ビクトル・フェルドラ
私はフェルドラ伯爵家の三男としてこの世に生を受け、そしてその時点ですでに私の上に二人の兄が居た為、家督を継ぐ必要もなく好きに生きて良いと物心ついた頃から両親に言われていたのである。
だから私は早いうちから元々興味のあった剣術に励み成人したと同時に騎士団に入団したのだ。
そしてそこで師と仰ぐ程に憧れる団長と出会ったのである。
団長はその時すでに50代というお年だったが全くその強さは衰えを見せず、私は入団してすぐにその団長からみっちりと特訓を受けたのだ。
そのお陰か18歳と言う異例の若さで隊長に任命して頂けたのだ。
だがさすがにまだ若い隊長だった事から最初の頃は部下になめられていた。
しかし団長の「そう言う奴等は力を示せば自ずとついてくる」と言う言葉を信じ私は自ら一人ずつ相手になって訓練を施していったのだ。
すると次第に私の言う事を聞き慕ってくれるようにまでなったのである。
そうして部下達に認められ隊長職を責任を持って務めて数年が経ったある日、いつものようになかなか剣術の練習に来ないカイゼル王子をキレる寸前で待っている団長の指示で私はカイゼル王子を探しに行ったのだ。
そして私は事前に聞いていた明日行われる婚約発表会の打ち合わせ場所に向かうとすでにそこにはカイゼル王子の姿はなくその場に残っていた者に聞くと、打ち合わせが終わるとすぐに婚約者のセシリア様にお城の案内をしてあげると言って出ていかれたと聞かされたのである。
(・・・完全に剣術の練習を忘れられているようだ)
そう思うと私は大きなため息を吐き、すぐに踵を返し早足でカイゼル王子を探して城内を探し回った。
そうして漸く廊下を婚約者のセシリア様と共に楽しそうに歩いているカイゼル王子を発見する事が出来たのだ。
(何を呑気に歩いていらっしゃるのだ!今頃団長は・・・)
すでに限界ギリギリの様子だった団長を思い出し、私はイライラする気持ちを抑えながらカイゼル王子の下に近付いたのである。
そしてカイゼル王子に団長がお待ちである事を伝えると残念そうにしながらも漸く訓練場に向かって下さる事になったのだ。
しかし私も一緒に訓練場に付いて行くつもりでいたのだが、カイゼル王子はそんな私に婚約者のセシリア様を家まで送り届けるように命じてきたのである。
さすがに何故私がとは思ったが、カイゼル王子に命じられては断る事も出来ず渋々承諾したのだ。
だがその時、セシリア様は一人で帰れるからと私の供を断ってきた。さらに私の事を気遣った発言までしてきたのである。
私はその言葉に驚き、改めてカイゼル王子の婚約者であるセシリア様をじっくり見たのだ。
(・・・確か今年社交界デビューをされたばかりと伺ったから今は6歳のはず。身長もカイゼル王子より少し低くとても可憐な容姿の方だ。しかし私から見てもまだまだ子供であるのにもう気遣いが出来る方なのだな。いや・・・そう言えば大人になられたご令嬢方でも気遣いが出来る方を私は今まで見た事は無かった)
そう思い出しセシリア様の事を感心しながら見つつも、すでにカイゼル王子から引き受けた命なので責任を持って家まで送り届ける事を断言したのである。
するとセシリア様は私の言葉に諦めたように了承してくださり、そうしてカイゼル王子とはその場でお別れしセシリア様の家の馬車が待機している場所まで並んで歩いたのだ。
そうして私はただ命じられた任務を遂行する事だけを考え特にセシリア様とお話をしようとは思わなかったし、身分も違う方なので私から話し掛けない方が良いだろうとも思ったのである。
その証拠にセシリア様も黙ったまま歩かれていた。
(・・・やはりご令嬢という方は基本的に私達騎士を下に見られる方が多いからな。まあいつもの事だからあまり気にしないが)
私はそう思いただ黙って目的の場所に向かって歩いたのだ。
しかし何か視線を感じチラリとセシリア様の方を見ると、何故か私の方を見てにっこりと笑いながら話し掛けてきたのである。
「ビクトル、ありがとうございます」
「・・・一体何がですか?」
何故突然お礼を言われたのか分からず戸惑うと困惑した表情でセシリア様に問い掛けた。
するとセシリア様は私が歩幅をセシリア様に合わせて歩いている事に何故か喜んでお礼を言ってきたらしいのだ。
しかし私としてはどのご令嬢に対しても当然のように自然と行っていた動きだった為、正直お礼を言われても困ってしまったのである。
その事をお伝えするとセシリア様は首を横に振り私の行動の素晴らしさを力説されたのだ。
私はそのセシリア様を見て驚きそんな事おっしゃられたご令嬢は初めてだとお伝えした。
しかしセシリア様はそんな私の言葉を聞いて不思議そうな顔を向けてきたのである。
(・・・どうもこのご令嬢は私が今まで出会ってきたどのご令嬢ともどこか違う方のようだ・・・・・正直好ましい)
そう思うと私は自然と顔が緩み親しい者にしか気を許す事の出来なかった私がセシリア様の前でも気が許せたのだ。
「少なくとも私が今まで一緒に歩かさせて頂いたご令嬢からは誰も・・・セシリア様、貴女は少し他のご令嬢と違う方のようですね」
私はそうセシリア様に思った事をそのままお伝えしたのであった。
そうして私とセシリア様は先程の無言の時間とは一変して楽しくお話をさせて頂きながら廊下を歩いていたのである。
しかしそのなんだか心が暖かくなっていた時間を邪魔するように廊下の向こうから私の部下が慌てた様子でこちらに駆けてきたのだ。
「隊長!また例の二人が揉め出したんです!!」
部下が焦った様子で報告してきた内容に私は思わず心の中で唸ったのである。
(・・・またテオとダグラスか!ちっ、今度はどんな馬鹿げたことで揉めた・・・)
そううんざりしながらも今は二人に構っている暇などないと部下に放っておけばそのうち治まるだろうと伝えたのだ。
しかし部下は困った様子で私に訴えてきたのである。
「それが・・・今回はさらに酷くなってとうとうお互い決闘だと言い出してしまったんです」
「なんだと!?」
その部下の言葉に私は目を剥いて驚きの表情になったのだ。
(あの二人が決闘だと!?そもそも騎士団の規則では決闘は禁止されているだろうが!!あの馬鹿共め!!!)
私はそう心の中で罵倒すると部下からすでに二人は闘技場に向かってしまったと聞き私は焦りだした。
(さすがにまずい!あの二人の剣の腕は我が部隊で上位に入るほどだ!そんな二人が本気で戦えば・・・)
最悪の事態が頭を過りすぐにでも止めに走り出したい衝動に駆られたのだ。
しかしすぐに思い止まり私はセシリア様の事を気にかけた。
「私が行って止めるのが一番良いのだろうが・・・私は今カイゼル王子の命でこのご令嬢を家まで送り届けなければならないのだ」
「でしたら俺が・・・」
「だが私が直接受けた命だからな・・・」
私そう言って部下の申し出を断ったのだ。
(・・・どうしてだろうか、この役を他の者に渡したくないと思ってしまった)
そんな初めての感情に私は戸惑い困った表情のままチラリとセシリア様の方を見たのである。
しかし私の部下は焦りの声を上げ時間が無いことを訴えてきたのだ。
私はどうしたらよいかと心の中で葛藤していると突然セシリア様が発言をされたのである。
「・・・でしたら私がビクトルと一緒に闘技場に行きますよ」
その言葉に私は驚きすぐにお止めしたのだが、この緊急事態を察してくれているセシリア様はその方が双方にとって良いことだと言う風におっしゃられたのだ。
(やはりセシリア様は私の知っているご令嬢方と全く違われる!)
その事に驚きと共に何故か嬉しさも沸き上がったのである。
そうしてさらに部下に急かされると、私はセシリア様の言葉に甘え先に闘技場に向かう事になった。
しかし急いで向かわないといけない為、無礼だとは分かっていたがセシリア様を腕に抱き上げて走り出したのだ。
そのセシリア様は最初驚きの声を上げたが、すぐにその小さな手を私の首に回し落ちないように必死に掴まれたのである。
私はその様子に内心可愛らしいと感じ思わず優しい眼差しをセシリア様に向けたのだが、今はそんな場合ではないと気付きすぐに気持ちを切り替えてあの二人が向かった闘技場に急いだのであった。
闘技場の広場に到着するとすでにテオとダグラスは臨戦態勢に入っていたのだ。
私はその様子に小さく舌打ちをすると、腕に抱いていたセシリア様を丁寧に下ろし一緒に来ていた部下にセシリア様の事を頼んで急いで二人の下に向かった。
しかし二人は私の存在に気付く様子もなく雄叫びを上げてそれぞれ駆け出したのである。
私はその様子にもう一度舌打ちし二人を見据えながら腰に差していた剣を鞘ごと一気に外したのだ。
そして姿勢を低くして速度を上げると走りながら鞘から剣を引き抜いたのである。
そうして二人の剣がぶつかり合う直前に私は二人の間に滑り込みそれぞれの剣を私の剣と鞘で受け止めたのだ。
(・・・ギリギリだが間に合ったか)
その事にホッとしながらも漸く私の存在に気が付いた二人は同時に驚きの声を上げたのである。
「・・・お前達、決闘は騎士団の規則に反する事を忘れたのか?」
私がそう怒りを抑えた声で告げると二人は動揺しだした。
しかしすぐにお前が悪いとお互いを罵り合い再び険悪な雰囲気になってきたのである。
そんな二人の様子に段々イライラが増しとうとう私は我慢の限界がきてしまったのだ。
私はいい加減にしないかと低い声で怒鳴ると、いまだに剣を引かないでいた二人の剣を弾き返した。
そして私が弾き返した事でよろけていた二人を睨み付けながら言い放ったのである。
「そんなに剣を振るいたいなら私が相手になってやろう!」
私のその発言にテオは慌てて取り繕おうとしたが、私が特訓を付けてやると断言するとテオは諦めたようにガックリとうなだれながら了承の返事を返してきた。
そして私はすぐに後ろを振り返り逃げようとしていたダグラスにも返事を返させたのである。
そうして二人を私の前に並ばせ先に二人から私に打ち込ませようとしたが、二人の恐る恐る剣を構えた姿に私は大きなため息を吐いたのだ。
(・・・さっきまでの闘志はどこに行った?)
私はそう思いながらもそれならば二人がやる気になるように仕向けてやろうと思ったのである。
「お前達・・・規則を破った罰は1ヶ月間寄宿舎のトイレ掃除なのは分かっているな?だが・・・もし私に一太刀でも浴びせられたらその罰を免除してやろう」
「「え!?」」
その私の発言に二人は驚きそして次第に目に闘志を宿らせてやる気を出してきたのだ。
私はその二人の様子に思わずニヤリと笑ったのである。
(ふっ、これで思う存分特訓と言う名でしごける。前から一度この二人には分からせる必要があると思っていたからな)
そうして私は掛かってきた二人を軽々とあしらいながらも特訓を付けてやったのだ。
だが私は剣で二人の剣を捌きながら体に切り傷を付けないように気を付けていたのである。
(・・・セシリア様が血を見たくはないとおっしゃられていたからな。今回は打撲攻撃中心に徹底しなければ)
そう二人の剣を受けながらチラリとセシリア様の様子を見ると、じっと私達の様子を目を反らさずに見ておられたのだ。
(・・・普通のご令嬢はこんな戦いのような場面をあのように冷静には見られないのだがな)
私はそう思うとこんな状態なのにふっと小さく笑みが溢れたのであった。
そうして暫く二人の相手をしていると明らかに二人の体力が限界にきているのが目に見えて分かったのだ。
(これぐらいでへばるとは・・・今後体力作りの訓練を増やすか)
私はそう冷静に頭の中で考えるとそろそろ終わりにする為、テオの腹を蹴って吹き飛ばし地面に転がしてダグラスの横っ腹に柄を使って殴打しその場で踞らせた。
そしてその二人がその場から動かずどうやら戦意が途絶えたようだと確認すると、私は地面に放り投げてあった鞘を取りにダグラスに背中を向けたのだ。
しかし後ろからダグラスの鋭い気配を感じ私は体を大きく反転させながら持っていた剣を振り仰いだのである。
「甘い!!」
そう私は叫びながら後ろから襲い掛かろうとしたダグラスの剣を私の剣で凪ぎ払ったのだ。
すると激しく折れる音と共にダグラスの剣が折れその刃先が弧を描いて飛んでいったのである。
私はその折れた刃先を目で追いそして落下地点を予測して血の気が引いたのだ。
(いかん!あの先にはセシリア様が!!ちっ、なぜあいつはセシリア様の下から離れているんだ!!)
セシリア様から離れこちらに向かっていた部下が青ざめた顔で折れた刃先を呆然と見ていたのである。
私はすぐさま持っていた剣を投げ捨てセシリア様の下に向かって全力疾走したのだ。
(頼む!間に合ってくれ!!)
そう必死に願いながら恐怖で目を瞑り頭をご自分の腕で庇っているセシリア様の下に急いだのである。
そして刃先がセシリア様に当たる直前、私はセシリア様を包み込むように抱きしめ落ちてくる刃先からその小さな体を庇ったのだ。
しかし一歩庇うのが遅く私の左手の甲にその刃先が掠ってしまった。
「うっ・・・」
鋭利な刃物で切れた手の甲から痛みが走り抜け思わず痛みで唸ってしまったのだ。
するとその声に驚いたセシリア様が慌てて目を開けて私の顔を見上げてきたのである。
そしてご自分の安否はそこそこにすぐに私の心配をしてくださったのだ。
さらに私が怪我を負ったと聞くと慌てた様子で私の腕から抜け出して怪我の様子を見ようとなさったのである。
私はそんなセシリア様に血を見せては駄目だと思い腕から離さないようにしっかりと抱いていたのだが、セシリア様はそれでも無理矢理私の腕から抜け出してしまわれたのだ。
そしてセシリア様は隠していた私の左手を無理矢理掴んで引っ張りその傷を見て眉を顰められた。
(やはりお見せするべきでは無かった・・・)
そうセシリア様の曇った顔を見て激しく後悔したのだが、そんなセシリア様はおもむろにポケットを探られるとそこから真っ白で薔薇の刺繍が綺麗に施されているハンカチを取り出しそれを私の怪我した手に巻こうとされたのだ。
「いけませんセシリア様!そんな上等なハンカチを使われるなど!!」
「ハンカチはこう言う使い方も出来るんですから気にしないでください!」
私は慌ててセシリア様に断ったのだが、セシリア様は頑なに聞き入れて頂けずそのまま手際よくハンカチを私の手に巻いてくださったのである。
そうして私の手にしっかりと巻かれた白かったハンカチはみるみるうちに私の血で汚れてしまったのだ。
私はそれを見て必ず新しいハンカチをお贈りするとお伝えしたが、それも困った表情をされながら断られてしまったのである。
(・・・本当にお優しい方だ。しかし・・・間に合って良かった。あのままではセシリア様の顔に傷が付いてしまっていたからな)
その事をセシリア様にお伝えすると改めて恐怖を感じたのか顔が強張られてしまわれた。
私もそんなセシリア様を見て今更ながら怖い目に合わせてしまい申し訳ない気持ちで一杯になったのである。
するとセシリア様は突然にっこりと笑い明るく話し掛けてきたのだ。
「ふふ、もし私の顔に傷が出来ていたら責任取って下さったのかしら?な~んて冗・・・」
「その時は責任を取って貴女を妻に迎える覚悟はあります!勿論貴女が成人を迎えるまで待ちますが」
そのセシリア様の言葉に私は即座に返答を返したのである。
セシリア様はそんな私の言葉に驚きの表情で固まってしまわれたが、私はいたって真面目な気持ちである事をセシリア様に訴えたのだ。
しかしセシリア様はそんな私の様子に狼狽えながらこう言ってきたのである。
「ビ、ビクトル、その・・・とても責任感のある発言は嬉しいのですが、実際はビクトルが助けてくれたお陰で私は怪我などしていないのであまり深く考えないでください!それに・・・もしかしたら将来ビクトルと相思相愛になる恋人が出来るかもしれないですしその方の為にも私の事はもう気にしなくて結構ですからね!」
「・・・・」
私はそのセシリア様の言葉にスッと冷静になり、確かに起こってもいない事に何故こうも真剣な気持ちで訴えたのか考え込んだのだ。
(・・・確かにセシリア様の言う通り、怪我をされていないセシリア様に責任を取ると言うのはおかしな話だった。まあ相思相愛の恋人の件はどうでも良いが・・・何故か私はセシリア様に私の誠意を知って頂きたいと思ったのだ。・・・そうか、私はこのセシリア様をどんな危険な事からも守って差し上げたいと思ったのか。だから責任を言い訳に一番確実に近くにいられる妻に迎えると言ってしまったようだ。しかしそれが無理ならば・・・セシリア様、いや私の姫に誓いを立てよう!)
そう決意し私は真剣な表情でじっと姫を見つめ私の気持ちを伝えた。
「私にとって貴女は命を懸けて守るべきお方だと決めました。ですので貴女の事はこれから姫と呼ばせて頂きます」
私の言葉に最初激しく動揺されたが私の説得で最後には渋々ながら納得して頂けたのである。
そうしてそのあとダグラスが私達の下に来て申し訳なさそうに謝ったのだが姫はそれを寛大な心で許され、さらにテオとダグラスの諍いの原因を聞いてその対処法を指示されたのである。
私はそんな姫を見てやはり私が命を掛けてお守りするに値する方だと改めて実感しつつ姫を見つめたのだ。
「ビクトル?」
「やはり姫は素晴らしい方ですね」
そう私は素直な気持ちを伝え姫に微笑みかけたのであった。
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