王子とダンス

 カイゼルと共に引っ切り無しに挨拶にやってくる貴族達に対して笑顔を顔に貼り付けながら応対していた。




(予想はしていたけど・・・王太子の婚約者って面倒だな~。それにさっきから祝いの言葉を言われているけど・・・あれは絶対うわべだけだって私だって分かるよ。その証拠に娘がいる貴族はすぐに自分の娘をカイゼルにアピールして、あわよくば私から娘に婚約者の立場が変わらないかを目論んでいるんだもんな~。正直私としては変わって欲しい程なんだけど・・・)




 そう心の中で思いながらもここでそんな事が言えるわけもなく、私は仕方がなく大人しく話を聞く振りをしながら今日の食事は何があるのかな~と考えていたのである。


 するとそんな私の前に私と同じぐらいの年の令嬢を連れた貴族の男性がやって来た。


 私はその二人を見てまた同じ話が始まるのだろうと内心うんざりしながらも、笑顔を浮かべながらじっと二人の顔を見て頭の中に叩き込んできた貴族リストを思い出していたのだ。




(え~と・・・確かこの方は大臣をされているダイハリア侯爵だったよね。それでこちらが今年私と一緒に社交界デビューをされた・・・レイティア様だったはず)




 そう頭の中で確かめるように思い出しながらダイハリア侯爵の隣に立っているレイティア様を見つめた。


 そのレイティア様は薄い紫色の髪に緑色の瞳で綺麗だがキツめな顔立ちをしている。しかしよく見ると化粧で頑張って隠してはいるがそばかすが目についた。


 すると私の視線に気が付いたレイティア様が私を見て不機嫌そうに睨み付けてきたのだ。




(・・・あ~これ何回目だろう)




 先程から父親と一緒に挨拶に来た令嬢に皆このように睨まれているのである。




(まあ確かに・・・つい最近社交界デビューしたばっかりの令嬢があっという間に王子の婚約者の座に付けば、いくら相手が公爵令嬢であっても納得出来ないんだろうね)




 私はそう思いあの社交界デビューの時に必死にカイゼルに纏わり付いていた令嬢達を思い出していたのだった。


 そうして長々と続いた挨拶も終わり漸く自由に動けるようになったのである。


 私は怪しまれないようにキョロキョロと辺りを見回し目的の場所を発見して口角を上げた。




(うん!今日も美味しそうな料理が並んでいる!)




 そう私が思い見つめている場所には、白いテーブルクロスが敷かれた長い机の上にずらりと並んだ見た目にも美しい料理が置かれていたのである。


 実はこの憂鬱な婚約発表会で唯一楽しみにしていたのはあの料理を食べる事だったので、私はさっそく料理が並んでいる場所に行こうとしたのだ。


 しかし私が一歩足を踏み出すと同時に私の手をカイゼルが掴み引き止められたのである。


 私はそれを不思議に思いながらカイゼルの方を見ると、カイゼルはにっこりと似非スマイルを私に向けていた。




「セシリア・・・どこに行こうとしていたのですか?」


「え?いや・・・ちょっとあそこの料理を食べに・・・」


「・・・セシリアは食べる事が大好きのは知っていますが、さすがに今日は控えて頂けませんか?」


「・・・どうしてでしょう?」


「今日の主役は貴女なのですよ?そんな貴女が回りを気にされず料理を沢山食べられる姿をあの貴族の方々に見せるのはあまりよろしく無いかと・・・」


「・・・・」




 カイゼルの言葉にチラリと回りを見てみると至る所で貴族同士が談笑しているのだが、どうもその貴族達は時々こちらをチラチラと気にしているようでもあったのだ。




(・・・あ~確かにこれは食べれないね。前の時は子供ばかりだったし、社交界デビューのご子息ご令嬢が主役みたいなものだったからそんな目立たなくて済んだけど・・・さすがに王子の婚約者が気にせず食べるのは・・・ハインツ家の品位が疑われてしまう)




 そう思い私は残念そうな顔で美味しそうな料理をただただじっと見つめたのだった。


 するとそんな私を見てカイゼルがクスッと小さく笑ったのである。




「セシリア、この婚約発表会が終わったら別室にあの料理を運ばせますのでそこで好きなだけ食べてください」


「え?良いのですか!?」


「ええ勿論。ただしその時は私も同席しますよ」


「・・・やはりそうなりますか」




 カイゼルの言葉に私は半分諦めた表情でため息を吐いたのであった。




「ではとりあえず今は今日の主役の役割を果たしましょう」


「え?もう挨拶は・・・」


「皆に私達の仲をアピールする為、一緒にダンスを踊りましょう」


「え・・・」


「・・・セシリアは私とダンスを踊るのは嫌ですか?」


「い、嫌と言うわけでは無いのですが・・・」


「それなら良かった。では行きましょう!」


「え?ちょっ、待って下さいカイゼル!心の準備が!!」




 そう私が言っているのをまるで聞こえていないかのように振る舞うカイゼルに、私の手を握られそのまま私はダンスが行われている広間の中央にまで連れて行かれたのである。


 そうして半強制的に手と腰をカイゼルに掴まれ体を密着させられた私は、諦めのため息を吐くと仕方がなくカイゼルのダンスに付き合う事にしたのだった。




(・・・おお、さすが王子なだけあって上手い!それにリードも完璧だから凄く踊りやすいな~)




 私はそうカイゼルのダンスに感心しながらも気持ちよく踊っていたのである。




「ふっ、前回はセシリアと踊れなかったですが今日は漸く踊れてとても嬉しい気持ちで一杯ですよ」


「・・・そんなに喜ぶ事ですか?私と他の令嬢方とそんなに踊りやすさは変わらないと思われますけど?」


「いいえ、セシリアが一番良いです!むしろ私はもう他の令嬢と踊る気は全く無いんですよ」


「それはさすがに王子様の立場上無理でしょう?私の事は気になさらず他の方々とも踊って下さって良いですからね」




 カイゼルが私の事を気にして他の方々と踊らないと言うのは悪いと思い、私はにっこりと微笑みながら勧めてあげたのだ。


 しかしそんな私の言葉を聞いたカイゼルはなんだか複雑そうな表情でじっと私を見つめてきた。




「セシリア・・・婚約者の私が他の令嬢と踊るのは嫌では無いのですか?」


「え?いいえ、全くなんとも思いませんよ?」




 カイゼルの質問に私はキョトンとした表情でそう返事を返したのである。


 するとカイゼルは大きなため息を吐いて肩をガックリと落としたのだ。


 しかしすぐに姿勢を正し再びにっこりと私に微笑みながらこう力強く言ってきたのである。




「必ずセシリアの気持ちを変えてみせますね」




 だが私はそのカイゼルの言葉の意味が分からず目をぱちくりさせながら小首を傾げていたのであった。


 そうこうしているうちに曲が一曲終わり私達は少し離れてお互い礼をしたのである。


 だけどその時、突然辺りから拍手が沸き起こり私はそれに驚いて回りを見回した。


 するとそこでいつの間にか私達の近くには誰もおらず、どうも距離を開けて私達のダンスを皆見ていたようなのである。


 私はその事に漸く気が付き、恥ずかしくなりながら拍手を送ってくれている人々にスカートの裾を摘まんでお辞儀を返したのだった。




「やはり皆にもセシリアの踊りの素晴らしさが伝わったようですね」


「・・・もしかしてカイゼル、この状況に気が付かれていました?」


「ええ、途中からですけどね。だけど楽しそうに踊っているセシリアの邪魔をしてはいけないと思って黙っていました」


「出来ればすぐに教えて欲しかったです・・・」


「でも・・・もし教えていますときっと緊張で上手く踊れなくなっていたのでは?」


「・・・多分そうかもしれません」


「やはり言わなくて正解でしたね。では今度は少し緊張したセシリアと踊ってみたいのでもう一曲・・・」


「セシリア!」




 カイゼルが笑顔のまま私の手を再び取ろうとしてきたその時、私の後ろから私を強く呼ぶ声が聞こえ私は驚きながら後ろを振り向くと、そこにはしっかりと正装に身を包んだシスランが立っていたのである。




「え、シスラン!?今日来ていたのですか!?だってこう言った舞踏会や夜会とか嫌いだから極力参加しないとか言ってませんでした?」


「ああ嫌いだ。特に今日は婚約発表会なんて言う胸糞悪くなる舞踏会だったが・・・それでもセシリアがいるから来た」


「そ、そうなんですね。だけど何で私がいるから来たのかは分からないけど・・・この機会に人と付き合う練習になれば良いですよね!」


「・・・俺はセシリアとだけ付き合えれば十分なんだがな」


「いやいや、駄目ですよ!私以外とも慣れないと!」


「・・・・」




 どこか不機嫌そうなシスランに私は呆れた表情を向けていると、カイゼルがにっこりと似非スマイルを浮かべながら私の横に並んできたのだ。




「やあシスラン、今日は私とセシリアの『婚約発表会』にわざわざ来てく下さってありがとうございます。お祝いの言葉があるのでしたら聞きますよ?」


「・・・絶対言わん!」


「そうですか・・・ではまだ私はセシリアとダンスを踊るので去って頂けませんか?」


「ちょっとカイゼル!」




 カイゼルの言葉に私はまたこんな所で喧嘩が始まってしまうのではと慌てたのである。


 しかしシスランはそんなカイゼルを鋭く睨み付けたあとすぐに視線を私に向けスッと右手を差し出してきたのだ。




「セシリア・・・俺と踊ってくれないか?」


「え?」


「・・・シスラン、よく婚約者の目の前でそんな事が言えますね」


「俺はセシリアに聞いているんだ・・・駄目か?」




 じっと私を見つめてくるシスランの様子に本当に私と踊りたいのだと感じたのである。




(そうか・・・今まであまり人と付き合って来なかったシスランだから、この場で一緒に踊れるのは私ぐらいしかいないんだね。・・・仕方がない)




 私はシスランの現状を察し苦笑いを浮かべるとそのシスランの右手に手を重ねたのだ。




「良いですよ。踊ってあげます」


「セシリア!!」


「まあまあカイゼル、シスランも勇気を出してせっかく来てくれたのに誰とも踊れないのは可哀想ですよ。せめて私で慣らしていければと思ったのです」


「「・・・・」」




 親切心で言った私の言葉に何故か二人はなんとも言えない表情になってしまったのである。


 そんな二人の様子に私は不思議に思っていると、突然カイゼルが口を手で押え軽く吹き出したのだ。




「くく、そ、そう言う事でしたら今回だけ許します。ふっ、シスランしっかりセシリアで慣れるんですよ」


「・・・ちっ」




 ニヤリと笑ったカイゼルに対してシスランは凄く不機嫌そうに舌打ちしたが、それでも私の手を離さず強く引っ張りカイゼルから離れると踊りの輪の端に場所を移動した。


 そしてシスランは仏頂面のまま改めて私の手と腰を掴むと曲に乗せてステップを踏み出したのだ。




「・・・意外ですね。シスランがこんなに踊れるとは思いませんでした」


「・・・俺も一応伯爵家の子供だからな。母上に身に付けろと厳しく言われて最低限の貴族としての教養とダンスを教え込まれたんだ」


「そうなんですか・・・でもやはり将来もしかしたら運命の相手 (ヒロイン) と踊る事になるかもしれないし、今から女性と練習しておくのはとても良いことかもしれないですね。私で慣れたら他の令嬢とも踊ってみると良いかもですよ?」


「・・・お前以外絶対嫌だ」


「はぁ~まあ無理にとは言いませんけど、徐々に慣れましょうね」


「そう言う意味じゃ無いんだが・・・」


「え?じゃあどう言う意味ですか?」


「・・・教えてやらん!」




 私が不思議そうに聞くとシスランはムッとした顔で横を向いてしまった。


 しかしそれでも足はしっかりとステップを踏み私を上手にリードしてくれたのだ。


 そうして私は何故か仏頂面ながらもそれでもダンスを続けるシスランとの不思議な時間を過ごしたのであった。

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