小話2
洋館イベント(書籍発売記念SS)
(これは……)
私は呆然としながら窓に激しく当たる雨粒を見つめていた。
「これは暫く止みそうにないですね」
同じくセシリアの隣に立って窓の外を見ていたカイゼルが、困った表情を浮かべた。
そして他の皆も様々な様子で周りを見回していたのである。
◆◆◆◆◆
聖地巡礼イベントを終えて数カ月が経ち、私達は夏の暑さを凌ぐため避暑地にやってきていたのだ。
その避暑地でのんびり数日過ごしていたのだが、今日はとても天気がよく散策するのにはうってつけの気候だったため、皆で外に出ることにしたのである。
そうして皆で楽しく自然の中を歩いていたのだが、その途中で廃洋館を発見したのだ。
するとその時、急に天気が崩れだし激しく雨が降ってきたのである。
慌てて私達は洋館の方に駆け込み、運良く扉も開いていたので一時的に雨宿りさせてもらうため皆で中に入った。
しかしそこでふと、私はあることを思い出したのだ。
(あれ? これもしかして……恐怖の洋館イベントじゃないの!?)
そのことに気がつき私は呆然としていた。
そもそも恐怖の洋館イベントとは、ゲームの中盤で今と同じく避暑地で過ごしていたニーナと攻略対象者が周辺を散策中、廃洋館を発見しそこでちょっとした恐怖体験をしながら二人の中がぐっと近くなるドキドキイベントであった。
(うわぁ……完全にこのイベントのこと忘れていたよ。私、あのゲームの中でここの部分だけ毎回苦手だったんだよね……)
なぜかこのイベント、ゲームを作った会社が異様に力を入れていたのかとても作りが凝っていて、この部分だけ完全にホラーゲームのような雰囲気になっていたのだ。
ハッキリ言おう。私はホラー系が大の苦手なのだ。
前世ではお化け屋敷はもちろんホラー系の映画やアニメ、漫画など絶対見れない人だった。
だからこそこの乙女ゲームの中でホラー要素が出てきた瞬間、暫くコントローラーを握ったまま固まってしまった。
しかしどうしてもクリアしたかった私は、恐怖に耐えながらなんとか進めていたのである。
(あの時は全クリ目指して何周もしていたけど……必ずその部分が出るから何度心がくじけそうになったことか……)
その時のことを思い出し、私は頬を引きつらせていたのだった。
「セシリア、どうかしたのですか?」
「え? いえ、どうもしていませんよ」
不思議そうな顔でカイゼルが見てきたので、私は慌てて作り笑顔を浮かべたのだった。
(さすがにここで、恐怖イベントが起こるかもしれないなんて言えないしな……まあでも、あのゲームの時と違って皆がいるから大丈夫だと思いたい! と言うか、そもそも全員いるのだからイベント起こるんだろうか?)
そんな疑問を浮かべたその時、激しい音を響かせながら近くで落雷が起きたのだ。
「きゃぁ!」
あまりの音の大きさと光の強さに思わず驚き、耳をふさぎながら目を瞑った。
そうして光が収まってきたのを瞼の裏で感じ、恐る恐る目を開けたのだ。
「……すごい落雷でしたね」
私はそう呟きながら窓の外を見つめてカイゼルに話しかけた。
しかしなぜか返事が返ってこなかったのだ。
「カイゼル?」
疑問に思いながらカイゼルの方を見ると、さきほどまで私の横に立っていたはずのカイゼルの姿がそこにはなかったのである。
「え? カイゼル、どこにいかれたのですか?」
慌てて周りを見回した私は、さらに驚愕に目を見開いた。
「み、皆さん? どこですか!?」
なぜかそこには誰もいなくなっていたのだ。
「ちょっと皆さん、冗談はよしてください」
私は顔を引きつらせながら、皆の姿を探して辺りを歩き回った。
しかし一人として見つけることができなかったのである。
「本当に皆、どこに行ったの?」
薄暗い玄関ホールでたたずむ私の耳には、外で吹き荒れる雨風の音だけが聞こえていたのだ。
「っ……」
恐怖が押し寄せ私の目に涙が浮かびそうになったその時、後ろの方でガタンと音が鳴ったのである。
その音に体をビクッとさせながら恐る恐る振り返ると、そこにはゴホゴホと咳き込みながら物置タンスの扉を開けて出てくるシスランがいたのだ。
「シスラン!!」
「ゴホッ、なんで俺はこんな所にいたんだ」
険しい表情で眼鏡を押し上げているシスランに、私は急いで駆け寄った。
「シスラン!」
「セシリア、どうした?」
私の様子にシスランは戸惑いの表情を浮かべていたのである。
「どうしたは私のセリフです! なぜシスランはそんな所に入っていたのですか?」
「それは……俺もわからん」
「え?」
「あの落雷の後、気がついたらあそこに入っていた。それよりも他の奴等は?」
「それが……急に誰もいなくなったのです」
「は? どういうことだ?」
「私にもさっぱり……」
そう言って私とシスランは誰もいなくなった玄関ホールを見回した。
「……どうやら本当のようだな」
「皆さん、無事だといいのですけど……」
「だがセシリアだけでも無事でよかった」
ホッとした顔でシスランは私の手を握ってきた。
「シスラン?」
「また離れたら問題だからな。セシリアもちゃんと俺の手を握っていろよ」
「……はい」
改めて私よりも大きな手だなと感じながら握り返すと、私達は他の皆を探すために歩きだした。
しかし一歩足を踏み出した時、スッと手の感触がなくなったのである。
「え?」
私は困惑しながらシスランの方を見ると、なぜかそこには誰もいなかった。
「シスラン? 私を置いてどこにいかれたのですか?」
そう周りに呼び掛けるが一向に返事は返ってこなかったのである。
「嘘、今さっきいたのになんでいなくなるの!?」
まるで神隠しのような現象に、私は再び恐怖に襲われ体が震えだした。
すると今度は慎重に扉が開く音が聞こえ、ゆっくりとその音が聞こえた方に顔を向けた。
「あ~やっと戻ってこれた。あれ? 誰もいないの?」
「っ! レオン王子!」
「へっ? セシリア姉……うわぁ!」
私はレオン王子の姿を見て思わず駆け出しおもいっきり抱きついた。
そんな私にレオン王子は驚き狼狽えていた。
「ど、どうしたの? セシリア姉様から抱きついてくるなんて、僕はすごく嬉しいけど今までなかったよね?」
「なぜだかわからないのですが、突然誰もいなくなってしまったのです」
「え?」
レオン王子は私の言葉を聞き辺りを見回した。
「……本当だ。ふふ、じゃあ今ここには僕とセシリア姉様の二人だけなんだね」
「レオン王子?」
不敵な笑みを浮かべたレオン王子を私は不思議そうに見たのだった。
「ねえセシリア姉様……僕、このままでもいいかも」
「へっ?」
「だって、セシリア姉様を独り占めできるからさ」
「いやいや、姉のように慕ってくれる気持ちはとても嬉しいのですが、本当の兄弟であるカイゼルやニーナ達のことも考えないと駄目ですよ!」
「む~」
私の言葉になぜかレオン王子は不機嫌そうに頬を膨らませると、私の頭に手を回し胸に強く押し付けてきたのだ。
「ちょっ、レオン王子苦し…………え?」
不意に圧迫感がなくなり目の前を見ると、そこにいたはずのレオン王子がいなくなっていた。
「レオン王子までまた……」
一瞬で消えてしまったことに驚き呆然としていると、今度は玄関ホールの中央にあった大きな階段の上から誰かが下りてきた。
「セシリア様!?」
「……レイティア様」
手すりから身を乗り出しレイティア様が私の名前を呼んだ。
そしてスカートを少し持ち上げながら慌てて階段を駆け下りてきたのである。
「セシリア様! ご無事でよかったですわ!」
「レイティア様もご無事そうでよかったです」
レイティア様は私の両手を握りしめ目に涙を浮かべながら喜んでいた。
私もそんなレイティア様を見てホッとしたのだ。
「それにしてもセシリア様、一体何が起こっているのでしょう?」
「私もよくわかっていないのです。皆さん、突然消えては現れてまた消えられて……」
「なんですのその恐ろしい現象は!?」
レイティア様は恐怖に顔を引きつらせさらに私の手を強く握ってきたのである。
「……レイティア様は消えないでくださいね」
「もちろんですわ! わたくし絶対にセシリア様のお側を離れませ…………」
決意を込めた表情で宣言してきたレイティア様が、目の前でスーッと消えてしまったのだ。
「なっ!?」
消えてしまう瞬間を目の当たりにした私は、その場で固まり動けなくなってしまった。
すると突然、私の後ろから覆い被さるように誰かに抱きつかれたのだ。
「い、いやぁぁぁ!!」
私はパニックを起こし悲鳴をあげてしまった。
「セシリア落ち着いて、私だよ」
必死に抵抗する私を後ろから強く抱きしめ声をかけてきたのは、アルフェルド皇子であったのだ。
「アル、フェルド皇子?」
「そうだよ」
アルフェルド皇子の聞きなれた艶のある声を聞き、ゆっくりと顔を後ろに向けた。
すると私を心配そうな表情で見つめているアルフェルド皇子の顔が見えたのである。
「よかったです……」
アルフェルド皇子の姿にホッとした私は、体の力が抜けて立っていることができなかった。
「おっと! セシリア、大丈夫か?」
「え、ええ。大丈夫です。ただちょっと驚いてしまいまして……」
「そうだろうね。すごい悲鳴だったし」
「……アルフェルド皇子には失礼なことをしてしまいすみませんでした」
「いや、私も驚かせるようなことをしてすまなかったね。それよりも、セシリア一人だけなのか?」
「ええ……」
「他の者は一体どうしているのか……こんな所でセシリアを一人にするなど。……これでは攫われても文句は言えないな」
「え?」
私は聞き間違えかと思い、驚いた表情をアルフェルド皇子に向けた。
するとアルフェルド皇子は、私を見つめながら妖艶に笑ったのだ。
「アルフェルド皇子?」
「セシリア、ちょっと場所を変えて話をしようか」
「へっ? ちょっ、アルフェルド皇子?」
アルフェルド皇子は私を前に向かせると、私を後ろから抱きしめたまま歩きだしてしまった。
そのアルフェルド皇子に戸惑いながらも後ろから押される形で歩かされる。
「アルフェルド皇子! 止まって…………え?」
さすがに抗議しようともう一度後ろを振り返ると、そこにはアルフェルド皇子の姿がなくなっていたのだ。
「……お願い、もう止めて」
支えのなくなった私は、その場で座り込みうなだれ手で顔を覆った。
「姫!」
焦った声で私を呼び駆けてくる足音が聞こえ、私は手を離して顔をあげたのである。
するとそんな私のもとに、必死な形相でビクトルが駆け寄ってきたのだ。
「ビクトル……」
「姫、大丈夫ですか!? もしやどこかお怪我を!?」
ビクトルは私の正面で片膝をつくと心配そうな顔で伺い見てきた。
しかし私はもう笑う気力もなくなり、覇気のない顔で首を横に振った。
「いいえ大丈夫です」
「しかしお顔の色が……」
「さすがに色々ありすぎて疲れてしまったのです」
「では少しあちらの長椅子でお休みください!」
「なっ!!」
ビクトルは真面目な顔になると、私を横抱きにして立ち上がったのだ。
そのまさかの行動に驚いているうちに、ビクトルが窓際に置かれていた長椅子まで連れていってくれた。
そして丁寧に下ろし私を座らせてくれたのである。
「ビクトル、ありがとうございます」
「いえ、それよりも何か体にお掛けできる物がないか探してまいります」
「え? いえ! ここにいてください!」
「すぐに戻ってまいりますのでご安心ください」
そう言うなりビクトルは駆け出してしまったのだ。しかしその後ろ姿は途中でスッと消えてしまった。
「……本当になんなのこれ」
連続で起こるこの怪奇現象に私は本気で泣きたくなってきた。
(そもそも恐怖の洋館イベントってこんなものだったっけ? 確か……ニーナと攻略対象者の二人でこの洋館を歩き回り、その途中途中でラップ音とか物が突然落ちてくるとかよくあるホラー現象が起こるだけだったはずなんだけど……)
私は前世でやったゲーム内容を思い出し、今とは全く違うことに頭を痛めていた。
(あ、でももしかして今、ニーナと誰かが一緒にいてイベントが起こっているのかも!)
そう思うようにして、無理やり気持ちを少し浮上させたのだった。
するとゆっくり扉が開く音が聞こえたので何気に視線をその場所に向けると、そこには青い顔のニーナがキョロキョロと辺りを見ながら扉から顔を覗かせていた。
「ニーナ!?」
「っ! セシリア様!?」
私の呼び声にビクッと体を震わせたニーナは、私の顔を見てみるみる顔を綻ばせると急いで私のもとまでやってきた。
すぐにニーナを私の横に座らせて休ませてあげることにしたのである。
「セシリア様、ここにいらっしゃったのですね!」
「ええ、ずっといました。それよりもニーナ、貴女一人なのですか?」
「あ、はい。気がついたら知らない部屋に一人でいまして……とても怖かったですが、セシリア様に会いたい一心でここまでこれました」
「え? 途中誰とも出会わなかったのですか? カイゼルとか男性陣の誰かに……」
「誰ともお会いしませんでした」
「そう、ですか……」
不思議そうな顔を向けてくるニーナを見て、私は困惑していたのだ。
(どういうこと? 絶対このどこかでニーナと攻略対象者の誰かとドキドキイベントが起こっていると思っていたのに……)
全く予想と違う状況に戸惑っていると、ニーナは不安そうな顔で周りに視線を向けた。
「それよりも皆様はどこにいかれたのですか?」
「……」
「セシリア様?」
「多分……この洋館の中のどこかにいると思います」
「そうなのですか!?」
「多分、ですが……」
「まさか皆様、セシリア様を残してどこかにいかれたのですか!?」
「……自らの意思ではなさそうですけど」
「?」
ニーナはキョトンとした顔で私を見てくるが、私もどう答えていいのかわからず苦笑いを浮かべていたのだった。
「よくわかりませんが、私達で皆様を探しませんか?」
「え?」
「ここでいつまでも待っていますより、早く皆様と合流した方がいい気がしますので」
「……確かにそれもそうですね」
「ではセシリア様、いきましょう!」
にっこりと微笑んできたニーナに勇気づけられ私も笑みを向けると、先に椅子から立ち上がったニーナに手を引かれて私も立ち上がった。
「ニーナ、ありが…………」
お礼を言おうとニーナを見たが、当の人物は目の前からいなくなっていたのである。
「もう勘弁して!!」
ニーナまで再び消えてしまったことで、私は頭を抱えて叫んでしまった。
「もういい! ここでじっとしているから次々と変なことが起こるのよね! だったら自分から皆を探しにいくよ!!」
そう決意を込めて握りこぶしを作ると、私は険しい表情で奥に続く扉に向かって歩きだした。
そしてその取っ手に手をかけ開けようとしたが、それよりも早く扉が開き私は扉に引っ張られるように前によろけた。
「きゃぁ!」
「っ! セシリア、大丈夫ですか?」
私の両肩を手で支えて心配そうな声をかけてきたのはカイゼルであったのだ。
「カイゼル!」
「ああセシリア、ここいてくださってよかったです。もしどこかにいかれていましたら、貴女を見つけるのにさらに時間がかかっていたでしょう」
「……今から行こうかと思っていました」
「それは危なかった……」
カイゼルはホッと胸を撫で下ろし、そっと私を抱きしめてきたのである。
「カイゼル!?」
「……どうやら貴女の側には誰もいなかったようですね」
「ん~いたようないなかったような……」
「それは一体?」
「正直説明が難しいのです。それよりも離していただけませんか?」
「……嫌です。なぜかわかりませんが、離したらまた会えなくなるような気がするのです」
「……その考えは合っていると思います。ですが、今までの経験上このままでも……」
そう言うなりカイゼルの姿が消えてしまったのだ。
「やっぱり…………もういい加減にして!!」
さすがに耐えきれず、私は誰に言うでもなく怒りの声をあげた。
すると突然部屋の至るところでラップ音が鳴り響き、棚の上に置かれていた置物がひとりでに落ちていったのだ。
「きゃぁぁぁ!!」
私は恐怖で頭を抱えて目を瞑りその場にしゃがみこむ。それと同時に外でもう一度雷が落ちたのだ。
「っ!!」
声にならない叫び声をあげながら体を震わせ動けなくなってしまった。
「……セシリア」
そんな私の耳に心配そうな声で私を呼ぶカイゼルの声が聞こえたのである。
目を開けゆっくりと顔をあげると、私を取り囲むようにして皆が立っていたのだ。
「み、皆さん!?」
私は驚きの声をあげながら慌てて立ち上がり皆を見回した。
「どうして?」
「それが私にもわからないのですが……さきほどの落雷の音が聞こえたと同時に、気がついたらここに立っていたのです」
そう言ってカイゼルは困惑の表情を浮かべていた。
私は他の皆にも視線を向けると、一様にカイゼルと同じ顔でうなずいたのである。
「一体なんだったのでしょう?」
「わかりません。しかしここにはもう長居しない方がいいのだけはわかります。幸いなことに天気も回復してきましたし……」
カイゼルが顔を窓に向けたので私も同じように窓を見ると、そこには青空が広がっていたのだ。
「うん。今すぐ帰りましょう!」
私は即座に答えると皆も同意を表すようにうなずいたのだった。
すぐさま私達は洋館から外に出て、雨で濡れた地面を歩きながら皆ホッとした顔になっていた。
私もようやく終わったことにホッとしながら皆の後ろを歩いていたのだが、ふと視線を感じ洋館を振り返った。
「っ!!」
洋館の二階部分の窓で何か白いものが横切ったように見えたのだ。
そして同時に私の頭の中で、子供のような声が聞こえたような気がした。
『ふふ、また遊ぼうね』
その瞬間、私は目を見開き大きく首を横に振った。
(もう絶対こないからぁぁぁ!!)
急いで洋館から視線を外し何も見なかった聞かなかったと自分に強く言い聞かせ、すでに先を行っていた皆のもとに慌てて駆けていったのだった。
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