図書館にて

「それで結局どこまで調べたんだ?」


「一応ランドリック帝国の歴史と産業についてはある程度調べたので、今度は王族関係の事を調べようかと思っていました」


「それなら・・・ああこれだ。確かこの辺りに・・・あったここだ」


「え?何処ですか?」


「っ!!」




 私はシスランが開いていた本を見ようとシスランの方に身を乗り出しその本を覗き込んだ。


 しかしそのシスランからは何故か強く息を飲み込む音が聞こえてきたのである。


 そんなシスランの様子を不思議に思い私は見上げるような格好でシスランの顔を見た。


 するとシスランは顔を真っ赤に染めながら驚愕の表情で固まっていたのだ。




「シスラン?どうかされたのですか?」


「お、お前は!!俺を殺す気か!!!」


「え?どうしてそんな事言うのですか?そんなつもり無いですよ?」


「俺の気持ちを知っているだろう!!その行動は十分俺を殺す!」


「・・・あ!えっと・・・ごめんなさい!」




 シスランの言葉に漸く状況を察した私は慌ててシスランから身を離し椅子に座り直したのである。


 そしてちらりとシスランの様子を伺うと、シスランは仏頂面で私から顔を背けながら眼鏡の位置を直していたのだがその頬はまだほんのりと赤かったのだった。




「なんだかごめんなさい・・・やっぱり私、部屋に戻って一人で調べる事にしますね」




 バツが悪くなった私は慌てて椅子から立ち上がり机に置いていた本を取ろうと手を伸ばしたのだが、その手をシスランが強く掴み真剣な眼差しで私を見つめてきたのだ。


 その突然の事に私は思わずドキッとし動揺しながらシスランに話し掛けた。




「っ!シ、シスラン?」


「・・・行くな」


「でも・・・」


「良いから座れ。一人で調べるよりも二人の方が捗るだろう。それに俺も前からランドリック帝国の事を少し調べていたからな。多少なら教えられる。・・・・・せっかくお前と二人でいられる時間が出来たんだ・・・もう少し一緒にいたい」


「シスラン・・・分かりました」




 そうして私はシスランに促されるままもう一度椅子に座り直すと、今度は適切な距離を意識しながらシスランと共に調べる事にしたのである。




「えっと・・・それでどこの部分に書いてありましたか?」


「ああここだ」




 今度はシスランが本を開いた状態で私の前に置き指で指し示してくれた。


 私はその示された部分に視線を落としそこに書かれていた内容に目を通したのだ。




「なるほど・・・お父様の資料にも書いてあったのですが、やはり前皇帝の悪政で国は一度大きく傾いていたのですね」


「ああ。どうやら国庫で豪遊を繰り返し足りなくなれば国民から税金と称して金を巻き上げていたらしい。さらに官僚達もその前皇帝と一緒になって私欲で国を動かしていたとか」


「うわぁ~最低ですね・・・」


「だがそんな状況を見かねたヴェルヘルム皇帝が立ち上がり前皇帝を排除すると、すぐに悪行を行っていた官僚達全員の身分と財産を剥奪して国から追い出したらしい」


「まあそのまま残していても色々問題ですものね」


「だがそこまでしたお陰でランドリック帝国は再び大国と呼ばれるほどに回復した」




 そのシスランの話を聞き改めてヴェルヘルム皇帝は凄い人なんだと感心したのである。




「だけどセシリア・・・ヴェルヘルム皇帝には気を付けた方が良いぞ」


「え?何でですか?」


「噂だが・・・前皇帝をヴェルヘルム皇帝自らの手で命を奪ったと聞いた。さらに歯向かってきた官僚の何人かも・・・」


「っ!」


「だからいくらヴェルヘルム皇帝に求婚されたからと言っても油断するなよ。もし何か気に入らない事があれば容赦なく剣を向けられる可能性だって・・・」


「俺はそこまで非道ではない」


「「!!」」




 私とシスラン以外の声が突然聞こえ私達は同時に声がした方に振り返った。


 するとそこには今まで話題にしていたヴェルヘルム皇帝が腕を組んで立っていたのだ。


 そしてそんなヴェルヘルム皇帝を見て私達は驚愕の表情で固まってしまった。




「ど、どうしてヴェルヘルム皇帝陛下がここにいらっしゃるのですか!?」


「なにたまたまここに用事があって来てみたら、俺の婚約者様が他の男と二人っきりで密会している姿が目に入ってな。一体何をしているのか確かめにきたまでだ」


「み、密会って・・・私はシスランに分からない事を教えてもらっていただけです!」




 どうもヴェルヘルム皇帝が変な誤解をしているようなので、私は呆れながらもハッキリと状況を説明したのである。


 しかしヴェルヘルム皇帝はそんな私の顔を見たあと、すぐにシスランの方に視線を向けそして表情を無くして目を細めたのだ。


 私はそんなヴェルヘルム皇帝の表情に疑問を持ちつつシスランの方を見ると、シスランも険しい表情でヴェルヘルム皇帝を睨んでいたのだった。




「お前は・・・シスラン・ライゼントだな。確か王宮学術研究省所長の息子だったか。さらには『天空の乙女』の教育係でセシリア嬢とは幼馴染みの関係だったな」


「・・・ああそうだ」


「ふっ、皇帝である俺に対してでもその口調で話すか。なかなか面白い。だが・・・後は俺が引き継ぐからお前はもう戻って良いぞ」


「なっ!!」




 ふんと鼻で笑いながら言ったヴェルヘルム皇帝の言葉に、シスランはさらに眉間に皺を寄せながら鋭い視線をヴェルヘルム皇帝に向けたのである。


 そんな二人の険悪な雰囲気に私は慌てて椅子から立ち上がると、ヴェルヘルム皇帝とシスランの間に割って入ったのだ。




「ちょ、ちょっと二人共落ち着いてください!!」


「俺は至って平静だ」


「俺もだ」




 そう言いながらも私の肩越しで睨み合っている二人に私は頭が痛くなってきたのだった。


 すると突然ヴェルヘルム皇帝は私の手を取り歩きだしたのである。




「ちょっ、待てよ!!」


「シスラン、後の片付けは任せたぞ」


「なに!!」


「あ~・・・シスランごめんなさいね。それから教えてくれてありがとうございました。とりあえず今は色々問題になっても困るのでヴェルヘルム皇帝陛下と一緒に行きます。また今度時間がある時に教えてくださいね」




 私は振り返りながら立ち上がってこちらに駆けてこようとしていたシスランに、謝罪とお礼を言ってその場に止まってもらったのだ。


 そうして私は手を握られたままヴェルヘルム皇帝の部屋まで連れられてしまったのだった。






















 部屋に入るとヴェルヘルム皇帝は侍女に指示を出しお茶を用意させると席を外させてしまったのだ。


 そして再び私とヴェルヘルム皇帝の二人っきりになると、前と同じように向かい合ってそれぞれ長椅子に座ったのである。




「・・・しかし、俺の婚約者様は勉強熱心で感心するな」


「え?」


「俺の国の事を調べていたのだろう?」


「・・・そうですけど」


「皇妃としての自覚の現れだな。良いことだ」


「なっ!?ち、違います!!そう言うつもりで調べていたのでは・・・」


「ではどういうつもりだ?」


「そ、それは・・・」




 さすがに敵を知るためと本人を前に言うわけにもいかず、私は困った表情で言い淀んでしまったのだ。


 するとそんな私の表情を見てヴェルヘルム皇帝はふっと笑い、どうも私が考えている事などお見通しであるかのような態度だった。




「まあ良い。お前がどう足掻いてもこの婚約は揺るがないがな」


「・・・そんなの分からないですよ」


「ふっ、せいぜい頑張るんだな」


「うう・・・あ!そう言えばお聞きしたい事が・・・」


「何だ?」


「・・・・・ヴェルヘルム皇帝陛下は本当に前皇帝・・・実の父親をその手に掛けたのですか?」


「・・・ああ」


「そう、ですか・・・」


「・・・俺が怖いか?」


「・・・・・怖くないと言えば嘘になりますが、でもヴェルヘルム皇帝陛下の成された事で沢山の人が助かった事は紛れもない事実です。だから・・・私は悪い事だとは思ってはいません」


「・・・・」




 私の言葉を聞きながらヴェルヘルム皇帝はじっと黙って私を見ていたのだ。




「それに・・・一番辛かったのは、その手に掛けなければいけなかったヴェルヘルム皇帝陛下だと思いますから」


「・・・俺は俺のやるべき事をしたまでだ。父上をこの手で殺めた事は今でも後悔はしていない。だが・・・あんな父上でも昔は良い皇帝だった。国民の事を考え政も公平に行っていたのだ。しかし・・・母上が病で亡くなってから変わってしまった」


「そう言えば・・・ヴェルヘルム皇帝陛下のお母様は、アンジェリカ姫をご出産されてから数年後に亡くなられたと記載がされていました」


「ああ。まだアンジェリカが3歳の時に母上は流行り病に掛かりそのまま・・・そして母上を亡くし塞ぎ込んでいた父上を一部の官僚達が言葉巧みにそそのかし、結果あのような皇帝に成り果ててしまった。俺はそんな父上に再三止めるよう進言したが聞き入れて貰えずもうああするしか他はなかったのだ」


「ヴェルヘルム皇帝陛下・・・」




 じっと握った自分の両手を見つめながら話してくれたヴェルヘルム皇帝を見て、私はそれ以上何も言えなかったのである。




「こんな話を聞かせてすまなかったな」


「いえ、私の方こそ無神経な質問をしてしまい申し訳ございませんでした」


「気にしなくて良い。どうせ俺の国に来れば嫌でも耳に入るからな。それならば先に俺の口から聞いておいた方が良いだろうと思っただけだ」


「それはそうですけど・・・って、私まだヴェルヘルム皇帝陛下の国に行くとは言っていませんよ!!」


「もう正式に婚約したのだから俺の国に来る事は決定事項だ。それよりも、俺の事はヴェルヘルムと呼べ」


「え?ですが・・・」


「お前には特別に呼び捨てで名を呼ぶ事を許可する。だから俺もお前をセシリアと呼ぶ事に決めた」


「べつに私の名前を呼び捨てで呼ばれる事自体は特に問題ないのですが、さすがにヴェルヘルム皇帝陛下を・・・」


「ヴェルヘルムだ」


「うっ!・・・はぁ~分かりました、ヴェルヘルム」


「それで良い。俺を呼び捨てで呼べるのはセシリアお前だけだからな。光栄に思うといい」


「光栄って・・・まあいいですけどね」




 私が呼び捨てで名前を呼んだ事で何故か嬉しそうに口角を上げたヴェルヘルムを見て、私は呆れながらも呼び捨てぐらいならべつに良いかと思う事にしたのだ。




「さて、俺に聞きたい事はそれぐらいか?」


「あ~まあとりあえず今の所はそれぐらいですね」


「そうか。ならば今度はセシリアの事を色々聞かせてもらおうか」


「・・・え?」


「俺はセシリアの事が知りたい」


「しかし・・・私の事など聞いてもそんな大した事ありませんよ?」


「それでもお前の口から聞きたい。俺はセシリアの回りにいる者達よりどうしても遅れているからな」


「遅れているって・・・意味が分からないのですけど?まあ良いですよ。では何処からお話致しましょう?」


「そうだな・・・」




 そうしてヴェルヘルムに問われるまま、私が生まれてから今までにあった出来事を思い出せる範囲で話したのだった。

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