鉱石王子
ヴェルヘルムとアンジェリカ姫が城に滞在して数日が経った。
とりあえず今は婚約の事は後回しにしてお父様に頼まれていた二人の接待を優先する事にしたのだ。
まず私はアンジェリカ姫の部屋に伺いお城の中を案内しまますと誘ったのである。
「・・・はぁ?何故わたくしが貴女なんかと一緒にお城の中を歩かないといけませんの!?」
アンジェリカ姫はそう言ってとても嫌そうな顔を私に向けてきた。
「最初にお会いした時に言いましたが、私はアンジェリカ姫とヴェルヘルムがお城に滞在中の間お相手をさせて頂くからです」
「・・・・・ヴェ、ヴェルヘルムですって!?どうして貴女がお兄様を呼び捨てで呼ぶの!!」
「え?本人からそう呼ぶように強要されましたので・・・」
「そんなの信じられませんわ!!お兄様は今まで誰にも呼び捨てで呼ばせた事なんてなかったのよ!それなのに貴女なんかに呼ばせるわけありませんわ!!いい加減んな事言わないで頂戴!!」
「いや、そう言われましても・・・」
憤慨しているアンジェリカ姫を見ながら私は苦笑いを浮かべ頬を掻いていたのである。
「もう貴女と話していたくないわ!出ていって!!それにわたくしこれからカイゼル王子とお出掛けなの、貴女の相手をしている暇なんてないのよ!」
アンジェリカ姫はそう言いきるとくるりと私に背中を向け隣の部屋に行ってしまったのだった。
結局部屋に残されてしまったアンジェリカ姫付きの侍女達からすまなそうな視線を向けられたので、私はにっこりと微笑み返しまた来ますと一言言って部屋から出ていったのである。
(やっぱりアンジェリカ姫には嫌われてしまっているな~。まあ大好きなお兄様を取られたみたいで気に入らないんだろうけど・・・出来ればお返ししたい。はぁ~仕方がない。どうやらカイゼルがアンジェリカ姫のお相手をしてくれるみたいだし、後は任せておくかな。とりあえず私はもう一人の方に行くか・・・正直あまり気乗りはしないけど・・・)
私は小さくため息を吐くと目的の部屋に向かって歩きだしたのだった。
ヴェルヘルムの部屋に到着すると珍しく扉が開かれたままになっていたので、私はその開け放たれた扉からそっと中を覗き見たのだ。
するとそこには真剣な表情で机に向かっているヴェルヘルムと、傍らで沢山の書類を胸に抱いて立っているノエルの姿が見えたのである。
(あら、どうもこれは忙しそうね。ならここは邪魔する訳にはいかないしまた日を改めて出直してきますか!)
心の中で残念そうに言いながらも顔は嬉しそうに緩みこのまま黙って立ち去る事にした。
そしてゆっくりと踵を返しそっとその場を離れようと足を一歩踏み出した私の背に声が掛けられたのだ。
「何処にいくつもりだ?セシリア」
「え?」
私は恐る恐る振り返ると部屋の中からじっと私を見ているヴェルヘルムと目が合ったのである。
「もう一度言う。何処にいくつもりだ?俺に用があってきたのでは無いのか?」
「あ~えっと・・・・・ヴェルヘルムにお城の中を案内してあげようかと思ってきたのですが、どうやらお忙しそうでしたので今日は止めておこうかと・・・」
「そうか、せっかくの誘いだ。行こう」
「え!?ですがお忙しいですよね!?」
ヴェルヘルムが持っていた書類をノエルに手渡し立ち上がったので私は慌ててノエルの方を見た。
しかしノエルは私の方を見てにっこりと微笑んできたのである。
「セシリア様ご心配はご無用ですよ。今頂いた分で丁度終わりました」
「そ、そうなのですか?でも・・・見落としがあるかもしれないですし・・・」
「大丈夫です。今回は完璧に出来ておりますので」
「そう言う事だ。ではセシリア、案内を頼もうか」
私がノエルと話しているうちにヴェルヘルムが近くまできていて、そのまま私の腰に手を回し歩きだしてしまったのだ。
そんなヴェルヘルムの行動に動揺しながらもノエルの方を見ると、ノエルは笑顔で私に向かって手を振り見送っていたのである。
「はぁ~分かりました。では案内致しますね。ですが・・・腰を抱くのは止めて頂けませんか?」
「どうしてだ?」
「歩きづらいからです!それに・・・回りの目もありますし、正直恥ずかしいです」
「ふん、他の者の事など気にするな。どうせそのうちもっと大勢の前でもこのように歩く事になるのだからな」
「え?それはどう言う・・・」
「俺の国で皇妃となり俺の隣を歩く事になるからだ」
「・・・・・出来れば一生こないで欲しいです」
「くく、そう言っていられるのも今のうちだと思うがな」
「・・・・」
もうこれ以上この話をしたくなかった私は敢えて何も言わず、当初の目的のお城の案内に専念する事にしたのだ。
私はヴェルヘルムを連れてお城のあちこちを案内して回った。
そうして今度は中庭を案内しようと廊下を歩いていると、廊下の向こうから見知った人物がこちらに歩いてきている事に気が付いたのである。
「あ!セシリア姉様!!」
そう嬉しそうに私の名前を呼び手を振って笑顔で私達の下に駆け寄ってきたレオン王子が、数歩先でピタリと足を止め表情を曇らせると私達の事をじっと見てきたのだ。
「セシリア姉様・・・どうしてそんなにヴェルヘルム皇帝とくっついてるの?」
「いや、私も好きでくっついているのでは・・・」
「じゃあ・・・離れても問題無いよね?ねえねえヴェルヘルム皇帝、セシリア姉様が嫌がっているし離れてくれないかな?」
「・・・いくらレオン王子の頼みでも聞けないな」
「む~離れてよ!!」
「ちょっ、レオン王子落ち着いてください!!」
レオン王子は目を据わらせ私の腰に回っているヴェルヘルムの手を外そうと手を伸ばしてきた。
そんなレオン王子を私は慌てて止めようとしたが全く聞いてもらえないのである。
(いやいやレオン王子!!相手は隣国の皇帝だよ!!場合によっては非常にマズイ状況になるから!!)
私は背中に冷や汗をかきながらなんとかレオン王子を落ち着かせようと必死になるが、全く微動だにしないヴェルヘルムの手にどんどん苛立ってきているのが伝わってきた。
その両方大人げない態度に頭が痛くなってきたその時、レオン王子の胸元からいつも首に掛けているレッド・ベリルのネックレスが溢れ出てきたのだ。
「ん?それは・・・レッド・ベリルではないか?」
「え?・・・どうしてヴェルヘルム皇帝が知ってるの?」
「それは俺の国でしか取れない希少な鉱石だからな。知っていて当然だ」
「ええ!?これヴェルヘルム皇帝の国で取れるの!?僕、鉱石を扱っている色んな商人に聞いてみたけど結局何処から取れるか分からなかったんだ!」
まさかのヴェルヘルムの言葉にレオン王子は先ほどまでの険しい表情を一変させ、キラキラした表情でヴェルヘルムの方を見ている。
そんな豹変したレオン王子の様子に、さすがのヴェルヘルムも困惑していた。
「ふふ、レオン王子はとても鉱石が大好きなんですよ」
「そ、そうなのか」
「ねえねえ、ヴェルヘルム皇帝!僕の持ってる鉱石コレクションで出所が分からないのがいくつかあるんだけど、もしかして分かったりする?」
「まあ・・・ある程度は。これでも鉱物が財源の国の皇帝だからな」
「わぁ~!それならこれから僕の部屋にきて見て欲しいんだけど駄目かな?」
そう言ってレオン王子がヴェルヘルムを伺い見てお願いしてきたのだ。
そんなレオン王子を見てヴェルヘルムは困った表情で私の方を見てきたのである。
「私の案内はまた今度にしますので、今はレオン王子の部屋に行ってください」
「・・・セシリアがそう言うのであれば」
「やった!!あ、勿論セシリア姉様も一緒にきてね!」
「え?私もですか?」
レオン王子の誘いに私は一瞬顔を硬直させてしまったがすぐに表情を改め、期待に満ちた眼差しで見つめてくるレオン王子に苦笑いを浮かべながら頷いてあげた。
(大丈夫、大丈夫。今回は私一人だけでは無いから。もう監禁させる事なんて無いはず!)
そう自分に言い聞かせながらヴェルヘルムと共にレオン王子の部屋に向かったのである。
そうして部屋に着いた私達をレオン王子はさらに部屋の奥に案内しだしたのだ。
正直応接間辺りで鉱石を持ってきて話すとばかり思っていたので内心激しく動揺していた。
「こっちの部屋に専用の部屋があるからついてきてね」
レオン王子はそう言いながら楽しそうに寝室に繋がる扉を開け私達を促したのだ。
しかしその先にある部屋が頭を過り足取りがどんどん重くなっていた。
「・・・セシリア、どうかしたのか?」
「い、いえ!何もありません」
「しかしなんだか顔色が悪いように見えるが?もしや体調がすぐれないのでは?」
「気のせいですよ!ほら私は元気一杯ですから!」
私は笑顔をヴェルヘルムに向け元気だと言うアピールの意味で小さくガッツポーズをして見せたのだ。
「ん?二人ともどうかしたの?」
「い、いえ何でもありませんよ!」
「そう?あ、ここだよ」
そうして結局前私が監禁されていた部屋の扉を開き三人で地下まで降りていったのである。
「・・・ほ~これはなかなか凄い量だな」
ヴェルヘルムは部屋の中を見回し感嘆の声を上げたのだが、私もその部屋の中を見て驚きに目を見張ったのである。
「あれ?明らかに前と違うような・・・」
私から離れたヴェルヘルムは、部屋の中びっしりに備え付けられた棚に飾られている鉱石を見て回っていたのだ。
するとそんな私の近くにレオン王子が近付き小声で私に囁いてきたのである。
「あの後すぐにここ工事してもらって完全な保管部屋に作り替えたんだ」
「確かに・・・あの奥にあった水回りの部屋が無くなっているしベッドとかの家具も一切無くなっていますね」
「うん。勿論あの鉄格子も撤去したよ」
「それは・・・本当に良かったです」
「・・・セシリア姉様にはもう一度ここを見せてちゃんと謝りたかったんだ。あの時は本当にごめんなさい!!」
「・・・分かってくださったのならそれで良いです」
レオン王子の気持ちが伝わり私は自然と強張っていた体が解れふわりと微笑んだ。
「っ!!・・・・・やっぱりセシリア姉様、好きだよ。お願いだから僕を選んで」
「レ、レオン王子・・・」
真剣な表情で見つめてくるレオン王子に私は戸惑っていると、私とレオン王子の間にヴェルヘルムが割って入ってきたのである。
「俺の婚約者に対しての愛の告白はそれぐらいにしてもらおうか」
「・・・ヴェルヘルム皇帝!」
「しかしもう鉱石の事は良いのか?良いなら俺とセシリアは戻る事にするが?」
「うっ!・・・・・お願い、します」
割って入ってきたヴェルヘルムを睨んでいたレオン王子だったが、大好きな鉱石の話には勝てず結局それから数時間皆で鉱石談義に花を咲かせていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます