婚約発表会当日

 思わぬ形で攻略対象のビクトルと出会う事になってしまった日の翌日、私は城で行われる婚約発表会に出席する為気が重いが仕方がなくカイゼルが選んでくれた綺麗な淡い水色のドレスを着て城からの迎えを自室で待っていた。


 べつに城に行くだけなら我が家の馬車で行けばいいと思うのだが、カイゼルが大事な日だからちゃんと護衛を付けて迎えの馬車を用意すると言って勝手に決めてしまったのである。




(・・・ん~ゲームの時のカイゼルってこんなにセシリアに強引な行動してたかな?確か基本的に余所余所しい態度であまり関わらないようにしてたような・・・まあ婚約者だから仕方がなくセシリアの我儘に付き合ってはいたみたいだったけど・・・まだ私達が子供だからかな?)




 そう出会ってからのカイゼルの態度を思い出し戸惑っていたのだ。


 すると侍女から迎えの馬車が到着したと知らされ、私はとりあえず考えるのを止めて玄関に向かったのだ。


 そして玄関にやって来るとすでに見送ってくれる為に待っていた笑顔のお父様とお母様、さらに不機嫌そうなお兄様がいたのである。


 三人は後から来る事になっているので先に行くのは私一人だけなのだ。




「ああセシリア、そのドレス凄く似合っているよ。やはりカイゼル王子の見立ては素晴らしいね」


「・・・ありがとうございますお父様」


「セシリアちゃん、一人でお城に行っても粗相の無いようにね」


「はい、お母様」


「・・・・・セシリア、今からでも遅くないから行くの止めて良いんだよ」


「・・・・・お兄様、私も出来る事なら行きたくないのですけどね。でもこれも婚約者になった務めでもありますしハインツ家の恥になる事もしたくありませんので」


「セシリア・・・」




 私はお兄様ににっこりと微笑むとお兄様は諦めたような顔で微笑んでくれた。


 するとその時玄関が開きそこからビクトルが入って来たのである。




「え?ビクトル?」


「姫、お迎えに上がりました」


「も、もしかしてビクトルが護衛の人なのですか!?」


「はい、今日1日しっかりと姫をお守り致します」


「・・・お願い致します」




 まさか騎士団の隊長であるビクトルが護衛役で来るとは思っていなかったので驚いてしまったが、まあ全く知らない人と一緒に行くことになるよりかはマシだと自分を納得させたのだ。


 その時そう言えばと思い出しチラリとビクトルの左手を見ると、そこには白い包帯がしっかりと巻かれていたのでどうやらちゃんと治療してくれたようだとホッとした。


 そうして私は出発の挨拶をしようとお父様達の方を見ると、何故か三人は困惑の表情で私とビクトルを見ていたのである。




(一体どうし・・・あ!ビクトルの『姫』か・・・)




 その事に気が付いたがもう説明するのも面倒になり、私は質問される前にさっさと挨拶をしてビクトルと共に馬車に乗り込んだのだ。


 そうして私はビクトルに護衛されながら城に着き控えの部屋で待つことになった。




「姫、私は扉の前で待機していますので何かありましたらすぐにお呼び下さい」


「あ、はい。・・・まあこんな所で何かあるとは到底思えませんけどね」


「それでも私をお呼び下さい!」


「・・・分かりました」




 有無を言わせないビクトルの言葉に私は呆れながら返事を返すと、ビクトルはとても満足そうな顔で頷きそして踵を返して部屋から出ていこうとした。


 しかし数歩歩いた所でピタリと立ち止まり少しだけ顔をこちらに向けてきたのだ。


 だがその表情は私の方からはよく見えず一体どうしたのかと思っていた。




「ビクトル?」


「・・・・・姫、今日のお召し物貴女にとてもお似合いで・・・お綺麗です」


「え?」


「では失礼致します!」




 馬車の中で二人っきりになった時もビクトルは何も言ってこなかったので、まさかこのタイミングで褒められるとは思わなかった私はそのビクトルの言葉に驚いてしまったのだ。


 するとそんな私の驚いた声を聞いたからかビクトルはすぐに顔を前に向け早足で扉から出ていってしまった。


 しかし私はビクトルの顔が見えなくなる瞬間、ビクトルの見えていた顔の部分がほんのり赤くなっていた事を見逃さなかったのである。




(・・・あ~あ、言い慣れない褒め言葉を使ったからだろうな~。べつに私に気を使ってわざわざ恥ずかしいのに御世辞で容姿褒めなくても良いのに・・・でも照れてるビクトルはちょっと貴重で可愛かった!確かにゲームで時々ヒロインに照れている立ち絵やスチルを見ては萌えていたけど、やっぱり生照れは良いね!まあ正面から見れなかったのはちょっと残念だったけど・・・それでも見れて満足した!)




 きっともう見る事は無いだろうと思い見れた事に密かに喜んでいたのだった。


 そうして私は時間まで長椅子に座り用意してもらったお茶を飲みながらのんびり過ごしているとそこに正装姿のカイゼルがやって来たのだ。


 しかしそのカイゼルの表情は何故か困惑した表情をしていたのである。


 私はそれを不思議に思いながらも椅子から立ち上りカイゼルにスカートの裾を摘まんで挨拶をした。




「やあセシリア・・・やはりそのドレスを選んで良かった。貴女の美しい髪と相まってよく似合いとても素敵ですよ」


「ありがとうございます・・・それにしても浮かない顔をされているようですがどうかなさいましたか?」


「ああそれは・・・ビクトルがどうして廊下に立って居るのかと思ったからです」


「・・・え?カイゼルがビクトルを護衛に選ばれたのではなかったのですか?」


「いいえ。一応ビクトルは隊長ですので他にやる事があったはずなのですが・・・だから護衛役は別の腕の立つ者が担当するはずだったのです。それなのに何故かビクトルになっていたので驚きました。それに・・・」


「それに?」


「先ほど廊下でビクトルと話をしていた時に何故かセシリアの事を『姫』と呼ばれていたのです。確かにセシリアは姫と呼ばれてもおかしくないとは私も思いますが・・・あのビクトルが何故急にセシリアの事を姫と呼ぶようになったのかが凄く疑問に思ってしまったのです」


「・・・あ~それは・・・」




 さすがにカイゼルには説明しないといけないかと思い、昨日あった出来事を掻い摘んで説明したのである。


 すると私の話を聞いているうちに何故かカイゼルの表情が段々険しくなっていったのだ。




「・・・セシリア、確認なのですが本当に怪我はされていないのですよね?」


「ええ、ビクトルが助けてくれましたので」


「そうですか・・・」




 そうカイゼルは呟くとじっと何かを考えだし黙り込んでしまったのである。




「カイゼルどうかされましたか?」


「・・・・・今まで女性との浮いた話が全く無かったビクトルなら安全だろうと思っていたのですけどね。まさかビクトルまで落とされるとは・・・」


「落とされる?何か落ちたのですか?」


「いえ、こちらの話です・・・・・まあ先ほど話した感じではビクトル自身に自覚は無さそうなのでまだ大丈夫でしょう」




 何かよく分からない事をぶつぶつ言っているカイゼルを私は不思議に見つめていたのであった。


 するとそんな私の視線に気が付いたカイゼルが私を見ていつもの似非スマイルを向けてきたのである。




「すみませんセシリア、私の言っていた事はあまり気にしないで下さい。ちょっと考え事をしていただけですので」


「そ、そうなんですか・・・」


「それよりもそろそろ時間ですので広間に向かいましょう」


「あ、そうですね」




 そうして私はカイゼルに手を取られ促されるまま部屋を出た。


 そして廊下に出るとカイゼルは私の腰を抱いてきてそのまま歩きだしたのだが、その私達の後ろにビクトルが無言で付き従って歩いていたのである。




(おいおい、なんで当たり前のように腰を抱いてくるかな~?正直歩きにくいんだけど・・・)




 私はそう思いカイゼルの方を見るがカイゼルはとても満足そうな顔で歩いていたので、その顔を見たらもう何も言う気にならなかったのだ。


 だけどそれよりも私は背中に感じる鋭い視線に全く落ち着かなかったのである。


 私は勇気を出してチラリと後ろを見ると、ビクトルが無表情で私達をじっと見つめていたのだ。


 その全く何を考えているのか分からない表情に私は怖くなり、すぐに前を見てなるべく後ろを気にしないように努力したのだった。


 しばらくその状態のまま廊下を歩き続け漸く広間に続く扉の前に到着したのだ。




「・・・姫、私はここまでですが婚約発表会が終わるまで広間を警備しております。しかし何かありましたら必ず駆け付けますのでどうぞご安心下さい」


「は、はい・・・よろしくお願いします」




 真剣な表情で私に言ってきたビクトルに私は若干呆れながらもとりあえず返事を返したのであった。




(たかが婚約発表会にどれだけ警戒してるんだよ・・・)




 そう思いながらも一礼して去っていくビクトルの背中を苦笑いを浮かべながら見送ったのである。




「・・・さあセシリア、私達の婚約発表会なのでしっかり成功させましょう!」


「はい・・・」




 異様に意気込むカイゼルを見ながら私はこちらにも若干呆れながら返事を返したのであった。




「あ、そろそろ腰から手を離して頂けませんか?」


「どうしてですか?」


「え?いや、どうしてと聞かれましてもさすがにこの状態のまま広間に入るのはちょっと・・・」


「私達の仲を見せ付けるのに丁度良いと思いますよ?」


「ま、まあそうなのですが・・・」


「セシリアは気になさらず私に身を任せてくれれば良いのですよ」




 そうカイゼルはいい笑顔で言うと扉の前で立っていた男性に入場する事をさっさと伝えてしまったのだ。


 そしてすぐにその男性は大きな声で扉の向こうに向かって私達が入場する事を言い、ゆっくりと扉が中から開いてしまったのである。


 私は相変わらずのカイゼルに頬を引き攣らせながらも、仕方がないと諦めてカイゼルに促されるまま広間に足を踏み入れたのであった。


 そうして私達が広間に入るとすでに中にいた貴族達が笑顔を浮かべながら拍手で迎え入れてくれたのである。


 今回は前回の社交界デビューの時とは違い貴族の大人から子供まで沢山の人が集まっていたのだ。


 なので大人の貴族から見下ろされる感じで広間を進むとさすがに圧迫感が凄かった。


 しかしそんな気持ちを表情に出すわけにもいかず、私は公爵令嬢らしく笑顔を浮かべながら淑やかにカイゼルの隣を歩いていたのである。


 そうしてすでに壇上に上がり待っていた国王夫婦の前まで到着すると私とカイゼルは揃って頭を下げて挨拶をした。


 そしてそれが終わるとくるりと広間の方に体を向け集まった貴族達にカイゼルが話し掛けたのだ。




「本日は私とセシリアの婚約発表会にこんなに沢山集まって頂き感謝しています。私ことカイゼル・ロン・ベイゼルムはこちらのラインハルト・デ・ハインツ公爵のご息女であられるセシリア・デ・ハインツと婚約致しました事を本日ご報告させて頂きます」


「セシリア・デ・ハインツです。どうぞよろしくお願い致します」




 私はそう自分で名乗りスカートの裾を摘まんで淑女の礼をし、広間に集まっている貴族達ににっこりと微笑んで挨拶をしたのであった。

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