第47話「じまんのつのでけんかした」

 大劇場ではなく、また屋外でもあるため、大掛かりな仕掛けを使ったものはできない。


 そもそもファンのレパートリーにも限界があるのだが、概ね好評だったはずだ。



 はずだというのは、牧場主の側も、村人の側も、ファンとエルの演目を楽しんでいる風ではないから。



 ――口惜しいッスねェ。


 前方宙返りしながらエルが持つ的へとスローイングナイフを投擲とうてきしたファンは、顔に出てしまいそうになるものを押さえつけながら見得みえを切った。


 エルが両手で別々に持っている的の中心を貫いているのだが、拍手は疎ら。


 ――それでも、これだけの人数の前ッスからね。貴重な経験ッスよ。


 椅子を並べただけの粗末な客席だが、どちら共の陣営から人が集まっている。壮観なものだ。


 ――さて、次は……。


 用意をとエルに向かって手を上げるファンだったが、席を立った牧場主が、まるで握手するようにその手を握る。


「いやぁ、期待以上の素晴らしい腕前だ」


 和やかな表情と共に語るのは、形こそ賞賛であるが、ファンとエルの演目を中断させる乱暴な行動だった。


 それが何を意味しているか?


「私が目指したいと思っているのは、こうして皆で同じものを楽しめる生活だ」


 ファンの手を掴んだまま、大きく手を上げ、


「その為に必要な事は……お互い、分かるだろう?」


 言外に告げている言葉が何かは、聞く者次第だろう。



「……共に繁栄を……か?」



 その声は村人側から聞こえてきた。


 国内全てに広がった戦火で学んだ事は、不当な搾取さくしゅは許せないという気持ちであるのは、村人も牧場主も同じ。収穫前の畑であろうと、築陣のために踏み荒らされるような状況を覆せる実力が必要という事だ。



 今、必要な事は和解――。



 牧場主の行動と、村人側から上がった声とが示したのは、それである。


 村人たちの視線が集中した男が、反牧場主派の旗振りか。


「……」


 男は戸惑ったような表情を見せたのだが、それも一瞬だけの事で、すくっと立ち上がる。


 向かう先は、牧場主が立っているファンの舞台だ。


「これだけで、何もかもが和解、お終いとは思わないでくれ」


 男が差し出す右手は、これにて一件落着という事を示しているのではない。公平、正当な配分、これまでの賠償と、問題は山積みだ。


 牧場主がフッと笑ってファンの手を離し、代表の手へと伸ばす。


「君は正直だな」


 握手が交わされようとしていた。


 だが、この時、ファンが感じた事は――、


まずい……」


 余人には聞こえない呟きは、インフゥが忍び込んでいる事を思い出したから、というだけではない。



 双方を見ていて、和解など有り得ない話と思うからだ。



 和解する他にももう一つ、できる道がある。


 それを示すが如く、牧場主の手は動く。


「君は正直者だ。だが――」


 牧場主の手は握手ではなく、代表の右腕を掴んだのだ。


「バカだな!」


 腕を掴んだのは、逃がさないようなするため。


「抜剣」


 続く牧童頭の声。



 そして飛来する火球!



「お前もなー!」


 だが代表の方も負けてはいない。


「抜剣!」


 村人たちの陣営からも同じく声が聞こえる。



 同時に放たれたのは青白い稲妻!



 ――開始の合図じゃねェか!


 その場から跳躍して逃れたファンは、二人の行動は和解ではなく最終決戦の引き金だと感じ取っていたからこそ、呟きが「拙い」であった。


 転がるように退避し、体勢を整えて上げた視界には、次々と精剣を抜こうとする男たちが見える。


「抜剣!」


「抜剣!」


 声が連なる。


 だが声以上に響いてくるのは、双方の精剣が放つ攻撃スキルだ。


「抜いていない間抜けからやれ!」


 この声は牧場主だろうか。牧童主が放った火球は、村人側から放たれた稲妻が相殺してくれたらしい。


「この貧乏農民共が!」


 自らは精剣を取らないが、指揮を執る位置へと移動する牧場主とは対照的に、村人代表の男は右手を伸ばし、「抜剣」と告げた。


「るせェ!」


 怒声と共に握られる精剣は、特別、格が高いとはいえないが、低いともいえないレア。


「この地で生き抜くには、何が正しいかではない! 強いのか弱いのかだ!」


 精剣の切っ先を牧場主へ向け、挑発するような口調で声をぶつけていく。


「大きな力を持たない者は、大きな力を持つ者から奪われる……ここは、そういう土地だ!」


 遺跡を独占する事こそが正義なのだ、と斬り込む村人代表を、牧童頭が迎え撃つ。


「同感だ」


 牧童頭の精剣は、その強弱でいえば強い。


「そこ、危ないぞ。死にたい奴だけがいろ」


 牧童頭の声と共に、走り込んできた代表の足下から炎の柱が立ち上がる。


「ははははは。死にたい奴から、かかってこいよ!」


 炎に包まれた代表の身体を、牧童頭の精剣が両断した。


「ところで――」


 精剣を持ったまま、牧童頭はファンへと目を向け……、


「お前は、どっちなんだ?」

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