第79話「別の日に降れ ジョニーが外で遊べるように」

 一度は躊躇したものの、ファンの躊躇ちゅうちょはそれっきりだ。


 ヴィーのヴァラー・オブ・ドラゴン――Lレアの精剣せいけんに対しても、戦い方はいつもと変わらない。


 ――勢いがないな。


 ヴィーはファンに目こそ向けているが、精剣はだらりと脇に下げたままだった。いつもの調子であれば、ファンは即座に斬りかかってきたはずだ。


「蛇に睨まれたカエルですね」


 距離を取っているファンを見て、貴族の誰かがいった。Lレアのデュアルスキルを前にして、手にしているのがノーマルの精剣では当然だ、と。


 ――そんなか。


 ヴィーは胸中で反論した。


 ――精剣の格だけを頼みに戦えばいいなんて話にはなってないだろう。


 4戦全て精剣の格は勝敗と無関係だったと気付いていないのか、とは口には出さない。この4戦が異常な事であり、精剣の格は戦力差となり得る。事実、ファンとてユージンの村では帝凰剣に助けられている。


「あのバフは、どういうものか?」


 この大公の問いに、侍従は初めて答えられた。


電磁波式でんじはしき振動剣しんどうけんでしょう」


 剣技については無知であるが、精剣のスキルならばあらゆるものを見てきた。大帝家は覇者の一族なのだから、そこに侍る者も精通している。


「雷龍、火龍を模しているのでしょう。電磁波で切断超音波を起こし、切断抵抗を少なくしています。また振動による熱も、対象を溶かすで切断を容易にします」


「触る事すらままならぬか」


「はい」


 大公に頷く侍従であるが、バフと攻撃スキルの違いを知っているが故に、大公の「触れる事すら儘ならぬ」という言葉を大袈裟と感じていた。


「ただしバフです。刃の立たないものを斬る事は適いませぬ」


 防御スキルに対しては、万能の威力を発揮するものではない。


「つまり、今のヴィーのような状態か?」


 大公はヴィーへと顎をしゃくった。ヴィーの身体はヴァラー・オブ・ドラゴンのスキルで呼び出された鎧と盾に守られている。障壁という言葉から受けるものとは違う印象になるが、武具の召喚は高級スキルだ。


「左様です。あの盾ならば、電磁波式振動剣となった精剣も受け止められるやも知れませぬ」


 防御に重きを置いているという侍従の見立ては正解だ。


「攻めあぐねますね」


 貴族がファンを一瞥した。間合いを計っているファンは、貴族から見れば棒立ちに等しい。バフであるから命拾いしていると見ていた。直接攻撃できるスキルであったなら、


 もう決着しているというのが陪観ばいかんしている皆の意見であったが、唯一、大公のみがファンが攻めあぐねいていると解釈していなかった。


 ――そのノーマルで、あまたの剣士と渡り合ってきたのであろう?


 Lレアを持った剣士はいなかっただろうが、格で尻尾を巻くようなマタならば、ヴィーが嬉々として紹介するはずがない。


 ――その通り。


 大公の考えを読んだヴィーが心中で頷いた。格下だから戦う、格上だから逃げるという選択肢を選ぶ男ならば、こんな旅を続けられるはずがない。


 ファンが見ているのは精剣ではなく、ヴィーだ。


 ――俺の得物なんて見てない。


 ファンが見ているのは、ヴィーがどう動き、どう受け、どう応じてくるかだ。



 ファンが慎重になっている理由は、ヴィーが同じく御流儀を使う男だからだ。



 呼吸も気配も互いに読めない。


 読めないが、あったと直感する事ができたのは兄弟弟子だからだろうか。


「ッ!」


 ファンが動いた。インフゥよりも更に速く、相対していたならばコマ落としにしか見えなかったであろうし、陪観している貴族でも剣技の知識がなければ見失う者がいた程だ。


 一拍子で動くという、理屈の上では常人の2倍、3倍の速さが出せるファンであるが、それはヴィーとて同じ事だ。


 ――どうせ刃物だ! 当たれば斬れる! 突けば刺さる!


 ヴィーの身体を覆っている鎧も、隙間はある。関節は動かさなければならないため、固めてしまう訳にはいかないのだから。


 そして首は急所でありながら、装甲がない部分だ。


 左手を固定し、右腕を伸ばす。てこの原理によって手元の小さな動きが、切っ先になければ大きく動く。小さな動きが大きくなるならば、手元の速度は切っ先では何倍もの速さに変わっている。


 ヴィーが右手一本でだらりと剣を提げていた事も幸いした。


 本気で刺そうと振るった剣であるが、そうしてやっと必死の相手を止められる事を互いに知っている。


 ヴィーの動きは、明らかに遅かった。後の先を取る事は御流儀の基本であるが、それが取れる動きではない。


 ファンの目に映る勝利。


 だが不意にファンの耳へヴィーへの声が聞こえた。


「いいや――」


 否定の言葉。


 それと共に、ファンは上から押さえつけられる圧力を感じた。


「!?」


 潰される感覚。人が2、3人、のし掛かってきた重さだった。


「俺のはデュアルスキルじゃない」


 ヴィーの声は複数の方向から聞こえてきていた。


「トリプルスキル」


 3つあったのだ。


10テンコマンドメンツ」


 ファンが見上げた先には、ヴィーの姿が10人あった。

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