第20話「一体、どんな夢だっけ? 知らない、知らない、覚えていない」
ユージンが思い出すのは、あの日、白いコボルトに刺され、血だらけで倒れていた姿だ。防御魔法の消滅に異変を感じ、駆けつけたユージンが見たのは、逃げていく白いコボルトと、もう助けようのないミマだった。
どんな声をかけたのかを、ユージンは覚えていない。ただ悲鳴をあげただけかも知れないし、コボルトに怒声を浴びせたのかも知れない。
オーラバードを放ったかどうかも覚えていない。
ただミマを抱き上げたのは覚えている。
抱きしめた記憶は、もうずっと過去の事になるが、肩が細く、酷く軽かったと感じた。
それ以上にユージンを打ちのめしたのは、ミマの身体が冷たくなっていく事。
軽さと冷たさが、もう終わりだと、声もないくせに雄弁過ぎる程、雄弁だった。
そこから先は、地獄しかない。
しかしユージンにとって、村人が倒れていく、守れきれない事を指している訳ではない。
カラはいった。
――こんな世の中なんだから、友達がいない、家族がいないなんて人、当たり前にいるわ。
それはミマの死を乗り越えてくれと願っての言葉だった。ユージンの奮闘空しく守り切れない村人がいる事に悩み、その結果、
カラですら誰も気付かなかったのだ。
ユージンにとっての地獄は、守ったはずの村人が夢に落ちて戻って来ない事なのに。
友達や家族のいない者がいる事は知っている。この村とて、家族や友達を失っていく者ばかり。
だが残っている者は、皆、大切な友達であり、家族ではなかったか?
――大切な家族が迎えに来て、幸せな夢の中にいる……なら、いいじゃねェか。
残された者よりも、失った者を大切に思った村人のただ中にいることが、ユージンにとって地獄なのだ。
果てのない地獄である事を悟ってしまったユージンが辿り着いた結論が、いずれは自分の前にもミマが現れてくれる――だった。
そして今、眼前にミマがいる。
「ミマ」
ユージンがホッとしたような、そんな笑みを見せる。
来てくれたのだと思った。
また再びミマと共に平和に村で生きる夢に――、そう思って伸ばした手であった。
「……ミマ?」
だがミマはユージンの手を取る事はなく、そして笑みもない。
「……」
カラも妹の姿に呆然とさせられた。
ミマは頭を下げ、いった。
――村を助けて。
その言葉は、どう考えてもユージンを覚めない夢に誘う言葉ではない。
懇願だが、その言葉をユージンが聞いたのは二度目。
初めて聞いたのは、ミマの今際の際だ。
「……幻じゃない?」
コボルトの使う
――幻だからいったの?
カラも妹の言葉は聞いていた。朱に染まる妹からの、最後の願いだった。
――ユージンを覚めない夢に誘う言葉になる?
それに対し、ユージンがどう思ったか……。
「お、おい……」
ユージンの喉からは、呆然とした印象しかない声が漏れた。
だがユージンは呆然としていた訳ではない。
気付かされた。
このミマが幻なのか、それともあの世からユージンのために戻ってきたのか、それは分からない。
だがミマが最期に残した言葉は、ユージンにとっては特別な想いを掻き立てる。
当然だが、最期の言葉だから、実行しようと思ったのではない。今更、それで実行できるようになるならば、ユージンは実行し続けている。
――コボルト共の夢か。
村を守るユージンを夢の世界に落とす事は完全勝利を意味するのだから、コボルトが精剣スキルを向ける最大の目標であるのは間違いない。
ユージンを
そして今、これが幻であったならば、ユージンを夢の世界へ落とす最後の一手だったはずだ。
その一手を、ユージンはこう受け取る。
「夢に落ちたぜ……」
ミマの姿が、コボルトの精剣スキルなのか、それとも奇跡の類いなのかは不明だ。
だがユージンが「落ちた」という夢は、決してコボルトの精剣スキルではない。
「ユージン……?」
カラが見たユージンの顔には、暗い影が消えていた。
その顔の下で、ユージンはコボルトの精剣スキルは既に自身を捕らえていた事を自覚した。
しかし夢に逃げなかったのは、その夢を現実と
「俺は、好きだった女の最後の願いを、守ってる」
この苦しい地獄のような現実だが、ミマの願いをユージンは実行している。
「好きな相手が、最後に残した言葉を守れていて――」
視線をファンが戦っている方向へ向けるユージン。
「今の俺を、
カラですら責めたユージンを、ファンは一言たりとも責めず、また同情もしなかった。
そして求めて来た事は、「できる事をしてほしい」だけだ。
「いや、そこまで考えてないか?」
ユージンの表情が引き締まった。
既にユージンは夢の中にいた――ミマの幻と、ファンの出現が教えてくれたのは、その事実だ。
決して甘い夢ではないのだが、ユージンはいう。
「
いうが早いか、駆けだしていた。
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