砂漠の帝国

 私は呆然と甲板に立ちながら眼下に広がる港町を見つめた。


 そこは沢山の出店が並び多くの人々が行き交う活気溢れた町なのだが、その人々の服装は多少それぞれ形は違うが基本的にアラブのような服を着ていたのである。


 さらに皆褐色の肌をしていて明らかに異国に来た事を実感させられたのだ。




「本当に来てしまった・・・」




 そう呆然と呟きながら忙しなく行き交う人々を見つめていると突然私の頭の上から黒い布が被せられた。




「え?」


「ここは他国との貿易の要のザイラ港町と言う。それとこのモルバラド帝国はベイゼルム王国と違い日差しが強いからな。これを頭から被っておいた方が良い。それに・・・貴女の美しい姿をあまり他の者に見せたくないから」


「っ!」




 アルフェルド皇子はそう甘く囁くと布越しに私の頭にキスを落としてきたのである。




「さてセシリア、見学はそれぐらいにしてそろそろ降りよう」


「いえ、出来ればこのまま折り返しベイゼルム王国に送って欲しいのですが・・・」


「それは出来ないな。さあいつまでもここに居ては使用人達が降りられないだろう?仕方がない私が連れていこう」


「え?っ、きゃぁ!」




 私の足が床から離れアルフェルド皇子に横抱きに抱え上げられてしまったのだ。




「ア、アルフェルド皇子下ろしてください!!」


「いや駄目だ。セシリア・・・起きてから食事を取ったとは言えまだ体は本調子では無いのだろう?それに慣れない船旅で疲れが溜まっているようだからこのまま連れていく」


「だ、大丈夫です!それに・・・皆に見られて凄く恥ずかしいのですよ!!」


「そんなの見せ付ければ良い。ほら私の胸に掴まらないとバランスを崩してしまうよ?」




 そうアルフェルド皇子はニヤリと笑うとわざと大股で歩き体が揺れてしまったので、私は慌ててアルフェルド皇子の胸元を掴んだのである。




「ふふ、そのまましっかり掴まっているんだよ」




 そうして楽しそうに笑うアルフェルド皇子に抱き上げられたまま船を降り、下で用意されていた茶色の大きな馬の背に乗せられてしまった。


 するとすぐにアルフェルド皇子は私の後ろに飛び乗り私の腰に腕を回すと空いている方の手で手綱を掴んだ。




「出発!!」




 アルフェルド皇子がそう力強く言うと馬の腹を蹴り走らせたのである。


 そしてそんな私達を追うように沢山の使用人達が馬や荷馬車で後ろから付いてきたのだった。




































 港町を出てから暫く何もない砂漠地帯を走り漸く目的の場所に到着したのである。


 立派な城門をくぐり中を進むとそこには綺麗な噴水が左右対称に作られそこに繋がるように水路が通されていた。


 そしてなによりも目を奪われたのは白く大きな宮殿であったのだ。


 そのあまりにも美しい造形に惚けているうちに宮殿の入口に到着しアルフェルド皇子の手で馬から下ろされたのである。




「セシリアどうする?このまままた私が抱き上げて中に入っても良いが?」


「いえいえ!!結構です!!自分で歩けますので!!!」


「そうかそれは残念だ。だが・・・倒れては大変だから支えていてあげよう」




 アルフェルド皇子はそう言ってするりと私の腰に手を回し体を密着させてきたのだ。




「ちょっ!アルフェルド皇子!!」


「さあ行こうか」




 私の抗議の声は無視されそのままアルフェルド皇子に促されながら宮殿の中に入っていった。


 そうして宮殿内の人々からの視線を受けながら暫く廊下を歩いていると大きな扉の前に到着したのである。


 するとアルフェルド皇子は私から被っていた布を取り扉の近くで待機していた侍女に手渡すと、その扉を何の躊躇いもなく開き中に足を進めたのだ。


 そして当然腰に手を回されている私もそのままアルフェルド皇子と共にその先に入る事になった。


 そこはとても豪華な作りの部屋で至る所に黄金が使われていて明らかに高貴な身分が住まう部屋だと一目見て分かったのだ。


 さらにその部屋の奥で沢山のクッションが敷き詰められた場所に寛いだ様子で座っている男女の存在に気が付いたのである。


 その男性は褐色の肌にアルフェルド皇子と同じ白いスカーフを被ってはいるがその隙間から黒い髪が見え、目は赤い色をしている精悍な顔立ちだった。


 次にその男性に寄り添うように座っている女性は、様々な色の透けた布を何枚も重ね着した艶かしい衣装と宝石を身に付けその肌は男性と同じく褐色の色。そしてその美しく滑らかな白い髪を緩く三編みで結んで首から胸元に流している水色の瞳の妖艶な女性だったのだ。




「父上、母上只今戻りました」


「おおアルフェルド、無事に戻ったか」


「おかえりなさいアルフェルド。元気そうな姿を見れて安心したわ」




 アルフェルド皇子の挨拶を聞き二人は立ち上り笑顔で出迎えてくれたのである。


 私はそのアルフェルド皇子の言葉に、二人がこのモルバラド帝国の国王と王妃でさらにはアルフェルド皇子の両親である事を知ったのだ。




「さっそくですが父上、母上紹介致します。この方が前から話していたセシリアです」


「おお!そなたがセシリアか!話はアルフェルドからよく聞かされているぞ」


「まあまあ!なんて綺麗な方なの!!実はわたくしアルフェルドから貴女の話を聞いていて会えるのをとても楽しみにしていましたのよ!」


「は、初めまして。セシリア・デ・ハインツと申します・・・」




 ぐいぐいにくる二人の様子に若干引きながらもとりあえず私はスカートの裾を摘み王族に対するお辞儀を深々としたのである。




「うむ、作法も完璧だな。わしはアルフェルドの父でクライブだ。この国の国王をしている」


「わたくしはアルフェルドの母でシャロンディアよ。王妃をさせて頂いているわ」




 そう言って二人はにっこりと私に微笑み掛けてきたのだった。




「そう言えば父上、頼んでいた準備の方はどうなっているのでしょう?」


「それは勿論準備万端だ」


「流石ですね。ありがとうございます」


「うむ。後はお前達の準備だけだが・・・帰国したばかりだからな。とりあえず今日はゆっくり休みなさい」


「はい。そうさせて頂きます」


「ああそうそうセシリアさん、慣れない国で戸惑う事も多いでしょうし何か困った事があったら何でもわたくしに相談してくれて宜しいからね。だってもうすぐ貴女はわたくしの娘になるのですもの」




 シャロンディア王妃はそう言ってアルフェルド皇子とそっくりの美しい顔で妖艶な笑みを向けてきたのだ。


 私はそのシャロンディア王妃の顔をじっと見つめ意を決して話し掛けたのである。




「お願いします!私をベイゼルム王国に帰らせてください!!」


「・・・まあ何故ですの?」


「私・・・アルフェルド皇子に無理矢理連れて来られたのです!それにアルフェルド皇子と結婚するつもりも全くありません!!」


「・・・・」




 そうキッパリと自分の気持ちをシャロンディア王妃に告げるとシャロンディア王妃は黙り込みそして・・・妖艶の笑みを深くしたのだ。




「ふふ、大丈夫よ。今はそんな気持ちなのは仕方がないけれど、いずれはアルフェルドに連れ去られて良かったと思えるようになるわ」


「え?」


「だって・・・わたくしも元々こことは離れた別の街からクライブ様に連れ去られて結婚したのですもの。確かにその時は凄く怖かったでしたし帰りたいと何度も思っていましたわ。でも・・・クライブ様の愛がわたくしの気持ちを変えたのですよ。そして今はとても幸せなの。だから貴女もきっと変われるわ!」


「・・・・」




 私はそのシャロンディア王妃の言い分に頬をひくつかせていたのだった。




(・・・あ、駄目だ。そもそもこの国は元々盗賊から成り立った国だから住んでいる人も当然奪って手に入れられる事を受け入れている気持ちが心の奥底で養われているんだ)




 その事に気が付きこれはどれだけ訴えても無駄だと悟ったのである。


 そして先程から楽しそうに笑い私の発言を何も止めようとしてこなかったアルフェルド皇子のその様子に、なんだか納得したのだった。


 そうして力なく肩を落とした私を連れてアルフェルド皇子は国王夫妻の部屋を出るとそのまま別の場所に移動したのだ。




「さあセシリア、ここが貴女の部屋だよ」


「いえ、わざわざ部屋を用意して頂かなくても・・・」


「なら私と一緒の部屋にするか?まあ私はそれでも全然構わないけど?」


「っ!ありがたく使わせて頂きます!!」


「ふっ、それは残念だ。まあ離宮に移動したらずっと一緒の部屋なのだがな」


「なっ!?」


「ではとりあえず・・・この国の服に着替えて貰おうか」


「え?・・・いえいえ!私このドレスのままで良いです!」


「だがそのドレスではこの国の気候は暑いだろう?すでに額に汗をかいているようだし」




 アルフェルド皇子はそう言って私の額の汗を近くにいた侍女からタオルを受け取り拭ってくれたのである。




「ですけど・・・」


「さあ意地を張らずに・・・マーラ手伝いを頼む」


「はい。畏まりました」




 先程アルフェルド皇子に布を手渡した中年ぐらいの侍女はマーラと言う名前らしく、その侍女が他の侍女達を引き連れて私に近付いてきたのだ。




「セシリア、マーラは私の乳母で侍女頭だ。ちょっと厳しい所はあるがいい人だから頼りにすると良い」


「マーラと申します。これから宜しくお願い致します。ではセシリア様、まず先に湯浴みをしてからお着替え致しましょう」


「え、いや、本当にこのままで・・・」


「いけません!アルフェルド皇子のご指示ですよ!!」


「ふふ、じゃあ私も自分の部屋で着替えてくるから用意が終わった頃にまた来るよ」


「ちょっ!アルフェルド皇子!!」




 私の呼び掛けにも振り向かずアルフェルド皇子は部屋から出ていってしまった。




(いやいや着替えって!!確実にその露出高めの服になるって事だよね!?さすがにそれは無理!!!)




 そう心の中で叫びながらヒラヒラの踊り子のような服で近付いてくる侍女集団を恐怖の表情で見ていたのである。




(どうしよう!?どうしよう!?・・・ええい!ここは逃げるっきゃない!!)




 私はそう決心すると同時にドレスの裾を持ち上げて一気に駆け出したのだ。




「なっ!?お待ちくださいセシリア様!!」


「待てと言われて待つ馬鹿はいません!!!」




 そう叫びつつなんとか侍女達の手から逃れると扉を開けて廊下に飛び出したのだった。

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