな顔をしているのは、粗末な服を着ているからだと分かる程。
「あの方……」
エルが覚えていた。
「パトリシアさんが仕えていた女領主……?」
呟く程の声であったが、ファンが聞き逃すはずがない。
「馬鹿な。ヴィーが斬ったんじゃないのか?」
そういった直後、ファンは女領主の死体を見ていない事に気付いた。
――ヴィーが持っていった? Lレアに惹かれるような奴じゃないだろう。
幼なじみであり兄弟弟子でもあるヴィーの印象と、Lレアを宿している女領主を連れていくという行動が、どうしてもファンの中で重ならない。
だが現実だ。
ヴィーはLレアを持ち、ファンの前へと現れた。
「赤方、ファン・スーチン・ビゼン! 黒方、セーウン・ヴィー・ゲクラン!」
審判役が改めて名を継げ、始めと大声で告げた。
「抜剣」
ヴィーの声に応え、精剣が顕現する。
旋回する虹色の輝きと、それを切り裂く白銀の閃光。
現れ出でるLレアの精剣。
「ヴァラー・オブ・ドラゴン」
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