月の女神
私は全力で廊下を走りながらチラリと後ろを振り返ると、そこには険しい表情で私を追い掛けて来ているマーラを先頭とした侍女集団がいたのだ。
しかしその数は明らかに部屋を出た時よりも増えていた。
(ちょっ!なんか凄く増えてるんですけど!?)
ギョッとしながら慌てて顔を前に戻しさらに速度を上げて走り続けたのである。
そしていくつか曲がり角を曲がるとその先に大きな扉が現れたのだ。
私は後ろを振り返りまだマーラ達の姿が見えな事を確認すると、とりあえず一旦この中に入って身を隠そうとその目の前の扉を勢いよく開けたのだ。
しかし次の瞬間私は扉を開けた体勢のまま固まってしまった。
何故なら私の目の前に広がる光景を見て私は目を見開いて驚いていたからだ。
そこはとても大きな広間になっているのだが、そこには露出が高くきらびやかな衣装を身に纏った大勢の美女や美少女が楽しそうに思い思いに寛いでいたからである。
「・・・何ここ?」
「父上の後宮だよ」
「っ!!ア、アルフェルド皇子!?」
呆然と呟いた私の言葉に答えるように頭上からアルフェルド皇子の声が聞こえ私は慌てて振り返るように見上げると、そこには楽しそうな顔で見下ろしてきているアルフェルド皇子が立っていたのだ。
「マーラ達を困らせて・・・いけない人だねセシリアは」
そう言ってアルフェルド皇子は妖艶に微笑むと後ろからぎゅっと私を抱きしめてきたのである。
「ちょっ!アルフェルド皇子!離してください!!」
「ふふ、離したら逃げるだろう?なら離さないよ」
アルフェルド皇子は楽しそうに笑うとさらに私を抱きしめる力を強くしてきたのだ。
私はそんなアルフェルド皇子の行動に顔を熱くさせながらもなんとかその腕から逃げ出そうともがいていた。
するとそんな私達に声を掛けてきた人物がいたのである。
「あら?もしかしてアルフェルド帰ってきたの?」
「やあ母様。さっき帰ってきたんだよ」
私達に声を掛けてきたのはその広間からしなやかな足取りで近付いてきた褐色の肌に艶やかな黒髪が美しい美女だった。
そしてアルフェルド皇子の言葉からどうやらその美女はアルフェルド皇子の母違いのお母様だと分かったのだ。
するとそのお母様の驚いた声に気が付いたのか広間にいた女性達が色めき立ち一斉に私達の下に集まってきたのである。
「本当だわ!アルフェルドよ!!」
「わぁ!アルフェルド兄様お帰りなさい!!」
「相変わらず姉さん達や私の妹達は皆美しいね」
「あら~なら私達は美しくないのかしら?」
「そんな事無いよ。母様達の美貌は見る者を魅了して止まないからさ」
そうしてアルフェルド皇子はその大勢のお母様や姉妹達に囲まれ楽しそうに話していたのだ。
私はそんな状態をアルフェルド皇子に抱きしめられたままどうしたものかと戸惑っていたのである。
すると先程の黒髪美女が漸く私の存在に気が付いてくれたのだ。
「あら?初めて見る顔ね・・・アルフェルドこの子は?」
「ああ紹介するよ。この人が私の花嫁となるセシリアだ」
「セシリア?・・・まあこの子が!?とうとう連れてきたのね!!」
「確か昔、この子に惚れ込んで用意していた離宮の後宮計画を破棄したのよね?」
「アルフェルド兄様良かったですね!!」
そう口々に女性達がアルフェルド皇子に言った言葉を聞き、今さらながら本当に昔からアルフェルド皇子は私の事を想ってくれていたのだと分かった。
「それにしても・・・なんて白くて透き通るような肌なの?」
「え?」
「それにこの滑らかな指通りの髪・・・」
「へ?あ?」
「紫の瞳綺麗・・・」
「は?」
何故か女性達はアルフェルド皇子から視線を私に向けそして一斉に私の顔や髪や手などうっとりとした表情で至る所に触れてきたのである。
「え?ちょっ!待って・・・く、くすぐったいです!」
その突然の出来事に私は激しく動揺し触られながらオロオロしていると急に視界がぐるりと変わった。
「申し訳ないがあまり私のセシリアに触らないであげてください。困ってしまっているから」
そんなアルフェルド皇子の声がアルフェルド皇子の背中越しに聞こえてきたのである。
どうやら私はアルフェルド皇子の背中に隠されたようなのだ。
「ふふ、本当に溺愛してるのね」
「ええ、目に入れても痛くない程に」
「分かったわ。残念だけどこれぐらいにしてあげる。じゃあ結婚式楽しみにしてるわね」
「はい。では私達はこれで」
一礼をしたアルフェルド皇子はくるりと私の方に体を向けるとそのまま私を横抱きに抱き上げた。
「ア、アルフェルド皇子!?」
「さあマーラが待っている」
そう言うとアルフェルド皇子はスタスタと廊下を歩き出してしまったのだ。
そうして後宮の女性達に笑顔で手を振られながら見送られ私はマーラ達が待っている湯殿に到着した。
「お待ちしておりましたセシリア様」
「・・・あの~アルフェルド皇子、やはり着替えないと駄目ですか?」
「着替えた方が良いね」
「うう~」
「ほらマーラを困らせない・・・それとも私と一緒に風呂に入るか?」
「なっ!?」
「それならセシリアを逃がさないで済むし私もセシリアと入れて満足するからな」
「ぜ、絶対嫌です!!」
「なら一人で入るか?」
「勿論一人で入ります!!・・・あ」
「と言うわけだ。マーラ後は頼むぞ」
「畏まりました」
結局アルフェルド皇子の言葉に乗せられて私はマーラ達の手でお風呂に入れられてしまったのだ。
そしてお風呂から上がると念入りに全身に香油を塗られとうとうあの露出の高い服に着替えさせられてしまったのである。
(・・・本当にこの服露出高過ぎなんだけど!!お腹は出てるし水着みたいな胸当てだけで心許ないし下もズボン風ではあるけど・・・足透けてるし。一応腰は透けない布で巻かれてあるからちょっとだけ良かったけどさ。それに腕と首と耳に付けられたこのアクセサリーって・・・絶対考えたくない金額の物だよね)
私はそう姿見の鏡に映った自分の姿を見つめながらうんざりしていたのだ。
「セシリア様、とても美しいです!」
「・・・アリガトウゴザイマス」
笑顔で誉めてくれたマーラの言葉に私は心のこもっていないお礼を言ったのだった。
するとその時、部屋の扉が開き再びアルフェルド皇子が部屋の中に入ってきたのである。
そしてアルフェルド皇子は私の姿を見ると目を見開いて固まってしまったのだ。
(・・・やっぱり私にはこの国の服は似合わないよね)
そう自覚するとさらに今の姿がとても恥ずかしく感じ、私は自分の体を隠すように手で体を抱き顔を熱くさせながら視線を下に向けた。
「っ!!」
そんな息を飲む声が聞こえたかと思った次の瞬間私はアルフェルド皇子に強く抱きしめられてしまったのだ。
「え?アルフェルド皇子、どうしたのです?く、苦しいです!」
「ああ貴女のその恥じらう姿、私の心を掻き乱す・・・本当に愛しい人だ」
「な、何を言って・・・んっ!?」
アルフェルド皇子の明らかにおかしな様子に、私は戸惑いながら顔を上げるとその私の唇をアルフェルド皇子が塞いできたのである。
その突然の事に驚いていたがすぐに回りにマーラ達がいる事を思い出し、私は慌ててアルフェルド皇子の胸を叩いて離れるように訴えた。
しかしアルフェルド皇子は一向に私を離してくれる気配が無かったのだ。
「ちょっ、やめ・・・ん、んんん!!!」
私はなんとか開いた口で抗議の声を上げようとしたその口の中になんとアルフェルド皇子の舌が割り込んできたのである。
(ええ!?これって噂に聞いたディープキスってやつじゃ!?ちょっ何でこうなるの!?)
前世で読んだ漫画とかで見た事はあったが実際の経験をしたのはこれが初めてだったので、私の頭の中は大混乱に陥っていたのだった。
それでもさすがにこれ以上はヤバイと感じた私は、さらに深くなっていくキスに耐えながら力の限り腕を前に突き出してなんとかアルフェルド皇子のキスから逃れる事が出来たのである。
「はぁはぁ、ア、アルフェルド皇子・・・や、やりすぎです」
「・・・すまない。セシリアの可愛さに抑えが効かなかった」
「か、可愛さって何ですか!!それにこんな場所で・・・」
私はそう言ってちらりと回りを見回すと平然な顔をしているマーラは置いておいて、他の侍女達は顔を真っ赤にして俯いていたのだ。
その様子に私も恥ずかしくなって俯いてしまった。
「・・・可愛い。やはりもう少しだけ・・・」
「しません!!しません!!」
再び私の頬に手を添えて上を向かせようとしてきたので、私は慌ててその手をはね除け首を思いっきり横に振ったのである。
「・・・仕方がない、今は諦めよう。マーラ、セシリアにベールを」
「はい」
アルフェルド皇子は苦笑いを溢すとマーラに指示を出し、そしてその指示を聞いたマーラが細かい金糸の刺繍が入った薄いベールを持って私の頭から被せてくれた。
「・・・これは?」
「セシリアの姿は思いの外刺激的だから、少しでもその姿を他の者から隠す為だ」
「なら元のドレスに・・・」
「それは駄目だ。さてセシリアに見せたい物があるんだが」
「見せたい物?」
「それは着いてからのお楽しみだ。マーラ私達が戻る前にあれの準備を」
「・・・畏まりました」
そうして私はアルフェルド皇子に腰を抱かれたまま部屋から連れ出され宮殿の奥に辿り着いたのだ。
そこには今まで見たどの扉よりも厳かな雰囲気が漂う立派な扉があった。
「ここは?」
「王宮に併設されている神殿だ」
そうアルフェルド皇子は言うとその扉をゆっくりと開いたのである。
するとその中は大きなドーム型の広間となっており、その床の真ん中を赤い絨毯が真っ直ぐ奥に向かって敷かれていた。
私はその神聖な気配にただただ呆然と眺めているとアルフェルド皇子が私を促して奥に足を進めたのだ。
そして一番奥の一段高い壇上前までやってきた。
「これがセシリアに見せたかった物だ」
「・・・うわぁ~綺麗・・・」
そこには大きな三日月に腰掛けている髪の長い美しい女性の像があったのである。
「モルバラド帝国の守護神を象った月の女神像だ」
「ああこれがそうなのですね!凄く綺麗で素敵です!!」
「喜んで貰えて良かった。セシリアにこれを見せると約束していたから」
「そう言えばそう言われていましたね」
「・・・セシリアに会えない間はこの女神像をセシリアと思って見ていた」
「この女神像を私と思ってって・・・無理があったと思いますよ?」
「いや、セシリアとこの月の女神はよく似ている」
「・・・そうですか?」
私はそう言ってもう一度女神像を見たが自分が似ているとは到底思えなかったのだ。
「ふっ、一週間後にこの女神像の前でセシリアと結婚式をあげるのが今から待ち遠しい」
「・・・へっ?一週間後?」
「ああまだ詳しい説明をしていなかったな。一週間後に私達はここで結婚式をあげるんだ」
「え?・・・ええ!?一週間後!?そんなに早いのですか!?と言うか私結婚するとは言っていませんよ!?」
「大丈夫セシリアを幸せにする自信はあるから安心していい。ああそれから殆どの準備はすでに整っている。後は細かい段取りがあるから一週間後になっているだけだ。まあ私としては今日でも結婚式をあげたい程なのだがな。ちなみに結婚式の後はすぐに私の離宮に移動だからそのつもりで」
「ちょっ、ちょっと待ってください!!私の気持ちは!?」
「必ず私を愛するようになるから。さてそろそろ準備出来ている頃だろうし部屋に戻ろう」
そうして予想以上に早い結婚式の日取りを告げられ動揺したままアルフェルド皇子に連れられ部屋に戻ると、さらに驚愕の表情で部屋の中に置かれたある物を見つめた。
そこには真っ白な薄い布を幾重にも重ねられた美しい花嫁衣装が用意されていたのである。
「あれが当日セシリアが着る花嫁衣装だ。特注で作らせたのだが気に入ってくれたか?」
「・・・・」
アルフェルド皇子の言葉も頭に入らずどんどん話が進んでいくこの結婚に、私はもうどうする事も出来ないのかと愕然としたのだ。
しかしそこでふとその目の前の花嫁衣装に既視感を感じたのである。
(・・・あれ?あの花嫁衣装どこかで見たような・・・・・・あ、そうだ!あれって確かゲームのアルフェルド皇子ルートで、最後ニーナとアルフェルド皇子の結婚式のスチルでニーナが着ていたのと同じだ!!マジか、あれニーナじゃなくて私が着る事になるのか・・・ん?と言うことは・・・もしかしてあの本に・・・)
私はじっと花嫁衣装を見つめつつ頭の中で前世の記憶を思い出していたのだった。
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