お盆休み(二巻発売記念SS)
「レイラ! セシリア! とうとうお盆休みを勝ち取ってきたぞ!」
仕事を終えお兄様と共に帰宅したお父様が、リビングで寛いでいた私とお母様に向かって勝ち誇った顔で報告してきた。
「まあ! あなたすごいわ!」
お母様は手を合わせ嬉しそうに喜ぶ。
「え? お盆休み?」
しかし私は、戸惑いながらお父様に問い返した。
(お盆休みって、まさかあのお盆休み?)
「ああ、そういえばセシリアは初めてのことだったね。そもそもお盆というのは祖先の霊を祀る一連の行事のことで、主に先祖のお墓を掃除したりするんだよ。そしてその期間に仕事をお休みすることをお盆休みと言うんだ」
「……そうなのですか」
(日本のお盆休みと一緒!! ……さすが日本で作られたゲームの世界、そんな設定が組み込まれていたのか)
ゲーム内にも設定資料集にも載っていなかった情報に、驚きつつも製作者側の遊び心に感心する。
だけどふと疑問が湧いた。
「でもお父様、私は生まれてから十二年経ちましたが、その間一度もお盆休みを取られたことありませんでしたよね?」
「実はこれでも、毎年休みの申請は出していたんだよ。だけどあの国王陛下が……宰相がいなくなると困るからとかなんとか色々理由をつけて、私の申請を受理してくれなかったんだ」
お父様は目を据わらせ、背中から黒いオーラを発しているかのような雰囲気になる。
「お、お父様……」
「だけど今年はセシリアの婚約を盾に、休みを無理やり受理させることに成功したんだよ。これでようやく代理の者に頼まず、父上と母上の墓がある町に家族全員で墓参りに行くことができる!」
嬉しそうな笑みを浮かべた。
「私の婚約を盾にって……そもそも宰相の仕事をお休みして本当に大丈夫なのですか?」
「ああそれは心配ないよ。すでにある程度の仕事は終わらせてきたからね。それに残りは他の者に割り振ってある。まああとは、国王陛下が頑張って仕事をしてくれればいいだけだから問題ないよ」
なんだか黒い笑みを浮かべたお父様を見て、私はもうそれ以上聞くことをやめた。
その時、ずっとお兄様が不機嫌そうな顔で黙り込んでいることに気がつく。
「お兄様、どうかされたのですか?」
「セシリア……お盆休みの間、絶対私の傍から離れたら駄目だからね」
「へっ?」
意味が分からず戸惑っていると、お父様が思い出したかのようにポンと手を叩いた。
「そうだった。実は国王陛下からお盆休みを受理する代わりにと言われて、カイゼル王子も私達の墓参りに同行することになったんだよ」
「……………………はい!?」
まさかの言葉に、私は驚きの声をあげる。
「ど、どうしてカイゼルが私達と一緒に行かれるのですか!?」
「まあ驚くのも無理はないが、カイゼル王子も母上……お前のお祖母様の眠る墓とは関係があるからね。おかしいことではないんだよ」
「それは一体?」
「セシリアのお祖母様が当時の国王の妹だったからね。カイゼル王子とも血の繋がりはあるんだよ」
「そう、なのですか……」
確かに全く無関係でもないので、肩を落とし諦めた。
「べつにカイゼル王子が一人で行けばいいのに………家族水入らずで行く墓参りに、わざわざ同行する必要はないと思うのだが!」
むすっとした顔でお兄様が言うと、お父様が苦笑いを浮かべながらお兄様の肩に手を置く。
「まあまあロベルト……もう決まったことなのだから受け入れなさい」
お父様の有無を言わせない言い方に、お兄様は不満そうにしながらも口を閉ざしたのだった。
◆◆◆◆◆
王都を出発し馬車に揺られ半日が過ぎた頃、ようやく目的の町に到着する。
そこは自然豊かな静かな町で、至るところに花が飾られていた。
「うわぁ~可愛らしい町ですね!」
私はカントリー調の家々を見つめ目を輝かせる。
「王都から離れた場所に、このような町があるとは知りませんでした」
カイゼルはそういって私の隣に立ったのだ。
「ここはお祖母様が生前愛していた町。だからお祖父様の隠居後、二人で余生をここで過ごしていたらしいよ」
お兄様が私とカイゼルの間に割って入り、そう説明してくれた。
「……ロベルト、なぜここに入るのですか? セシリアの隣がいいのでしたら、反対側が空いていますよ?」
いつもの似非スマイルを浮かべながらも、背中から黒いオーラを漂わせているかのようなカイゼルがお兄様を見る。
そのお兄様もにっこりと笑顔でいるが、目は笑っていなかった。
「それはもちろん、可愛い妹を守るためです」
「大丈夫ですよ。セシリアのことは私が守りますから」
「……カイゼル王子、私が誰から守りたいと言いたいのか分かっていて言っていますよね?」
「さあ?」
お互いを見ながらふふっと笑い、見えない牽制を繰り広げていたのだ。
この二人は馬車の中でもずっとこんな感じだったため、私はすっかり疲れきっていた。
ちなみに馬車ではカイゼルとお兄様が私の両サイドに座り、いくら広い車内でもさすがに窮屈だった。
(正面の椅子が空いてたんだからそっちに座って欲しかった……)
そのことを思い出し、小さくため息をつく。
「ほら、そんなところで立ち止まっていないで行くよ」
前の馬車からお母様と共に降りたお父様が、苦笑いを浮かべながら私達を手招きする。
「あ、は~い」
私は慌てて歩きだしお父様のもとに向かい、カイゼルとお兄様も後ろからついてくる。
しかし私の耳には、まだ言い合いをしている二人の声が聞こえていたのだった。
町中を通り抜けた先に小さな教会がひっそりと建っていた。
「あそこの墓地に二人のお墓があるんだよ」
「そうなのですね」
お父様の言葉を聞きながら、こじんまりとしながらも整備が行き届いている建物と綺麗に咲き誇っている花壇を見回す。
するとそこに黒い神父の服を着た年老いた男性が、花に水をやっていることに気がつく。
「ラッフェル神父!」
お父様は笑みを浮かべてそのラッフェル神父を呼んだ。
その呼び声にラッフェル神父は振り返り、優しそうな笑顔で一礼してきた。
「これはこれはラインハルト様、お久しぶりでございます」
ラッフェル神父はジョウロを地面に置き、私達のもとまでやってくる。
「ラッフェル神父、元気そうで何よりだ。なかなかこれなくてすまなかったね」
「いえいえ、ラインハルト様は忙しい方だと存じておりますから。ですが、今年はご家族お揃いでお越しいただけたのですね」
そう言ってラッフェル神父は笑みを浮かべたまま私達を見回す。
すると視線が私に止まった。
「もしや……セシリアお嬢様ですか?」
「え? ええそうですが……」
「やはりそうでしたか! レミーナ様のお若い頃にそっくりでしたのでそうかと思いました」
「レミーナお祖母様に私が?」
「はい。とても似ていますよ。特にその美しい瞳がそっくりです」
「そうなのですか……」
家にお祖父様とお祖母様の肖像画は飾られていたが、そこに描かれていた二人の姿は素敵な老夫婦だったので、いまいち自分がそっくりだったと言われてもピンとこなかったのだ。
さらに二人は私が生まれる前に亡くなられていたため、一度もお会いしたことがない。
ただお父様やお母様からよく話を聞いていた。
お祖父様は仕事をしている時は厳しいが家に帰れば家族を大切にしてくれる方で、お祖母様は気品がありとても優しい方だったらしい。
お兄様もそんな二人が大好きだったとか。
(私もお会いしたかったな~)
それは叶わぬ願いだが、こうして二人が過ごした町にこれたのはとても嬉しいと思っていたのだ。
「では皆様、お墓の方までご案内……ん? 貴方は……」
ラッフェル神父が私達を促そうとしてカイゼルに気がつく。
「ラッフェル神父、初めまして。私はカイゼル・ロン・ベイゼルム。この国の王太子をしております」
「なっ!! 王太子様でしたか! これは失礼いたしました」
ラッフェル神父は慌てて一歩下がり、深々と頭をさげる。
「ああラッフェル神父、そこまで畏まらなくていいですよ。セシリアと同じように接してくれればいいですから」
「しかし……」
「今日は大叔母様の墓参りに来た、ただの親戚の子どもと思ってくれればいいですよ」
カイゼルはにっこりと似非スマイルを浮かべる。
「それかセシリアの婚約者とだけでも」
「婚約者? おお! セシリアお嬢様、王太子様とご婚約されたのですね! おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
嬉しそうにお祝いの言葉を述べてくれたラッフェル神父に、私は引きつった笑みを浮かべるしかなかったのだ。
「私はまだ認めて……」
「ラッフェル神父、早く大叔母様達にも私達の婚約を報告したいので案内を頼めますか?」
「ああ、畏まりました。どうぞこちらに」
お兄様が眉間に皺を寄せて抗議の声をあげようとしたが、カイゼルが似非スマイルのままそれを遮ったのだった。
ラッフェル神父の先導で教会の裏手にやってきた。
そこは色とりどりの花が周囲に咲き誇っている墓地だった。
「お二方のお墓はあの一番奥にあります」
ラッフェル神父が手で示した先に、他の墓標よりも一回り大きな墓標が二つ並んで立っていた。
「あれがお祖父様とお祖母様のお墓……」
「では私は教会の方に戻っておりますので、何かありましたらお呼びください」
「ああ、ありがとう」
お父様は頷き、ラッフェル神父は去っていった。
私達はあらかじめ用意してあった掃除道具を持ちお墓まで移動する。
そして皆で丁寧に二人のお墓を洗い綺麗にするとお花を供えた。
(うん。日本の墓標とは形が違うけどやることは全く同じだね。前世でもお盆になれば家族皆で田舎に帰って、祖父母のお墓を洗ってたな~)
懐かしさを感じつつ、私達は横に揃ってお墓の前に並んだ。
「父上、母上、ずっとこれなくてすみませんでした。ようやく今日、成長した二人の孫をお見せすることができました」
「お義父様、お義母様、ロベルトは賢くそして家族思いの素敵な男の子に成長しましたわ。そしてセシリアは、お義母様のように優しく美しい子に育ちましたのよ」
「お祖父様、お祖母様、ロベルトです。直接お会いできたのは私がまだ幼い時に数回だけでしたが、とても可愛がっていただいたのを覚えています。これからもどうぞ天国から私達を見守っていてください」
お父様、お母様、お兄様が順番に言葉をかけていったので私も二人のお墓を見ながら口を開いた。
「お祖父様、お祖母様、初めましてセシリアです。お二方とは直接お会いできませんでしたが、家族皆に大切にしていただきここまで成長することができました。これからもハインツ家の名に恥じないよう幸せに生きていきますね」
(ハインツ家を没落させてしまうであろう私の処刑エンドなんて絶対回避してみせますから! 応援していてくだいね!)
そう心の中で誓う。
すると突然カイゼルが、私の腰を抱き引き寄せてきたのだ。
「え?」
「心配はいりませんよ。セシリアの婚約者である私、カイゼル・ロン・ベイゼルムがセシリアを必ず幸せにすると約束しますから」
にっこりといい笑顔でお墓に向かって言った。
「カイゼル……」
(いやあの……私の幸せを願ってくれるのであれば、婚約を解消してもらえるのが一番手っ取り早いんだけどな……)
そう思いながらもここでそんなことが言えるわけもなく、小さくため息をつく。
そんな私とカイゼルの間に手が差し込まれ、無理やり引き剥がされた。
そしてそのまま私はお兄様に抱きしめられる。
「お兄様!?」
「カイゼル王子、そのようにお気遣いしていただかなくても大丈夫ですよ。セシリアのことは兄である私が大事に守って我が家で幸せに過ごさせますので、カイゼル王子は安心して政務に専念してください。あ、なんでしたらカイゼル王子に相応しい知り合いのご令嬢をご紹介しますよ? きっとカイゼル王子も気に入られるはず。ですから、セシリアとの婚約は解消してください」
「いやいや、ロベルトこそ遠慮せずにセシリアのことは私に任せて、次期公爵家の当主に相応しいいいお相手を見つけてください。……絶対婚約は解消しませから」
再び二人は笑顔で牽制を始めてしまったのだ。
お父様とお母様はそんな二人を苦笑いを浮かべながら見ている。
そして私はというと、うんざりした顔で明後日の方を見ていた。
(頼むから巻き込まないで欲しい……)
その時、優しい風が頬を撫で無意識に視線をお墓の方に向けた私は、なんだかそこに祖父母の存在を感じた。
(……大丈夫ですよ。まあ色々ありますが、毎日楽しく過ごせていますから)
その途端、優しい表情で見守られているような気配がしたのだ。
「ふふ……また会いに来ますね」
私は笑みを浮かべ、小さな声で祖父母のお墓に声をかけたのであった。
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