脱出

 花嫁衣装を見せられたその日の夜、私を歓迎する宴が執り行われた。


 宮殿内の大広間で沢山の王侯貴族達が集まり、踊り子の華麗な踊りを見ながらお酒を飲んだり食べ物を食べたりして盛り上がっていたのだ。


 その中で私はアルフェルド皇子の隣に座らされていたのだが、ずっとアルフェルド皇子が私の腰を抱いて離してくれなかったのである。


 そしてそんな私達の下に沢山の貴族達が挨拶にやって来るので、私は愛想笑いを浮かべながらそれらをやり過ごしていたのだった。




(・・・ここで怪しまれてはいけない)




 私は密かにそう心の中で思いそれを悟られないように大人しくしていたのだ。


 しかしそんな私の態度にアルフェルド皇子は、漸く私が結婚するのを受け入れてくれたのだと勘違いしたらしく終始ご機嫌なのであった。




(本当は違うけど・・・この後の事を考えればとりあえずこのまま勘違いさせてた方が何かと都合が良さそうなんだよね)




 そうして私は頬の筋肉がつるのではないかと思いながらもひたすら笑顔を浮かべ続けなんとか宴を乗りきったのだ。


 そして漸く宴が終わるとアルフェルド皇子と一緒に私の部屋に戻ってきたのである。




「セシリア、予定よりも宴が長引いて疲れただろう?」


「ええまあ・・・それに宴と言うのは初めて経験致しましたので舞踏会や夜会とは違い正直戸惑いました」


「そうだろうね。でもこの国に住んでいればその内慣れるようになるよ」


「・・・そうですね」


「ふふ、さあ私の愛しい花嫁。夜はまだ長い・・・このまま一緒に過ごしても良いか?」


「え!?い、いえ!そ、それは!!」


「ふっ、顔を赤くして愛らしい人だ」




 アルフェルド皇子はそっと私の頬を撫で熱い眼差しで愛しそうに見つめてきたのだ。




「っ!!お、お願いです!さすがにその・・・心の準備が出来ていませんので・・・」


「・・・仕方がない。残念だが初夜まで我慢するよ」


「しょ、初夜!?」


「その日まで心の準備は整えておくように。ではおやすみセシリア」




 アルフェルド皇子はそう言って妖艶に笑うと軽く私の唇にキスを落としてもう一度微笑んでから部屋から出ていった。


 私はそんなアルフェルド皇子が出ていった扉を呆然と見つめそして一人頭を抱えて悶えたのだ。


 そうしてなんとか夜のお誘いを断る事が出来た私はベッドに倒れ込むように就寝したのであった。






























 宴の騒がしさが嘘のように静まり返った真夜中。


 私はベッドから静かに身を起こし辺りを見回して誰もいない事を確認した。




(よし!誰か側にいるとぐっすり眠れないからと言っておいたお陰で本当に誰もいないようね!)




 そう満足そうに頷くと私は枕の下に手を入れてごそごそと探し物をしたのだ。


 そして目的の物を見付けるとそれを持ってベッドから降りたのである。




「・・・今日は月明かりが明るくて助かるな~」




 私はそう言いながらテラス近くにクッションを敷いてそこに座り込み床に持ってきた物を広げた。


 それは何も書かれていない無地の紙とペンでマーラに適当な事を言って手に入れた物なのである。


 私はその紙をじっと見つめペンを持つとゆっくりと思い出しながらその紙に書き出し始めたのだった。




「確か・・・最初に入ってきた玄関がここで・・・国王夫妻の部屋がここだったから、位置的にこの部屋はここだよね。そうなると・・・国王の後宮がここだったはずだから・・・神殿はここか!うん、やっぱり記憶に間違いは無さそう!さすが設定資料集!!」




 そう一人で確認しながらその紙に間取り図を書いていったのだ。


 実は結婚式用の花嫁衣装を見た時、私は前世で読んでいたこのゲームの設定資料集の中にこの宮殿の間取り図が載っていた事を思い出したのである。


 ちなみに勿論ベイゼルム王国のお城の間取り図も載っていた。


 正直初めてそのモルバラド帝国の宮殿間取り図を見ていた時は何でこんな物まで載せているんだろうと不思議に思っていていたのだが、それでも大好きなゲームに関連している事だからと思いじっくりと見ていたのだ。




(・・・しかしまさか、ベイゼルム王国のお城以外でその間取り図に書かれた場所にいる事になるとは・・・)




 私はそう思い頬を引きつらせながらもその間取り図を思い出せる限りで完成させたのである。


 そしてその間取り図をじっと見つめ腕を組んで考え始めたのだ。




「さて・・・これで部屋の配置は分かったからここをこう行けば多分見付からず玄関に到着する事は出来るけど・・・ん~問題は宮殿から港町までの移動方法なんだよね。さすがに徒歩であの砂漠を抜けるのは・・・無謀だからな~。だからと言って馬は乗れないし・・・と言うかそんな事したら一発でバレそう・・・ん~どうしたものか」




 私は難しい顔で首を捻りなんとかアイデアを思い浮かべようとした。


 しかしそれでも一向に良い考えが思い浮かばなかったのである。




「仕方がない、今は間取り図が間違いでは無かったと確認出来ただけ良しとしよう!まあとりあえず明日一度この脱出経路を実際通ってみたら何か思い浮かぶかもしれないしね。よし!そうと決まれば明日に備えてしっかり寝よう!」




 そうして私はその紙を小さく折り畳み誰にもバレない場所に隠すと、もう一度ベッドに戻り今度はしっかりと寝る事にしたのだった。


































 次の日アルフェルド皇子は結婚式の準備があって今日は忙しいから夜まで会いに行けないと連絡が来たので、私は早速部屋から出て脱出経路を通る事にしたのである。


 しかしどうも昨日の宴で大人しくしていた事が功を奏したらしく私が一人で部屋を出ても誰も何も言ってこなかったのだった。


 そうしてとりあえず頭の中に間取り図を思い浮かべながら脱出経路を辿って玄関の方に向かって歩いていると、昨日宴が行われた大広間に向かって沢山の人々が歩いている所に出会したのだ。




(・・・あれ何だろう?ん~どうも服装から貴族には見えないけど、平民ともちょっと違うような・・・ああそうか!あの沢山の荷物からして商人の集団か!それも豪商っぽい。だけど・・・何しに?)




 私はその集団を不思議に思い柱の影から大広間の方を覗き見たのである。


 すると開け放たれた大広間の奥で国王夫妻とアルフェルド皇子がその商人達を相手にしていたのだ。


 その時私の近くを通っていた二人の商人の話し声が聞こえてきたのである。




「いや~アルフェルド皇子の結婚用の品々を持っていくと何でも買ってくださるから助かるな~」


「そうですな。特に花嫁となられる方用だと言えば値段も聞かずに買ってくださるそうだ」


「そうそう。だから今回は宝石類を多く持参したんだ」


「ワシは女性が好む高級な布を持ってきたぞ」




 そんな話が聞こえ私は柱の影で頭を抱えながら唸ったのだ。




(いやいや、いくらなんでも買いすぎだよ!!!)




 私はそう心の中で叫びながら長蛇に続く列を呆れた表情で見たのだった。


 するとさらに話し続けている先程の二人の商人から気になる言葉が聞こえてきたのだ。




「そう言えばお前この後、ザイラ港町に行くんだったよな?」


「ああそうだ。南東の国に買い付けに行かせていた船が今日戻るからな。すぐに港町で品定めして各国に売りに行かせるつもりだ」


「へ~もし良い物があったらワシにも譲ってくれよ」


「仕方がないな~まああんたと私の仲だ。多少安く出来るよう融通聞かせるよ」


「それはありがたい」




 私はそんな二人の会話を聞いて頭の中である言葉がクルクルと回っていたのである。




(ザイラ港町、ザイラ港町・・・ってあの港町の事だよね!?この国に船で到着した所!それじゃあの商人はこの後砂漠を抜けてザイラ港町に行くのか・・・おお!これはチャンスかも!!本当はもう少し時間を掛けてじっくりと計画を立てた方が良いのかもしれないけど・・・こんなチャンス逃すわけにはいかないよね!よし上手くあの商人の隊商に紛れ込めれればザイラ港町に行けるはず・・・後はそこからベイゼルム王国に行く船を見付けて乗り込めば・・・うん!帰れる!!)




 そう大きく頷くと私はその商人が大広間に入っていくまで見送ったのだ。


 そしてすぐに私はその商人の後ろに続く使用人の中に、頭から黒い布を被り鼻から下を黒い布で隠している女性の姿を見付けすぐさま行動した。


 さっと見付からないように同じような黒い布を商品の中から拝借し見よう見まねで黒い布を被ってみたのだ。


 さらに口元も黒い布を隠しなるべく髪や顔が出ないように下向き加減で気を付けたのである。


 そうして先程の商人が大広間から出てくるのを隠れて待っていると、とても上機嫌な表情で大広間から出てきたのだ。




(・・・どうやら終わったみたいだね)




 明らかに行きよりも少なくなった荷物を持った使用人達が商人の後ろに続いていたのである。


 私は目の前を通り過ぎて行ったその集団の最後尾にスッと混ざり俯き加減でその後をついていった。


 そして玄関前の広場までやって来るとその商人の隊商だと思われる人達が荷馬車に荷物を積めていたのだ。




(・・・なんとかあの荷馬車に潜り込めないかな?)




 そう思い気付かれないように辺りをキョロキョロと確認して隙を伺っていたのである。


 するとその時、広場にいた人々が一斉に同じ方向を見てざわめきだしたのだ。


 一体どうしたのだろうと思いながら人々が見ている先を何気なく見てギョっとした。


 何故なら玄関の所でアルフェルド皇子が立ち妖艶な微笑みを浮かべながら立っていたのである。




(な、何でアルフェルド皇子がここにいるの!?まさか・・・逃げ出そうとしてるのバレたとか?)




 私はそう思いながら背中に冷や汗をかきつつなんとか身を隠そうと人混みの中に紛れたのだ。




「皆、私の結婚の為に素晴らしい品々を用意してくれて感謝している。そして皆の旅の無事を祈っている」




 どうやらアルフェルド皇子は私を探しに来たのではなく、商人達にわざわざお礼と見送りをしに来たようだった。


 その事に私はホッと胸を撫で下ろしていると、そこでハッとこれはあの荷馬車に潜り込むチャンスだと気が付いたのだ。


 私は惚けた表情でアルフェルド皇子を見ている人々の間をくぐり抜け目的の荷馬車に到着すると、もう一度回りを確かめ誰も私に気が付いていない事を確認したのである。


 そして細心の注意を払いながらその荷馬車に乗り込むと、見付からないように荷物の影に隠れたのだ。


 そうして息を潜め物音を立てないようにじっとしているとゆっくり荷馬車が動き始めたのである。




(ふ~とりあえず見付からなくって良かった・・・でも目的の港町に着くまで油断したら駄目だよね!もしここで見付かったら・・・絶対次は逃げ出せない気がする。と言うかこの状況の場合・・・不法侵入とこの拝借した布があるから窃盗容疑で衛兵に捕まるのでは?)




 私はその事に漸く気が付きサーッと顔から血の気が引いたのだ。


 しかしすぐに頭を振りその考えを敢えて飛ばした。




(・・・色んな意味で絶対見付からないようにしなければ)




 そう強く決意し明らかに宮殿の整備された地面から柔らかい砂の道に変わった事を体に感じながら、これからベイゼルム王国に帰る為の方法をじっと考えていたのであった。

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