波に拐われ
(・・・ゆらゆらと揺れてる感じがする・・・それになんだか暖かい・・・)
その不思議な感覚を体に感じながらゆっくりと瞼を開けた。
するとまだ視線の定まらないぼんやりとした目線の先に白く綺麗な物が映ったのである。
(・・・これ何だろう?)
私はそうボーっとしながらその白い物に触れた。
(うわぁ~滑らかなさわり心地・・・凄く気持ちが良い・・・)
その手触りの良さを感じながらうっとりとさわり続けていると、突然私の手が何かに掴まれその白い物から外されるとチュッと言う音と共に私の掌に柔らかい物が触れたのである。
「え?」
私は一体何が起こったのか確認するように何度か目を瞬かせその手の方を見て目を見開いた。
「なっ!?」
そんな驚きの声を上げて固まった私の目線の先に、私の手を掴みながらその掌に唇を押し当ててじっと私を見つめてくるアルフェルド皇子がいたのである。
「ア、アルフェルド皇子!?」
「やあ、漸く目覚めたね」
「え?え?何で!?」
このよく分からない状況に動揺しながら私は慌ててアルフェルド皇子から自分の手を取り返した。
しかしその時、異様にアルフェルド皇子との距離が近い事に気が付き慌てて自分の状況を確認すると、私はあぐらをかいているアルフェルド皇子に抱き抱えられるように座っていたのだ。
「な、な、何この状況!?」
そのあり得ない体勢に思わず動悸を激しくしながら急いでアルフェルド皇子から離れようと体を動かしたのだが、何故かくらりと目眩が起こり思うように体を動かす事が出来なかったのである。
「ああ、まだ無理に体を動かさない方が良い。薬が抜け切れていないようだから」
「・・・薬?」
私はふらつく頭を手で押さえながら、再びしっかりとアルフェルド皇子に抱き抱えられた状態でそのアルフェルド皇子に問い掛けた。
「ええ、私が貴女に振る舞ったあのお茶には我が国秘伝の睡眠薬を入れたからね」
「・・・・・は?」
「一応副作用の無い物だから安心してくれ」
そう言ってにっこりと妖艶に頬笑むアルフェルド皇子を見て私は唖然としたのだ。
「な、何故そんな事をされたのですか!?」
「勿論、貴女を私の国に拐う為だよ」
「・・・へっ?」
「あのままではセシリアが私の手の届かない所に行ってしまいそうだったからね、だから先手を打って拐ったんだよ」
「い、意味が分からないのですけど!?」
「・・・セシリア、あの舞踏会の中庭でカイゼルに告白されてたよね」
「っ!!み、見てたんですか!?」
「・・・カイゼルがセシリアの唇を奪った所もね」
「っ!!!」
アルフェルド皇子は表情を無くしじっと私を見つめながらその綺麗な指先で私の唇をなぞってきた。
その瞬間カイゼルにキスされた記憶とアルフェルド皇子のその艶のある触れ方に、一気に私の顔が熱くなり再び固まってしまったのである。
しかしそこでふとアルフェルド皇子がいつも頭に被っているスカーフを外している事に気が付いた。
(・・・そうかさっきから何か違和感を感じていたのは、アルフェルド皇子の髪が全部見えていたからか・・・ああなるほど、あの白くてさわり心地が良かった物ってアルフェルド皇子の髪だったんだ)
私はそうぼんやりと先ほど触っていた物の正体に気が付き一人納得していたのだ。
そしてそのせいでアルフェルド皇子の顔が段々近付いてきている事に気が付くのが遅れてしまった。
「え?アルフェルド皇子、なんだか顔が近・・・んん!?」
あまりの近さに戸惑いの声をあげた私の唇をアルフェルド皇子の唇に塞がれてしまったのである。
(え?・・・何で私アルフェルド皇子にキスされてるの!?)
その突然の事に私は激しく動揺しそれでもなんとかアルフェルド皇子から離れようと顔を動かそうとしたが、先ほど私の唇に触れていたアルフェルド皇子の手が私の頬をしっかりと固定して顔を動かす事が出来なかったのだ。
「んん!!」
私は唇を塞がれながら抗議の唸り声をあげるが全く止めてくれる気配がしない。
むしろ角度を変えて強く押し付けてくるのだ。
(カ、カイゼルの時とは全く違う!!キスってこんな風にもなるの!?)
その初めての体験に困惑しながらも、薬のせいで体に力の入らない私はそのままアルフェルド皇子のキスを受け続ける事になってしまった。
そうしてずっと唇を閉じたままでいた為段々息苦しくなってきた時漸くアルフェルド皇子は唇を離してくれたのである。
「はぁはぁ・・・ア、アルフェルド皇子ど、どうして・・・」
「それは私がセシリアを好きだから」
「・・・え?す、き?」
「ええ、勿論友人としての好きではなく異性として好きだよ・・・私の愛しい人」
アルフェルド皇子はそう言って愛しそうに微笑み私の頬を優しく撫でてきた。
「っ!!わ、私、ニーナでは無いですよ?」
「・・・前から思っていたのだが、どうして貴女は私がニーナを好きだと思っているんだ?」
「え?攻略対象者だから・・・」
「攻略対象者?」
「い、いえ!!何でもありません!!・・・だってニーナは可愛いし性格も優しいしとても良い子だから男性なら誰でも好きになるはずでしょ?」
「・・・まあニーナの事は嫌いでは無かったよ。友人としてね。だけど・・・可愛いくて性格も優しく良い子と言う意味では、セシリアも当てはまる事に気が付いていないのか?」
「へっ?私がですか?」
「・・・無自覚か。セシリア、貴女が魅力的な女性である事を自覚した方が良いよ」
アルフェルド皇子は苦笑いを浮かべながら私の髪を一房すくいそこにキスを落としたのだ。
「っ!!」
「これで私の気持ちが本物だと分かった?」
「で、でも・・・」
「まあセシリアには拒否権は無いけどね」
「え?」
「だって・・・貴女はこのまま私の国で私と結婚するのだから」
「・・・・・は?ケッコン?」
「ええ結婚だよ。既に国には事前に知らせてあるから先に準備をしてくれているだろう。後は私達が国に到着するのを今か今かと待ちわびている頃だろうね」
「いやいや!私、アルフェルド皇子と結婚なんてしませんから!!」
「いいやするんだよ」
「なっ・・・」
私はあまりの事に頭が付いていかず呆然と目の前のアルフェルド皇子を見つめたが、そこでハッと気が付き回りを見回した。
(さっきからずっと感じているこの揺れさらに微かに聞こえる波の音・・・まさか!!)
キョロキョロと部屋の中を見渡しそして唯一あった丸い窓を見付けた私は、なんとか気力を振り絞りアルフェルド皇子の腕の中から抜け出し這うような姿でその窓まで辿り着いたのだ。
そして私はその窓から外を覗き見て愕然としたのである。
「嘘・・・」
その窓から見えるのは太陽の光に反射して輝く海ばかり。
さらに顔を窓に近付けて回りを見回しても陸地は疎か島一つ見えなかったのである。
その何処を見ても同じ景色に私はサーッと血の気が引くのを感じながら恐る恐る振り返り、優雅に大きなクッションに座って頬杖を付きながら私を見て楽しそうに笑っているアルフェルド皇子に問い掛けた。
「アルフェルド皇子・・・私どれぐらい寝てたのですか?」
「確か一日と半日ぐらいだったかな」
「い、一日半!?」
「セシリアを眠らせてすぐ出発し港に着いたら即出港したからな。もう陸地は遠く離れているよ」
「そ、そんな・・・あれ?でも私を連れて城を出たのなら誰かに止められなかったのですか?」
「眠ったセシリアをあらかじめ用意しておいた衣装箱に入れて運ばせたからな。連れ出した所は誰にも見られていないはず。さらに一番厄介なカイゼルが公務で外出する日を選んで決行したからすぐには追って来ないだろう」
「カイゼル・・・ハッ!そうでした!!私カイゼルの婚約者ですよ?そもそもアルフェルド皇子とは結婚出来ません!!」
「・・・まだ婚約者だ。ならば先に結婚した者勝ちだろう?それに・・・セシリアの事だから私の祖先が元々何者か知っているよね?」
「っ!・・・・・盗賊」
「そう。そして欲しいものは奪ってでも手に入れろが我が皇家の家訓だ」
そう言ってアルフェルド皇子はニヤリと笑ったのである。
私はそんなアルフェルド皇子を呆然と見つめながらもう一度窓から見える大海原を覗きみた。
「ちなみに海に飛び込んで戻ろうとは考えない事だね。ここら一体の海域には人喰鮫が生息しているから、セシリアはあっという間に食べられてしまうだろう」
「ひっ!!」
アルフェルド皇子の言葉と同時にその窓から見えた海面に大きな鮫の背びれが見え、私は小さな悲鳴をあげながら顔から一気に血の気が引いたのだ。
(アルフェルド皇子ルートでのセシリアの結末は・・・鮫に食べられる。ひぃぃぃぃぃぃ!!)
私はその事を思い出し小さく震えていると突然体を持ち上げられたのである。
「ア、アルフェルド皇子!?」
「いつまでもここにいては体が冷えてしまうだろう?あっちに行こう」
「い、いや、下ろしてください!」
「駄目だ」
そうしてアルフェルド皇子に抱き上げられたまま元のクッションの場所まで戻ると、再びアルフェルド皇子のあぐらの間に座らされる格好で抱き抱えられてしまったのだ。
「は、離してください!」
「だが私の支えが無いとまだ一人で座れないだろう?」
「そ、そうかもしれませんけど・・・この体勢はさすがに恥ずかしいです!!」
「恥ずかしがっているセシリアも可愛いな」
「っ!!」
「それでも離すつもりは無いがな」
「うう・・・アルフェルド皇子お願いです、私を家に帰らせてください!」
「いくら愛しいセシリアでもそのお願いは聞けない」
「お願いします!!」
それでもアルフェルド皇子に食い下がり真剣な表情でお願いすると、アルフェルド皇子は目をスッと据わらせじっと私の目を見つめてきた。
「・・・そんなに帰ってカイゼルと結婚したいのか?」
「え?」
「カイゼルの気持ちを聞いただろう?ならば帰ればカイゼルの婚約者と言うことでそのままカイゼルと結婚する事になるが?」
「あ!」
そのアルフェルド皇子の言葉にカイゼルの告白を思い出したのである。
(確かにそうだ・・・カイゼルがニーナを選ばず私の事を好きになってくれていたって事は、何か起こらない限り必然的に婚約者である私はこのままカイゼルと結婚する事が確定してしまった・・・だけど私は本当にカイゼルと結婚しても良いと思っているんだろうか・・・それかアルフェルド皇子と?)
私は自分の胸に手を当て考え出すが全然答えが浮かんで来ない。
正直ニーナの恋を応援する事と死亡フラグ回避に全力を注いでいた為、自分の恋愛事には全く疎くなっていたのである。
だから今の今までカイゼルやアルフェルド皇子の気持ちに気が付かなかったのだ。
「まあそれでも私はセシリアをカイゼルの下に返すつもりは全く無いがな」
「アルフェルド皇子・・・」
「セシリアの事は私が必ず幸せにすると約束しよう」
「・・・ねえアルフェルド皇子、いつから私の事を・・・その・・・好きになってくれたのですか?」
「ああ、私が初めてベイゼルム王国に訪問したあの時に中庭に面した廊下でセシリアと話をした時だよ」
「え?あの時に!?」
「あの時、他の女性とは違う考えを持ち私に意見してきたセシリアに私は恋をしたんだ」
「そ、そうなのですか!?」
私はそう驚きの声をあげながらあのアルフェルド皇子と二人っきりで話す事になってしまった幼い時を思い出していたのである。
(マジか・・・あの時に死亡フラグは折れていたけど恋愛フラグが立っていたのか・・・)
そう思い私は自分のやらかした過去の行いを悔い大きなため息を吐いてガックリと項垂れたのだった。
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