公爵令嬢と侯爵令嬢
シスランとのダンスも終わりさすがにちょっと喉が乾いてきたので私は飲み物を取りに行く事にした。
「シスラン、私ちょっと飲み物を飲んできますね。ですからシスランはこのまま他の方と踊ってくれて良いですよ」
「いや、俺も・・・」
「セシリア、飲み物を持って来ましたよ」
私はシスランに断りを入れて立ち去ろうとしたのだが、そんな私の目の前にカイゼルがジュースの入ったグラスを差し出してきたのである。
そのあまりにものナイスタイミングに驚きながらも私はカイゼルからそのグラスを受け取った。
「あ、ありがとうございます。丁度飲みたいと思っていた所なんです」
「そうだと思いお持ちしました。さあここでは踊っている方々に邪魔になってしまいますのであちらに行きましょう」
カイゼルはそう言って私の腰に手を回し歩くように促してきたのである。
「・・・俺も行く」
「べつにシスランは着いて来られなくても良いのですよ。ここで対人の練習に他のご令嬢の方々のお相手をされては如何ですか?ほら、あそこで貴方の事をじっと見られているご令嬢方がいらっしゃいますよ?」
「・・・あれはカイゼル王子を見ている女達だろう。それに俺はセシリア以外興味は無い」
「シスラン・・・ここでセシリア離れされた方が良いのでは?ねえセシリア?」
「え、ええ・・・でも、いきなり無理をさせてはあまり良くないと思いますので、シスラン徐々に慣れていきましょうね!とりあえず・・・今は嫌でしたら一緒に来ます?」
「行く!」
私の言葉にシスランは大きく頷きキッパリと言い切ると、私の隣にいるカイゼルが小さく舌打ちしたのだった。
相変わらずの仲の悪さに呆れながらもとりあえず私達三人は人があまりいない場所まで移動したのだ。
「もうお願いですからこんな所で喧嘩だけは止めて下さいね!」
「勿論、待ちに待ったセシリアとの婚約発表会を台無しにする事などしませんよ」
「俺は出来れば台無しにしたいが・・・セシリアが困るだろうからしない」
「まあ・・・気を付けて下さっているのならいいのですけど」
ため息を溢しながら念のため二人に忠告だけすると私はカイゼルに渡されたジュースを飲もうとグラスを口に近付けた。
「カイゼル王子ここにいらっしゃられましたか!ちょっとお聞きしたい事ありますので少しだけお時間頂けますか?」
「・・・今でないといけない事ですか?」
「ええ、せっかく婚約者様とご一緒されている所なのに申し訳無いのですが・・・」
「・・・分かりました。セシリアすみませんが少し席を外します」
「はい、いってらっしゃいませ」
「ふん、さっさと行ってこい。そしてもう戻って来なくていいからな」
「・・・すぐに戻ります」
シスランの言葉にカイゼルは眉を顰めつつカイゼルを呼びに来た貴族の男性と共に離れて行ったのだ。
すると今度はシスランの下に別の貴族の男性が近付いてきたのである。
「もしや貴方は・・・ライゼント伯爵のご子息であるシスラン様では?」
「・・・・・そうだが?」
「やはりそうですか!貴方の秀才ぷりはお聞きしてますよ!さすがデミトリア所長のご子息ですね!」
「・・・所長と呼ぶって事は父上の知り合いか?」
「はい!私はデミトリア所長と一緒に王宮学術研究省に勤めている者です。実は・・・私はデミトリア所長に憧れて王宮学術研究省に入ったんですよ」
「父上に憧れて?」
「そうなんです!あのデミトリア所長の知識の豊富さと学術への探究心は素晴らしい物だと思っているんですよ!ですのでそんなデミトリア所長がご自慢なされているご子息に一度お会いしたいと思っていたのです!」
そうその男性が力説しているのをシスランは無表情で聞いていたのだが、よく見ると大好きな父親を褒められた事でどうも嬉しそうな様子であった。
(・・・ん~これは私はお邪魔のようだし、少し離れてあげようかな)
私はそう思いじっと男性の話を聞いているシスランからそっとその場を離れたのだ。
そうして漸く落ち着いてジュースが飲める場所まで移動した私は、今度こそグラスを口許に近付けたのである。
しかしその時、突然背後から何かが強くぶつかり持っていたグラスから中身が盛大に溢れてしまったのだ。
そしてその中身のジュースは私のドレスのお腹の辺りからスカートまでしっかりと濡らしてしまった。
さらに悪いことにそのジュースは葡萄ジュースだった為、淡い水色のドレスに濃い紫色の染みが目立って付いてしまったのである。
私はその染みを呆然と見つめていると、私の後ろから女の子が声を掛けてきたのだ。
「ああセシリア様、申し訳ありません!わたくしがぶつかってしまったばかりにそんな大きな染みが出来てしまって・・・」
その大きな声に私は後ろを振り向くと、そこには口許を手で押さえながら申し訳なさそうな表情で立っているレイティア様がいたのである。
しかしよく見ると手の隙間から見えた口の端が上がっているのが見えたのだ。
(・・・・・あ~完全にわざとだろうなこれ。なるほど私が一人になった隙を見て仕掛けてきたんだろう。それにわざと大きな声を出して大袈裟に振る舞っているから・・・うん、皆の注目が集まってきている。多分ここで私が怒れば器の小さい者だと思われるし、逆に恥ずかしさで泣けば侮られて笑われるんだろうな~さてどうしたものか・・・)
私はどう対処しようかと思案していたまさにその時、突然私の目の前に黒く大きな体が私とレイティア様の間に割り込んできたのである。
「・・・え?ビクトル!?」
「姫・・・お助けするのが遅れてしまい申し訳ありません。私が間に合わなかったばかりに・・・姫のお召し物が汚れてしまいました」
「いえ、ビクトルが謝られる事では無いですよ!それよりもどうしてここに?確か広間の警護をされているはずでは?」
「ええ、勿論警護しながらも姫をしっかりと見守っていました。ただ離れすぎていたのが仇に・・・」
ビクトルはそう言って悔しそうに私の汚れてしまったドレスを見るとすぐにレイティア様の方に鋭い視線を向けたのだ。
「・・・ご令嬢、貴女がわざと姫にぶつかって行かれるのを私は見ました」
「な、何をい、言っていますの!わたくしはそんな事しておりませんわ!偶然ぶつかってしまっただけですのよ!」
「いいえ、貴女がずっと姫を鋭い視線で見られていたのに気が付いておりましたのできっと何かされると警戒しておりました。すると案の定姫が一人になったのを見計らって一直線に姫に向かわれて行くのをこの目で確認致しました」
「っ!・・・ふ、ふん!騎士風情の貴方が言った言葉と侯爵令嬢のわたくしが言った言葉ならわたくしの方が信用されますわ!」
「・・・・」
レイティア様は腕を組み背の高いビクトルを見上げながらも勝ち誇った笑みを浮かべたのである。
そんなレイティア様をビクトルは目を据わらせながら無言で見つめた。
「・・・では、王子である私はその騎士風情の言葉の方を信用致しますよ」
「え?」
突然近くからカイゼルの声が聞こえ、その声にレイティア様が驚いた表情でそのカイゼルの声がした方を見たのだ。
するといつもの似非スマイルを顔に浮かべながら、しっかりとした足取りで私達の方に歩いてきているカイゼルがいたのだが、どうも背中から黒いオーラが漂っているように感じた。
「・・・だから馬鹿な令嬢は嫌いだ。こんな人が多い所で誰も見ていないと本気で思ったのか?そうだったらあまりにも幼稚だな」
さらにそんな刺のある言葉を言いながらシスランが凄く不機嫌そうな顔でカイゼルとは反対の方からこちらに歩いてきたのだ。
そうして二人はそれぞれビクトルの両脇に立ちレイティア様と対峙する形になったのである。
(ちょ、なんか凄く大事になってきたよ!それに回りの貴族達が興味津々で見てくるし・・・正直この場から逃げたい)
私はそう心の中でうんざりしながらもさすがに当事者である私が去るわけにもいかず、とりあえず成り行きを見守る事にした。
「カ、カイゼル王子!わ、わたくしはわざとではありませんわ!」
「まだそんな事を言いますか・・・レイティア嬢、私の婚約者であるセシリアを貶めようとする行為を私が見逃すとでも思っているのですか?すでにこちらでも何人か目撃者を確保してありますよ」
「なっ!」
「俺も凄い形相で走っていくお前の様子が気になって見てたからな」
「っ!」
「それに・・・レイティア嬢がわざと汚したドレスは私が選んでセシリアに贈った物なのですがその意味が分かりますか?」
「ひっ!!」
カイゼルはスッと表情を無くし冷たい眼差しでレイティア様を見つめシスランも目を細めて嫌悪感を露にしていたのだ。
そしてビクトルも無言の圧力を掛けていたので、レイティア様は息を詰まらせさらに恐怖に怯えながら段々と顔が青ざめていったのである。
(さ、さすがにこれはやりすぎだよ!たかがちょっとした意地悪で私のドレスを汚したぐらいで三人がかりで責めるのはさすがにどうかと・・・ん~レイティア様のお父様はどうされてる・・・あ、無理だ)
この状況にもレイティア様のお父様であるダイハリア侯爵が助けに来ない事を不思議に思い私は広間を見渡すと、私達を見ている野次馬の人々の後で青い顔のダイハリア侯爵が怖い顔の私のお父様とお兄様、さらには笑顔が逆に怖いお母様に囲まれていたのである。
どうやらあっちはあっちで状況は凄く悪いようであった。
私はその様子に頬を引きつらせながら、もう一度レイティア様を見るともう目に涙が浮かびいまにも零れ落ちそうであったのだ。
しかしそんなレイティア様を見ても三人は態度を変えようとはしなかったのである。
(・・・はぁ~仕方がない。ここは私がなんとかしますか)
私はそうため息を吐くとカイゼルとビクトルの間をくぐり抜けてレイティア様の前まで移動した。
「セシリア!?」
「姫!?何を!?」
「おい、お前は下がっていろ!」
そんな三人の声を後で聞きながらも、怯えた表情で私を見つめてくるレイティア様ににっこりと微笑んでみせたのである。
「レイティア様、この三人の事はお気になさらなくて良いです。それよりもせっかく綺麗にお化粧をされているのに涙を流されては台無しになってしまいますよ」
私はそう言ってポケットからハンカチを取り出し零れかけていた涙をそれで拭いてあげた。
「・・・セシリア様」
「まあ・・・確かに貴女のやられた事は良いことでは無いのですが、やられたくなった気持ちも私は分かっているので怒ってはいませんよ。・・・悔しかったのですよね?」
「・・・はい。初めてお会いしたカイゼル王子のお姿を一目見てすぐにこの方の婚約者になりたいと強く思いましたの。でも次の日にお父様から・・・わたくしより先に公爵様のご息女が婚約者に選ばれたとお聞きして凄く悔しかったのですわ」
「そうでしょうね。特に貴女は侯爵家のご令嬢ですもの、確実に私の次に選ばれる可能性が高い方ですからね」
「あの社交界デビューの日にセシリア様が全くカイゼル王子にご興味を持たれていなかったのを見まして、わたくし完全に油断していたのですわ」
「・・・ごめんなさいね。正直私も想定外でしたから」
「え?」
「ああ、今のは気になさらないで下さい」
ついついポロッと本音が溢れてしまいそれを不思議そうに見てくるレイティア様に慌てて誤魔化したのである。
「そ、それよりも・・・本当にカイゼルの事を慕っているのでしたら、私にこんな事などせず直接カイゼルに想いをぶつけられた方が私は良いと思いますよ?そうすれば・・・もしかしたら私よりも貴女を婚約者に選び直される可能性があるかもしれませんから」
「それは絶対・・・」
「カイゼルは黙っていてください」
私の言葉にカイゼルが余計な事を言いそうだったので、私はキッと鋭い視線をカイゼルに向けて黙らせた。
「セシリア様・・・申し訳ございませんでしたわ」
「謝って下さってありがとうございます。では今日の事はもうこれでお終いにしましょう、ね?」
そう言って私はもう一度微笑みレイティア様の頭を優しく撫でてあげたのだ。
するとレイティア様は目を大きく見開き驚きの表情になると何故か段々とその頬が赤らんでいったのである。
(あ、さすがに大衆の面前でこれは恥ずかしかったかな)
その事に気が付き私は申し訳ない表情で慌てて頭に乗せていた手を引っ込めようとしたのだが、何故かその手をレイティア様がしっかりと両手で掴んできたのだ。
さらにその手を掴みながら潤んだ瞳で私を見つめてくるので、私は一体どうしたのかとレイティア様を見ながら困惑したのである。
「セシリア様!わたくしカイゼル王子の事はキッパリと諦めましたわ!!その代わりセシリア様の幸せを応援する事に決めましたの!!」
「・・・・・・は?」
「わたくし、セシリア様を幸せに出来ないと判断致しましたら例えカイゼル王子であっても断固戦いますわ!!」
そう力強く力説するレイティア様を私はただ唖然と見つめたのだった。
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