第一部
終わりの始まり
「ああ・・・朝日が目に染みる」
そう言って私はビルの谷間から昇っていく太陽を眩しそうに手で遮りながら見つめた。
私の名前は神崎 真里子。27才のOLで彼氏は・・・まあいない。都内で一人暮らしをしている平凡な容姿のアラサーである。
そしてそんな私の回りには今はまだ早い時間なので歩いている人はまばらだが、殆どの人はスーツや学生服を着て通勤通学で足早に歩いている。
しかし私はその中を少し力無く私服姿で歩いていたのだ。
だがそれでも私は目の下に隈を作りながら満足そうな顔を浮かべている。
それは何故かと言うと───。
(う~ん!結局完徹はしたけど、漸く全キャラ落とせた朝は清々しいな~!)
そう私は、すっかりハマってしまった最新作の乙女ゲーム『悠久の時を貴女と共に』と言う王宮恋愛ファンタジー物をわざわざ数日有休まで取ってやっていたのだ。
それもハマりすぎたせいで寝る間も惜しんでやり続けた結果、朝日が昇る頃まで徹夜し漸く全部の攻略対象キャラとハッピーエンドを迎える事が出来たのである。
(しかし・・・あの最後に攻略した王子を落とすのに一体何周した事か・・・何度やってもノーマルエンドか最悪バッドエンになるから、もうハッピーエンドなんてこの王子には無いんじゃないかと何度心折れそうになった事か・・・それでも漸く落とす事が出来た時の達成感と言ったらなかったよ!)
そうハッピーエンドで愛しそうにヒロインに微笑んでくる王子のスチルを思い出し、自然と顔がにやけてきたのだ。
すると私とすれ違ったスーツ姿の男性が、私を奇妙な目で見てきた事に気が付き私は慌てて表情を戻した。
(いかんいかん!ここは自室じゃ無くて外だった事を忘れてた!だけど・・・今思い出してもあのヒロインのライバルである悪役令嬢にはイライラしたな~。見た目は凄い美少女なんだけど性格が最悪だった。基本どの攻略対象ルートに入っても事あるごとに邪魔してくるは、苛めてくるは高飛車な態度をとってくるわであの悪役令嬢が現れる度に何度ウザっと呟いた事か・・・まあそれでもハッピーエンドを迎えると悪役令嬢は大概攻略対象に殺される結末を迎えてて、正直酷いかもしれないけどスッキリしたんだよね)
その事を思い出しながら通りの向こうに見えるコンビニに向かっていたのだ。
さすがに殆ど食事も取らずに頑張っていたので、やり終わった開放感と共に強烈な空腹感に襲われてしまい仕方がなく朝ごはんを買いにコンビニに向かっていたのである。
しかし途中信号に引っ掛かったので私は徐に鞄の中からスマホを取り出し、画面の電源を着けて待受画面を表示した。
そしてその画面に映った待受画面を見て再びにやけてしまったのである。
何故ならそこにはそのドハマりした『悠久の時を貴女と共に』の初回限定特典である待受画像が映っていたからだ。
(う~ん!やっぱり何度見ても攻略対象の男性達は格好いい!・・・だけどなによりこのヒロインが凄く可愛いのよね!!このふわふわの金髪に綺麗な青い瞳。そして可憐で庇護欲をそそるような見た目!さらにゲーム中も凄く性格が良い子だったもんね!私が男だったら絶対惚れてるよ)
そう画面に映った攻略対象の男性達に囲まれて頬笑むヒロインを見て頬を緩めていた。
しかしその時、突然大きなクラクションの音が響き渡り私は驚きながら画面から目を離し前を見たのだ。
するとそこには横断歩道をとことこと歩いていた幼児の男の子がおり、そしてその男の子に向かって大型トラックが急ブレーキを掛けながら迫っていたのである。
さらにその子の母親だと思われる女性が、横断歩道の向こうから必死の形相で駆けてきているのが見えた。
しかしどう考えても間に合わないのが目に見えて分かり、私は考えるよりも先に体が動いたのである。
私は至る所から悲鳴が上がっている中を持っていたバッグとスマホを投げ捨て、一目散にその男の子の下まで駆け出しそして思いっきりその体を押し出した。
そして次の瞬間、私の体に激しい衝撃を受け宙を舞ったのだ。
そうして再び激しい衝撃受け地面に落ちた私は、薄れゆく意識の中で男の子が無事お母さんの胸で泣いている姿にホッとしながら静かに瞼を閉じた。
(・・・あ~あ、あのゲーム・・・もう一回だけ・・・周回・・・プレイ・・・したかった・・・な・・・・・・)
そんな心残りを残しながら私の意識はそのまま深淵の底に堕ちていったのである。
◆◆◆◆◆
(・・・う~ん、なんだろう?なんだか体がふわふわする・・・それになんだか暖かいような・・・)
そう体に感じる違和感を不思議に思いながら寝返りをうとうとしたが、何故か私の体は上手く動いてくれない。
(あれ?なんで動かないんだろう?・・・ああそうか!私あの大型トラックに轢かれて・・・ん?でもそれならなんで私生きてるんだろう?あれは完全に死んだと思ってたのに・・・それか一命をとりとめたのかな?まあ何はともあれ一度目を開けてみよう)
そう自分に言い聞かせ、私はゆっくりと重い瞼を開けたのだ。
するとすぐ近くから私を覗き込んできていた女の人と目が合ったのである。
(う、うぉぉぉぉぉぉぉ!凄い美人さんだ!!!)
私を覗き込んできていた女の人は、キラキラと輝く銀髪を頭の上で纏めておりまるでエメラルドのような綺麗な碧の瞳をしている美女だったのだ。
そんな美女が私を見てふわりと微笑んできた。
(き、綺麗~)
その微笑みを私はぼ~と見とれていたのだ。
「ふふ、目が覚めたみたいね」
「そのようだね」
美女が楽しそう言うと、その言葉に反応するように私のすぐ近くから男の人の声が聞こえてきたのである。
私はその声に驚きながら視線をその声がした方に向けた。
(うぉぉぉぉぉぉ!こっちも凄い美形の男の人だ!!)
驚きに目を瞠ってる私を嬉しそうに覗き見ている男の人は、サラサラの金髪にアメジストのような綺麗な紫色の瞳をしている美男だったのだ。
「ふふ、貴方がそんなに近くから覗き込むからこの子が驚いてしまってるわ」
「・・・この子が可愛いから我慢出来なくてついね」
そう言って私の目の前で二人は微笑み合っていた。
(何だ何だこの美男美女の二人は?しかも明らかに日本人では無いし、かと言ってテレビとかで見た外国人とはちょっと違うような・・・)
私はそう疑問に思いながらまだ微笑み合っている二人を不思議に見ていたのだ。
するとその時、私の頬を誰かが突付いてきたのである。
(・・・今度は何?)
私はそう怪訝な気持ちでチラリとその突付いてきた方に視線を向けると、私の顔の位置と同じぐらいの背の高さの男の子がじっと私を見ていたのだ。
(な、なっ!?これまた凄い美少年がいる!!!)
そのサラサラの金髪に綺麗な碧の瞳をした美少年がニコニコしながら私の頬を突付いていたのである。
「可愛いな~!それにこのほっぺ凄く柔らかい~!」
そう言いながらさらにその美少年は私の頬を突付いてきたのだ。
(・・・いや、さすがにもう止めてくれ)
その突き攻撃に私は眉を顰めて嫌そうな顔をすると、そんな私の様子に気が付いた男の人が苦笑を溢しながらその美少年の手を取って止めてくれたのである。
「こらこら、もう止しなさい。この子が困っているだろう?」
「・・・ごめんなさい」
男の人に諭され男の子がしゅんと落ち込んでしまったので、男の人はそんな男の子の頭を優しく撫でてあげた。
すると男の子は撫でられて嬉しかったのか、はにかんだ笑顔で男の人を見上げたのである。
(元気になったみたいで良かった・・・って、そんな事よりもいい加減ここがどこなのか聞かないと!)
そう思い私は口を開いて声を発した。
「あ~ああ・・・ああ?」
(あれ?声は出るけど言葉が出ない・・・)
私はそれを不思議に思い、とりあえずもう一度試してみることにしたのだ。
「あ~!ああああ・・・・・・ああ!?」
(やっぱり喋れない!何で!?)
このよく分からない現象に、私は目を見開いて口をパクパクさせていた。
するとそんな私の顔を三人が覗き見て満面の笑顔になったのである。
「まあ、可愛いわ~!!」
「頑張って話そうとしてるなんて、なんて愛らしいんだ!!」
「可愛い!!可愛い!!」
そう口々に言われ私はその様子に若干引き気味になりながらこの状況に混乱していたのだ。
(いや、そんなに可愛いって言われても・・・しかしこの人達目大丈夫だろうか?自分で言うのもなんだけど私そんな可愛いと言われる容姿じゃないんだけど・・・)
私はそう不思議に思いながらふと目の端に壁に掛けられた綺麗な装飾が施されている鏡に気が付いた。
そしてその鏡に映った人物を見て思わず目を瞠ったのである。
(な、なんて可愛らしい赤ちゃんなの!!!)
その鏡に映っていたのは、ピンク色のベビー服に身を包んだ銀髪にクリクリの大きな紫色の目をしたまるで天使かと思わずにいられないほどの愛らしい赤ちゃんだったのだ。
(なにあの子!?あんな赤ちゃん初めて見た!!それによく見ると・・・抱いてるお母さんと同じ銀髪だし目の色は近くに立ってるお父さんと同じ色なんだね。なんて絵に書いたような美形家族なんだろう・・・・・・あれ?なんか違和感が・・・・・あ!私が映ってない!!何で?だってどう考えても位置関係的にあそこに映ってないとおかしいのに・・・・・ん?位置関係?)
私はそこで鏡と私の回りにいる人達を見比べた。
(・・・・・ま、まさか・・・・・)
とても嫌な予感を感じながら、私は思うように動かない右手をなんとか頑張って上げてみたのだ。
するとその私の行動に目の前の美形の男性が、顔をさらに綻ばせながらその私の右手を両手で包み込んできたのである。
「おお、おお、握って欲しいんだね」
そう言って優しく私の手を掴んでいる美形の男性の顔と鏡を見比べ、そして私は愕然としたのだ。
(や、やっぱり私・・・・・あの赤ちゃんだ!!!え!?どうして!?)
私は困惑しながら握られている小さな私の手を見つめ、ふとある考えが頭を過ったのである。
(あ、そうか私・・・やっぱり死んで転生したんだ。・・・しかし物語りとかでよくある話だったけど、現実に起こるとは思わなかったな~それもどう見ても将来絶対美人になるのが確定してる容姿だし・・・なんか自分の事なのに実感沸かないな・・・)
そう複雑な気持ちになりながら苦笑いを浮かべてしまった。
するとそんな私の顔を見て、何故か三人は私が笑ったと勘違いをしてしまったのだ。
「まあ!笑ったわ!」
「やはり私の娘は笑顔が可愛いな!!」
「僕、絶対妹を守れるお兄ちゃんになるよ!」
そんな三人の様子を見ながら、私はさらに苦笑いを深くしたのであった。
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