第111話「可愛そうね、サッちゃん」

 オーラバードによって一気に敵中枢へ乗り込むという方法は乱暴だ。


 歯を食い縛るファンは、右手にあぶられているような痛みを全力で堪える。突進すれば一群を滅ぼす威力を持つオーラバードであるから、ただ振れているだけでも焼け付くような傷みが走る。


「ッッッ!」


 オーラバードの身体は、文字通り灼熱。


 ――素手では触れないな!


 今、ファンが掴めていられるのは、ムゥチが作ってくれた群青銅ぐんじょうどうで強化したグローブのお陰だった。


 ヴィーも同様に、叫び声を上げたくなる痛みを必死で歯を食い縛って耐えている。


 しかし厳然と近づく限界に、ユージンはオーラバードの高度を下げた。


「一度、降りろ」


 このままフミの元へ突っ込められれば最高だったが、それにはファンとヴィーが限界を迎えてしまう。オーラバードの突撃だけで決着するとは、どうしても思えない。


「お前らの剣がいる!」


 そういうユージンへ、一言「すまん!」と侘びてファンは飛び降りる。


 その隣に着地したヴィーの目には、フミへと迫ったオーラバードから、ユージンが帝凰剣を振り下ろす姿が。


「二段構えだ!」


 オーラバードの突撃と時間差を置き、剣を突き立てようとユージンが宙を舞う。しかし、やはりオーラバードの高度を下げたのは悪影響がある。


 ――オーラバードはダメか!


 十分な速度を得られなかったオーラバードの突撃はかわされたが、ユージンが頭上から精剣を――、


破廉恥はれんちな奴」


 振り下ろしたユージンが聞いたのは、フミから吐き出された、場違いとしかいい様のない言葉だった。


 帝凰剣ていおうけんに手応えらしい手応えはなく、ただ眼前のフミが着ていた服を、胸元から股下まで切り裂いたのみ。


 一瞬の見切り。しかも小指の爪程の幅で見きっていた。


 だが、ユージンが動きを止めてしまったのは、何も見切りに驚かされただけではない。


「!?」


 顕わになったフミの胸元には、女性の象徴ともいうべき乳房がない。


 だが同時に、股間にも男性の象徴がなかったからだ。


 それは胸が貧しい女性を意味していないと直感させられたが故に、ユージンは停止してしまう。


 それはファンも同じ。


 ――両性具有・・・・!?


 目を見張るファンだが、フミは鼻先で笑い飛ばしつつ、ユージンの喉元を掴む。


「はん」


 骨も折れよとばかりに力を込めるのだから、ユージンは声すらあげられない。


「精剣を作り、絶対の法則を超越しようとした末裔の姿だ」


 力を込めるフミは、誇らしげな言葉とは裏腹に怒りをかく仕切れていない。


「寿命と、性別をも超越した!」


 そのまま地面に叩きつけたフミへ、ユージンは意地や矜恃を総動員し、ただひとつ、隙を作る言葉を吐く。


「女は兎も角、お情け程度・・・・・についている男の方は、機能しそうになさそうだがな」


 精剣を取り落とし、腕も上がらないユージンから出た言葉だからこそ、フミの逆鱗に触れた。ユージンの頭を踏み付けたフミに、ヴィーは必勝を見る。


 ――挑発に乗った!


 しかしヴァラー・オブ・ドラゴンを構えるヴィーへと、不意に強い違和感が襲いかかる。


 フミは無手ではないか。


 ――精剣は……?


 ヴィーに浮かんだ疑義は、決定的な機を逃してしまうが、それも仕方がない。


 斥候に出たインフゥも、「人はいなかった」といったのだ。


 ならば、誰がフミの精剣を宿しているのか?


 誰もがそんな疑問を浮かべるタイミングを、フミも把握していたのだろう。


「抜剣」


 言葉と共に精剣が現れる様は、ファンとヴィーから――いうなれば時間を奪った。ヴィーは、動くよりも叫ぶ事を選んでしまうのだから。


「どこから出した!?」


 今、この場には4人しかいない。対峙しているフミ、ファン、ヴィーと、倒れているユージンだけ。


 だが今、フミの手には精剣が握られ、白金の輝きを見せている。


「ヘロウィン!」


 力任せに振るう精剣に、ヴィーは盾を構えた。フミは空振りする間合いであったのにも関わらず。


 ――焦りすぎた!


 何もかも、遅かった。


 咄嗟とっさの行動だった事は言い訳にはならない。そもそも口より先に動くのが、ファンやヴィーの信条だったはず。それを守れなかった時点で、危機に陥るのは当然だ。



 間合いを詰めて突くという、ただそれだけでも、もうできない。



 フミが剣の素人でも、怒りにまかせている今、制すのは難しい。


「私は自らが宿した精剣を、自ら振るえる! 何がお情け程度だ!」


 フミは怒声と共にヘロウィンの切っ先を地面に向ける。


「いざ開け地獄の門。その威、怨敵を滅ぼし、殺しくせ!」


 一瞬にして巨大化したヘロウィンの輝きは、ファンとヴィーに、ここから逃げ出すしかないと直感させる程。


 果たして逃げるという選択肢が最適解であったかどうかは分からない。勝機は失われたが、少なくともその場に残っていては落命の運命しか残されていなかったはずだ。


 現れたのは、二人の頭上から影を落とせる程の巨体。


「ジャイアント……」


 ファンが呟いたのは、ドラゴンと並ぶ強大な魔物の名称。


 だが眼前に現れたのは、正確にいうならばジャイアントではない。


「ジュワイル・ノエル」


 フミのヘロウィンが持つ死人を呼び出すスキルを、最大限に発揮したもの。



 戦いで散っていった人間、魔物の肉体を凝縮・・させて形作った巨人だ。



「さぁ、戦え! 死にきれない苦しみも、私が全てを制した後にならば解放してやろう。仲間を増やす事になるだろうが、なに。気にする事はない!」


 その中心に収まりながら、フミはわらった。


 嗤ったのだろう。


 嗤ったとしか表現できない。

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