第46話「おにわで ぴょこぴょこ かくれんぼ」
女オークの来訪は、必ずしも歓迎できるものではない。オークの嗅覚が優れている事は、この牧場を運営している者ならば皆、知っている事なのだから。インフゥを名指しでやってくる相手に警戒心を懐くのは当然だ。
だがファンが警戒を解いたのは女オークが来た事ではなく、その姿そのものだった。
――ホッホが警戒していないッスね。
だから女オークが追っ手である可能性が限りなく低いと、ファンが判断するに足りた。
「狭いですけど……」
普段は大道具を入れている方の馬車に招き入れたファンも、その女オークを追ってきている者がいないかだけは警戒する。
それも難しい事はない。
――これも、ホッホが気にしていないなら大丈夫か。
自分の目で確かめるのは
「いないでしょう?」
馬車の中に戻ってきたファンに対し、女オークはフッと笑って見せた。
「ホッホはインフゥにとって母親の代わりで、姉の代わりですから」
「子供ができたら犬を飼えっていうッスよね」
出入り口を右手に見ながら腰を下ろしたファンは、昔、聞いた事のある話を口にした。
エルも覚えている。
「子供が赤ん坊の頃は守ってくれる。幼い頃は遊び相手になってくれる。少年時代の良き相棒でいてくれる……でしたか」
「飼った事はないんスけどね」
笑うファンは、いつもならばここでボケのひとつもして笑わせようとするのだが、今はボケではなく話を打ち切る方へ向く。
「ところで、インフゥに何があるんスか?」
敵意や悪意とは無縁の女オークだが、遺跡とセットで秘匿されている牧場から抜け出してくる事は
問題行動を起こしてまで何があるのか――女オークは、そういう思考で動いていない。
「驚いたんです。旅芸人だという方から、いなくなったインフゥの臭いを感じたので」
女オークがインフゥへと向けている視線からは、無事な姿に胸を撫で下ろしている事が見て取れる。
「ファンさん、この人がコバックさん」
インフゥが紹介してくれた。
「俺が、助けに戻りたいって思ってた人です」
「……それは、それは……」
ファンも目を丸くする。この女オーク――コバックをオーク牧場から救い出したかったがために、インフゥは命懸けで村を出たのだった。
――女オークは情に
危険を
――浅はかっていいにくいッスね。
苦笑いするファンを横目に、コバックがインフゥを抱き寄せた。
「インフゥ」
会いたいだけで出て来たが、今、インフゥを抱きしめる心にはもう一つの想いがある。
「よく頑張ったわ」
インフゥは助けを呼ぶだけでなく、自分に力を授けてくれる者を連れてきたのだ。
だからファンもいえる。
「算段を立てて行くッスよ」
コバックの事が問題になる前に動けるよう、事態を動かせている。
これは確信だ。
「
エルも自覚している。
「私たちの公演が、村の衝突を呼ぶでしょう」
牧場主と村人が一堂に会するのだから、衝突以外に何が起きるというのか。
***
ファンもエルも、そんな公演は――したいか、したくないかだけでいえば――したくない。芸だけをやりたいし、また暴動になる引き金を引く事になるのが分かっているのだ。それがやりたくてやりたくて仕方がないとなれば、芸人とはいえない。
――芸人が
そう思っているのだから本業に集中したい。迷彩のためにやる芸など身につけていない。
だが副業だとしても、業と明言しているのだから、剣士の仕事もする。
「さァ、さァ!」
一際、大きな声を出すファンは、芸は本気だ。玉乗りしながらのジャグリングからナイフ投げに繋げる腕は、一層の磨きがかかっている。
的になっているエルも、朗々と歌いながら立っていられるのだから、余裕を見せられる腕前だ。
そんな曲芸と音楽が始まる中、インフゥは身を屈めて牧場へと忍び込む。
何をしようというのかは簡単だ。
――子供ッス。
ファンが指示したのは、コバックの子供を救出する事である。
――子供を人質に取られているから、コバックさんは動けないんスよね? だったら、助け出してしまうッスよ。
これは村人と牧場主とか衝突しようがしまいが必要な事だ。コバックを連れていくならば、連れ出さなければならない。
そのためにはホッホの存在がありがたい。
不意を突けるインフゥが探索できるホッホと組み、芸で目を奪えるファンとエルが揺動する――算段といえるかどうか微妙な所だが、役割分担はこうだ。
「ホッホ、頼むよ」
インフゥの小さな声に、ホッホは振り向かなかった。
だが振り向かずとも、その背で示す。
――任せて。
ここまでインフゥを導いてきたホッホは
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます