第3章「星を追った。ツキはなかった。花は咲いた」

第23話「お姫様、ほしのひかりにおどるのさ」

 暗い森の中を、女が一人、走って行く。着の身着のままという風な格好であるが、今の時代、それも珍しい話ではない。


 精剣せいけんによって始まった殲滅戦は、今までの会戦を大きく変えた。


 精剣の出現以前の戦いといえば、威嚇合戦と青田刈り――戦いというより嫌がらせに近い。誰もが血を流す覚悟で血を浴びる事ができる存在ではない。寧ろ、それを好んで実行できる者は希だ。剣や槍よりも弓が好まれるのは、命を絶ったという感触を、できるだけ感じたくないからというのが理由の一つである。領土拡大の野望よりも、今、自分の手元にあるものをどう守っていくのかが領主、また太守の仕事であり、天下統一などメリットを見出せない者ばかりだった。


 そこへ現れた精剣は、スキルという存在を与えた。


 現実とは思えない炎や落雷は、刃よりも、矢よりも、もっと命を絶つという感触が薄く、また相手の威信、矜恃を修復不能なまでに打ち砕ける――モラルの崩壊など、すぐに訪れた。


 威嚇合戦と青田刈りが主で、実際に干戈かんかを交える事など希だった、いうなれば牧歌的・・・な戦いなど急速に消滅するしかない。


 そんな戦場であるから未帰還者は鰻登りとなり、「生きていてこそ役に立てる」という考えが発生した、結果、戦死者への見舞金など雀の涙と成り果てた。


 膨らむ戦費を抑えるには限度があるのだから、調達するすべを見つけるしかない。



 そのすべは、敗者側を連行し、競りにかける事が最も手っ取り早い。



 いずれは恥ずべき歴史となるのだろうが、今の世では皆、必要悪という言い訳を駆使している。


 今、必死に走っている女も、そんな目から見れば明らかに被害者だ。


 しかし女は今、自分が逃げているとは思っていない。


 着ているボロの古着には似つかわしくない輝きが、その手の中にある。



 メダルだ。



 遺跡に捧げれば、自らの身体に精剣を宿せる権利――それも安いコインではなく、高級なメダルの方を手にしている。


 走る方向には遺跡。


 ――遺跡……。遺跡……!


 どうやってメダルを手に入れたのかは、もう女の記憶にもないだろう。


 そもそもメダルを手に入れるのは手段に過ぎないのだから、それをどうこういわれても、女は「知らないよッ」とにべもなく答える。


 女が願う事は、ただ一つ。


 ――精剣……、できるだけ強い精剣……!


 格の高い精剣を宿す事。


「誰でも良いから、私を守りなさい!」


 遺跡の上から、その内部へとメダルを投げ込む。


 陽光を受け、きらりきらりと光るメダルが落ちていき――、唐突に起きる。



 光だ。



 遺跡から立ち上る光は帯となって女を包み込む。


 輝くドレスのように膨らみ、そして頭上にクリスタルを出現させる。


「!」


 女は息を呑んだ。そのクリスタルの色が、精剣の格を示すと言われている。


 ノーマルやレアならば銀色。


 それ以上のHレアやSレアは金色といわれている。


 ――金……金ッ!


 それを願った。


 だが現実には――、


「……銀……」


 落胆させられる色に見えた。


 しかし頬に差す光は、正確にいうならば銀ではない。


 金でもないが、銀ではないのだ。



 それは白金――最上位のUレアやLレアを示す色だ。



 クリスタルが割れる。


 中から溢れ出す光は虹色。七色ではない。数え切れない程のグラデーションが彼女の身を包み込む。


「Lレア……」



 女の言葉を奪う、最上級の精剣だ!



 目を奪われる光が彼女の中に宿った時、ハッキリと感じ取った。


 自分は何者かになった。


 そして更なる何かに変わっていけるのだ、と。



「もう、落ちぶれた女じゃない……」



 それは確かだ。


 Lレアが出る確率を計算した事はない。2000回、試して一度しか出ないという話までもあるくらいの存在だ。


 それを宿した女を、誰が無下に扱うものか。


 女は精剣の鞘だ。それを打ち砕く事は、精剣を永久に失わせる事に繋がる。


 最早、奪われる側ではない。


 守られる側に立ったのだ。



 守られる側とは、与えられる側だ。



 ――素敵なドレス、可愛い靴、おいしいご飯……。


 打ち震える女が流しているのは感涙だろうか。

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