第94話「時たまキーキー啼きながら動き回ります」
月と星しか明かりのない山道は、行く者の慣れが如実に表れる。禁足地であり、キン・トゥやファンも足繁く通っていた場所ではないのだが、ドュフテフルスの山はよく知っている三人だ。
追跡してくるファンたちが距離を詰めている事は、グリューも勘づく。
「追ってくる連中がいるわ」
グリューが先頭から最後尾へと立ち位置を変える。キン・トゥの懸念通り、馬の
追ってくる四人は隠密性など後回しであったし、
そしてファンの服も、赤が基調なのだから目立ち、それはグリューだけでなく、フォールの顔にも緊張を走らせる。
「グリュー……」
遺跡まで、まだ少し距離がある。追撃を振り切って進むか、それとも……、
――迎え撃つ?
フォールが目で問いかけた。ここまでしている二人であるから、フォールに宿っている精剣がノーマルなどという事は有り得ない。
しかし足を止め、ここで防戦という選択肢は愚かだ、とグリューは判断した。
「進めるところまで進むわよ」
森と遺跡ならば、遺跡の方が戦いやすい。
「でも一応、精剣は頂戴」
フォールが頷くと、グリューは宣言する。
「抜剣!」
精剣へと変わるフォールの身体が放つ光は金色の光。
白金には劣るが、金色の光を宿す精剣の格は2番手――Uレアだ。
「ジリオン」
グリューの手に収まった直剣の精剣は、Uレアという高位でありながらも、まるで彩色した木製を思わせるような刀身と柄を持つ地味なデザインだった。
その剣を脇に構え、空いた片手でネーの背を押す。
「真っ直ぐ行って。すぐに追い付くから」
グリューは視界の隅に赤いファンの衣装を見つけていた。
「土の子、空より風の子を呼び、輝け!」
切っ先をまっすぐ伸ばした精剣が、ファンの足下へ魔力の輝きを灯す。
「!」
ファンの判断も、同様に早い。
――照準か!
足下から攻撃スキルが立ち上るのではないという判断は正解だ。
グリューからファンへ雷光が走る
「ライトニング!」
こういうスキルの回避はファンが最も得意とする所であるが、レアやノーマルからに放たれるスキルとは訳が違う。ファンは大きく間を広げる事になる。
――回避と言うより逃避だな!
ファンも攻め足を残せなかった。一人を狙うスキルなのだろうが、回避できる範囲を潰すくらいの規模で炸裂している。
仕留められれば文句がなかったが、好きを作れたのなら十分、とグリューが声を張り上げる。
「走って!」
しかし自分も
――失敗した!
ファン一人ではなく、全員に放てばよかったという後悔がグリューの胸に去来する。ファンは遅れるが、他の二人は変わらない。
――撃てたのに!
ジリオンに宿っているスキルは、厳密にいえば今、放ったライトニングではない。
「追うのは待て!」
キン・トゥが経験で感じ取った。精剣を所有した事こそないが、戦乱の時代を生き抜いた
「あの精剣、宿しているのは攻撃スキルではないかも知れぬ」
何の確証もないキン・トゥの直感であるが、高弟二人も同様の直感を憶えていた。
三人が共通して直感したもの――、
「……攻撃スキルではなく、汎用の魔法スキル……ですか?」
ヴィーの出した結論がそうだ。
四つの要素を操るスキル。
単独、
「闇夜の赤い服ではダメッスねェ」
戯けていうが、ファンも笑える余裕はなかった。ヴィーが持っているヴァラー・オブ・ドラゴンの方が格こそ上だが、汎用性ではグリューの持つジリオンが上だ。
ヴィーも自覚している。
――接近しなければ意味がないんだからな。
左手に持っているヴァラー・オブ・ドラゴンを一瞥するヴィーは、忌々しいと呟く。
「使えん」
鎧や盾はジリオンの攻撃魔法に対する防御力を有しているが、広範囲に威力を発揮する魔法を使われれば、キン・トゥやファンを庇えない。
そんなヴィーへ、キン・トゥは焦るな、と告げる。
「隙は突ける。あちらも焦っているからの」
キン・トゥは渋い顔を見せつつも、攻撃手段を閃いていた。ファンにライトニングを放っただけで背を向けたグリューから、焦りを感じ取れたのだ。
敵に焦りがあるならば、こちらは冷静さを保つだけで有利になる――それはファンもキン・トゥから叩き込まれている。
「距離を保ちつつ、追撃ッスね」
ファンの衣装は闇夜で目立つが、遺跡に着くまでは積極的な攻撃はない、と判断した。しかし問題は、そこから先だ、とヴィーは眉根を寄せられるが。
「そこからは、何とか距離を詰めないと……」
接近戦しか挑めない三人であるから、接近する手段だけは考える必要がある。
「それでしたら」
そこへエルが口を挟んだ。
「一つ、切っ掛けになるかも知れません」
三人に示すのは、ムゥチから手渡された赤い輝きを宿すメダル。
「それは……?」
ファンも首を傾げてしまうメダルを、エルは改めて握りしめた。
「私に宿る
しかしファンは迷いから唸ってしまう。
「ムゥチのいってたアブノーマル化って奴ッスか」
だがエルは、迷うなと言外に告げる。
「どういう変化か分かりません。格が上がるのではなく変わるのですから、強くなるのか、それとも弱くなるのかも分かりません。しかし分からないからこそ、相手に何らかの心理的な衝撃を与える事ができるかも知れません」
やる価値がある、とエルはメダルを握った右手に力を入れた。
剣の格に頼った戦いをしている訳ではないファンは、どんな所からでも勝機を見いだせる、勝機を作る戦いをしてきたはずだ――エルの言葉は強い。
「……狙ってみるか」
賭ける価値はある、とキン・トゥは高弟二人に視線を巡らせるのだった。
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