第二王子

 あの後、結局ドレスが汚れてしまったままなので私は出席されていた方々全員に早めに退場させて頂く事を謝罪し、そして気にせず舞踏会を楽しんでいって欲しいとお願いして広間を後にした。


 一応カイゼルが替えのドレスを用意するとも言ってきたが、もう帰るだけなので必要ないと断ったのである。


 ただ心残りだったのが、料理を一つも食べる事が出来ず帰る事になってしまった事だ。


 でも今回の場合は仕方がないと諦め私はビクトルと共に迎えの馬車に乗り込もうとした時、そこに真っ白なコック服を着た中年の男性が大きな籠を抱えて私達の下に駆けてきたのである。




「セ、セシリア様!お待ちください!!」


「???」


「わ、私はこの城で料理長をさせて頂いている者です。さきほど今日はもうセシリア様がお帰りになられるとお聞きしまして、せっかくですのでお持ち帰りに出来る料理だけこの籠に入れてまいりました!もし宜しければお持ち帰り頂けませんか?」


「え!?良いのですか!?」


「ええ勿論ですとも!ただあまり種類は入れれませんでしたので申し訳ありません」


「いえいえ、用意して頂いただけとても嬉しいです。でも・・・どうして私に用意して下さったのですか?」


「・・・前回の舞踏会の時にカイゼル王子からセシリア様が私共の作った料理の事をお気にして頂けたとお聞きしまして、私共料理人一同皆セシリア様に感謝と感動致しました。実はセシリア様の行動で前回は初めて廃棄が出ず料理人としては本当に嬉しかったのです。ですので今回も是非ともセシリア様に食べて頂きたいと皆腕によりをかけて作っていたのですが・・・問題が発生されて食べられずにご帰宅されるとか。ならばせめて少しでもお持ち帰り頂いて食べて頂こうかと急遽用意させて頂いたのです」


「それはわざわざありがとうございます!帰ったらさっそく食べさせて頂きますね」




 料理長のご厚意に私は嬉しくなり笑顔でその籠を受け取った。


 だが思ったよりもその籠は重く私は思わずよろけそうになってしまったので、慌ててビクトルが私を支えてくれさらに私の持っていた籠を代わりに持ってくれたのである。


 そうして私はビクトルと料理長にお礼を言い馬車に乗り込んで帰宅すると、ビクトルと別れてすぐにドレスを着替えてから満足のいくまで頂いた料理を堪能したのであった。


 まあちょっとしたトラブルはあったが、それでもなんとか無事婚約発表会を終えた私はそれから再び平穏?な毎日を送りそして二年の歳月が過ぎて私は8歳にまで成長したのである。






















 私は綺麗なドレスに身を包みながらお城の一室で浮かない顔をして長椅子に深く座っていた。


 この部屋には他に侍女達が数人私の世話をする為に待機している。


 なので私は思っている事を口に出す事が出来ず心の中で深いため息を吐いていたのだ。




(・・・カイゼルと婚約している以上いつかはこの日が来ると思っていたけど・・・やっぱり憂鬱だな~)




 私はそう思いながらも今日行われる舞踏会について考えていた。




(ん~今日は毎年恒例の王宮主催の社交界デビューの日なんだよな~。だけど・・・今年は去年や私の時とは違い豪華になる予定なんだよね。だって今日の舞踏会にカイゼルの弟であり第二王子のレオン王子が社交界デビューされるからさ・・・はぁ~出来れば出席したくない)




 そう思いながら誰にも気が付かれないように小さくため息を吐いたのである。


 何故そんなに私が憂鬱になっているのかと言うと・・・そのレオン王子は四人目の攻略対象者であるからだ。






※『レオン・ロン・ベイゼルム』




 肩まであるふわふわの淡い桃色の髪に碧眼の瞳の美少年。ゲーム上では15歳。


 カイゼル王子の実弟でベイゼルム王国の第二王子。


 しかしカイゼル王子の似非スマイルとは違う種類のニコニコとした小悪魔的な笑顔を常に浮かべ回りを魅了している。


 基本的に第二王子なので回りから甘やかされて育ってはいるが、最終的には王太子であるカイゼル王子に皆行ってしまうのが内心面白く無いと思っていた。


 その為回りには気が付かれていないが人一倍独占欲が強くヤンデレ気質である。


 鉱物に幼い時からハマり珍しい鉱物等を収集し続けている。


 そんな性格のレオン王子がヒロインに興味を持ちそして好きになるが、段々自分だけを見て欲しいと言う思いが強くなってしまう。


 そうして途中皆に愛されるヒロインを独占しようと暴走したりするが、最終的にヒロインに諭され二人は恋人同士になる。


 しかしセシリアは可愛い弟のように思っていたレオン王子を嫌いなヒロインに取られ憎しみに怒り狂うが、レオン王子の企みで毒を飲まされ絶命した。






 私は自分で書いたレオン王子の情報を思いだしそして毒殺と言う部分に頭が痛くなったのである。




(・・・いや~あのレオン王子はなかなか難しいキャラだったんだよな~。選択を間違えるとあっという間に監禁ヤンデレバッドエンドに入るから何度ロードし直した事か・・・まあ一部のファンの間ではそのバッドエンドの方が良い!とヤンデレ好きには堪らない展開だと話題にはなっていたけど・・・あの狂気に満ちた笑顔のスチルはさすがに何度見ても引いてしまったよ・・・)




 バッドエンドでヒロインを見つめながら狂気を孕んだ笑顔を浮かべているスチルを思いだし、私は無意識に顔が引き攣ってしまった。


 そんな色々危険なレオン王子と今日初対面するかと思うと正直凄く気が重いのだ。


 出来れば出席したくないのだが、王族でありレオン王子の兄であるカイゼルは絶対出席しなくてはいけない為、必然的に婚約者の私も強制参加なのである。


 私は再び小さなため息を吐きボーと舞踏会が始まるのを待っていると、扉がノックされそこからカイゼルが笑顔で入ってきた。




「やあセシリア、今日も素敵だね」


「・・・ありがとうございます。カイゼルこそよくお似合いですよ」


「ありがとうございます。ああそうそう、舞踏会の時間なのですがちょっと準備に手間取っているそうなのであともう少しだけ待っていて欲しいそうですよ」


「分かりました・・・では、お茶でも飲まれます?」


「頂きます」




 さすがに時間まで二人で立ったままでいるわけにもいかず、私は侍女に頼んでお茶の準備をして貰いその間に椅子に座る事になったのだが、何故かカイゼルは私の横に並んで座ったのである。




「・・・カイゼル、向かいにも椅子がありますよ?」


「ええ、知っています」


「・・・わざわざこちらに座られなくても、あちらの方が広々と座れますよ?」


「私はこちらに座りたかったので」


「では、私があちらに・・・」


「いいえ!セシリアもここに座っていて下さい」




 私は椅子から腰を浮かそうとすると、それよりも早くカイゼルが私の腰に手を回して立ち上がるのを防がれてしまったのだ。




「カイゼル・・・」


「私達は婚約者同士なのですし、このように座っても問題ないでしょう?」


「まあそうですけど・・・」


「ではこのままでいましょう」




 どうもカイゼルと一緒に座るとこの状態になる事が多いのである。


 だけどここにシスランまで加わるとさらにいつも椅子の争奪戦が起こるのであった。




(まあ今はシスランいなくてご機嫌のようだし、もう面倒だからこのままでいいや)




 そう私は諦めると侍女が入れてくれたお茶を静かに飲んだのである。


 そうして時間になるまでカイゼルと話ながら過ごしていると、突然扉が開きそこから淡い桃色の髪の男の子が突然入ってきたのだ。




「あ!兄上ここにいた!!」


「ん?レオンどうしたのですか?」


「も~!さっきまで一緒にいたのに、急に兄上いなくなるから僕探してたんだよ!」


「ああ、黙って行ってしまいすまない。セシリアに今日の舞踏会が少し遅れる事を伝えに行きたかったからね」




 そう膨れっ面で入ってきたレオン王子にカイゼルは苦笑いを浮かべながら言ったのである。


 しかし私は急に会う事になってしまったレオン王子にまだ心の準備が出来ておらず動揺していた。


 するとカイゼルの言葉にレオン王子は小首を傾げながら不思議そうな顔をカイゼルに向けたのだ。




「・・・セシリア?」


「ああそう言えば・・・まだ顔合わせが済んでいなかったですね。レオン、こちらが宰相のご息女で私の婚約者であるセシリアですよ」


「・・・セシリア・デ・ハインツです。どうぞよろしくお願い致します」




 私はカイゼルの紹介に慌てて立ち上がりレオン王子の前まで移動するとスカートの裾を摘まんで軽く会釈をした。


 そんな私をレオン王子はじっと見つめてくる。




「そしてセシリア、こちらは私の弟でレオンと言います。レオン、挨拶出来ますね」


「うん!僕はレオン・ロン・ベイゼルムです。どうぞよろしく!えっと・・・セシリア姉様!」


「ね、姉様!?」


「だって・・・兄上の婚約者なんだよね?だったら将来僕の姉様になるんだしもうそう呼んで良いでしょ?」


「いえ、必ずそうなるとは・・・」


「レオン、どんどんそう呼んであげて下さい」


「カイゼル・・・」




 レオン王子に私は否定しようとすると、その私の言葉を遮るようにカイゼルがご機嫌で肯定させてしまったのだ。


 そんなカイゼルに私は呆れた表情を向けていると、レオン王子が不安そうな顔でじっと私を見てきたのである。




「・・・はぁ~まあ姉様と呼ばれるのは正直嫌な気はしませんので良いですよ」


「ありがとう!セシリア姉様!!」




 レオン王子はそうニッコリと笑顔になり私に嬉しそうに抱きついてきた。


 それを見たカイゼルが一瞬眉を動かしたが、すぐに平静な顔で見守っていたのである。


 しかし私はと言うと突然抱きつかれた事に戸惑いどうしたものかと回りを見ると、何故か侍女達が顔を赤らめながら微笑ましく私達を見ている事に気が付いた。




(・・・何でそんな表情・・・ああ、レオン王子の小悪魔スマイルですか。なるほどこの笑顔を見ると普通はあんな反応になるんだ。多分この抱きつきも計算の上っぽいね。きっとこれで私が落ちると思っているんだろうな~。まあ落ちませんけど。あの闇の部分を知ってる身としてはね・・・)




 私はそう思い苦笑いを浮かべていると、そのレオン王子は私の顔を笑顔を消してじっと見つめてきたのだ。




「・・・セシリア姉様、僕が抱きついてもなんとも思わないの?」


「あ~ごめんなさい。なんとも思わないです。なのでそろそろ離して頂けませんか?」


「・・・・・変な人」




 困った感じで私が言うとレオン王子は一瞬眉をしかめ、近くにいるカイゼルに聞こえない声でボソリと呟いたのである。


 しかし私には聞こえていたので、私は頬を指で掻きながら苦笑いを浮かべ続けるしかなかったのだ。


 しかしそこでふとレオン王子の胸元に気になるネックレスが見えたのである。




「あれ?・・・それはレッド・ベリルですよね?」


「え?」


「確か赤いエメラルドとか緋色のエメラルドとか呼ばれている希少な鉱石でしたよね?」




 私はネックレスの先に付いている綺麗な赤い鉱石を見て思わずそう思ったことを言ったのだ。


 するとその言葉を聞いてレオン王子が驚いた表情で私を見てきた。




「ど、どうして分かったの?この鉱石の名前知ってたのセシリア姉様が初めてなんだけど?」


「え?いや、どうしてかと言われましても・・・」




 レオン王子の問い掛けに、私はどうしたものかと言葉を濁したのである。


 何故なら前世で見た設定資料集に鉱石の欄があり、そこに様々な希少な鉱石の写真とその説明が詳しく書かれていたから覚えていただけなのだ。




(まあ正直その設定資料集を見て、色んな綺麗な鉱石に興味が湧いて自分でもネットで調べてたんだけどね)




 私は前世での記憶を思い出しながらもさすがにそれを説明する事など出来ず困った表情で黙ったのである。


 すると先程までのレオン王子の瞳から一変して興味津々といった様子に変わった。




「ねえねえセシリア姉様!もしかして他の鉱石も知ってるの?」


「ま、まあある程度は・・・」


「じゃあさ!じゃあさ!」


「・・・レオン、そろそろ時間ですしいい加減セシリアから離れて父上達の所に戻りなさい」


「え~僕、ここでセシリア姉様とお話してたい!」


「駄目です。ほらレオンを探しに来た侍女が待っていますよ」




 そうカイゼルは言いながら私からレオン王子を引き剥がし、扉付近で困った表情をしている侍女の所に強制的に連れていったのだ。


 その様子を見ながら私は漸く離れてくれた事とレオン王子の質問攻めから逃れられた事にホッとしていると、レオン王子が扉付近でくるりとこちらに振り返ってきたのである。




「セシリア姉様・・・また後でね」




 そう言ってニッコリと笑ったのだが、なんだかその笑顔があの狂気に満ちた笑顔と一瞬被ったように見え私はぞくりと背中に寒気が走ったのであった。

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