第41話「おお牧場はみどり」

 御流儀ごりゅうぎにはいくつかの段階・・がある。


 ――初伝しょぜん中伝ちゅうでん目録もくろく免許めんきょ皆伝かいでんの5段階。目録まで大方おおかた10年くらいかかる。そこから3年で免許、6年かけて皆伝。


 ファンやヴィーは皆伝に達しているが、それとは別に、法脈ほうみゃく伝教でんきょうという資格が存在し、法脈は正式に系譜けいふに載る資格、伝教は師として弟子を取る資格とされている。


「自分、弟子を取っていい資格、持ってないんスわ……」


 インフゥに対し、ファンは苦い顔をしていた。



 ファンは伝教の資格を得ていない。



「弟子は取れないんス」


 それでなくとも、精剣せいけんのスキルが乱舞する戦場で、剣技を駆使して戦う事は不条理だ。ファンが無傷で切り抜けられている最大の理由は、御流儀の剣技が卓越しているからではなく、相手にしている剣士に突ける隙があったから。


 見た目程、楽勝ではないし、御流儀を習得して戦うというのはリスクの高い選択肢になる。精剣のスキル、特に攻撃スキルが持つ火力はかすり傷など有り得ない。完全回避するか、さもなくば死ぬかという事になる。


 ――剣を覚えて戻るのは、オススメしないッス。


 しかしファンは、言葉を繰り返せなかった。


 ――よくよくの事・・・・・・なんスよね……。


 インフゥが村を出る切っ掛けが何かは分からないが、出た理由は剣を教えてくれる者を探すためだ。


 遺跡があるにも関わらず、精剣を得る事ではなく剣技を求める事情を考えれば、それこそこそ「よくよくの事」という事になる。


「しかし……」


 ファンが悩むのは、伝教という資格が設定されている理由だった。


 ファンは皆伝を持っているが、それは「十分に使う事ができる」という証明であって、「人に教える事」は自分で技を使うのとは大きく違う。


 ――教えられるんスかね……?


 はなはだ疑問なのだ。


「自分がやって来た事を、そのまま伝える事はできるスけど、それがインフゥに合ってるかどうかは分からないッス。伸びなかったとしても、その原因も掴めないスよ」


 強くできないかも知れないから、悩む。


「それでもいいから、教えて下さい」


 それでもインフゥが頭を下げる。


「僕には姉さんも妹もいないし、母さんも、もう……」


 形振なりふり構っていられないというのが本音だ。一朝一夕いっちょういっせきで強くなれないのも知っている。知っているが――、


「ホッホは間違った事をいわないから」


 インフゥの視線を追うと、ファンのすぐそばに座っているホッホの姿があった。それはインフゥに対し、ファンに習えと訴えているようにも見える。


「あの」


 だからという訳ではないが、エルが口を挟む。


「はい?」


 ファンが振り向くと、エルはホッホとインフゥに視線を往復させつつ、


「弟子は取れませんが、学生・・なら取れますよね?」


「まぁ、それは……」


 ファンが首を傾げてしまう程の詭弁きべんであるが、御流儀にいては弟子と学生は別の意味を持つ。道場に通うだけの者を学生、正式に拝師はいしし、師と寝食を共にして技を磨く者を弟子と区別している。


 弟子は取れないが学生に教える事はできるというのは、ファンの感覚では詭弁に等しい。


「ええい」


 それを振り払うように、ファンは首を横に振った。


「俺がしてきた事を教える事はできるけど、それで強くなる保証はできないし、修正する手も考えつかないかも知れない」


 口調が変わる。剣士を望まれているのだから、ファンも芸人の顔をしていられない。


***


 そんなインフゥの村は、内部崩壊というよりも農民叛乱はんらんに近い様相をていしていた。遺跡を中心としたオーク牧場の主と取り巻き、それに対する反対勢力が争う形だ。


「おい、あそこ……」


 茂みに身を隠している男が、同じく伏せている男へあごをしゃくった。


 その方向には牧場主が打ち込んだ杭と馬防柵ばぼうさくが張り巡らされていた。


「くっそぉ……」


 歯噛みさせられるのは、その柵が張り巡らされている場所は、柵を設置した牧場主の私有地ではないからだ。


「何やってやがる……、そこは俺の……」


「シッ……」


 怒りに震えている男は知らず知らずのうちに身を乗り出しており、その腕を仲間が掴んで腰を下ろさせる。


「見つかったらどうする……」


 声も潜めるのだが、言葉くらいでは止められない。牧場主が取り込んでしまった土地こそが、その男のものだからだ。


「黙っていられるか! あそこは、女房や子供まで手伝わせて拓いたんだぞ!」


 仲間の手を振り解いて立ち上がった男は、大股に柵まで近づいた。隠れながら周囲を観察していた。


「誰もいねェ! こんな柵!」


 手にした手斧を振り上げ、柵へと振り下ろす。


 ガッと重い音が響いた瞬間だ。


「なぁ!?」


 信じられないという調子の声は、断末魔となった。



 柵の下から現れ出たのは火球。



 火球がまとう輝きが赤ではなく白なのは、恐るべき高温である証左である。


 燃え尽きるのですら一瞬だった。


「ちゃんと足下見てやれよ」


 戦慄に足をすくませている村人に対し、木陰から男がふらりと姿を見せる。


 ぶらぶらと片手に下げている精剣が、柵の下から現れた火球を操るスキルを持っている。


「にげ――」


 隠れていた男たちの声は、どれもこれも中途半端だった。

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