悪役皇女来襲

 ヴェルヘルム皇帝の言葉を聞き私は額に手を置いてがっくりとうなだれたのだ。




(どうしてこんな事に・・・・・あ、もしかしたら物語上こんな展開になるようになってたとか!・・・・・いやいや、いくらなんでもそんなわけ無いか。普通に考えたらゲーム上ではセシリアはまだカイゼルの婚約者だろうし、その婚約者を奪うような形で求婚する攻略対象者って・・・そして最終的にヒロインとくっつくのはさすがにちょっと設定的におかしいもんね)




 そんな自分の考えに一人呆れていたその時、突然扉が大きな音を立てて開いたのである。


 私はその音に肩をビクッとさせながらも、すっかり疲れきってしまっていた顔のままその開かれた扉の方に視線を向けた。




「お兄様!!」


「・・・アンジェリカ、入る時はノックをしないか」


「あ、わたくしとした事が!ごめんなさい・・・いえ、それよりも一体どう言う事ですの!!」


「どう言う事とは?」


「それは勿論、お兄様の婚約とわたくしの婚約の事ですわ!!」




 そういきり立ちながらアンジェリカ姫は私達が座っている長椅子の方に近付いてきたのである。


 しかしその足は途中でピタリと止まり目を見開いて私を凝視してきた。




「な、な、何で貴女がここにいるの!!」




 どうやら入口からはヴェルヘルム皇帝の背中が邪魔をして私の姿が見えていなかったようだ。


 するとそのアンジェリカ姫はだんだん目を吊り上げ私を憎々しげに睨み付けてきたのである。




(あ~この表情、前世でゲームをしていた時によくゲーム内のセシリアが見せていた表情だ・・・)




 そんな事を思い出し私は怒っているアンジェリカ姫を見ながら何だか懐かしさを感じていたのだった。




「何ですのその表情は!」


「え?私何か変な顔をしていましたか?」


「わたくしが怒っているのに何故微笑んでいるのか聞いているのですわ!!」


「微笑んで・・・そのようなつもりは無かったのですけどね」




 無意識に浮かべていた表情だったので私は苦笑いを浮かべる事しか出来なかったのである。




「っ!わたくしを馬鹿にしているのね!!やはり性格は最悪ですわ!どうせお兄様を誘惑して無理矢理求婚の申し込みをさせたのでしょう!!それにカイゼル王子はああ言われていましたけれど、お兄様と同じように誑かして婚約者の座に着いた事などわたくしにはお見通しですわ!!」




 そうアンジェリカ姫は胸を張って堂々と言い切ったのだ。


 そんなアンジェリカ姫を見つめながら私はポカンとしたのだった。




(・・・いや~よくあの昨日の状況からそんな考えに至れるなんて逆に凄いと思うよ)




 私はそう感心しているとアンジェリカ姫は視線をヴェルヘルム皇帝の方に移したのである。




「お兄様はこの女に騙されているのですわ!すぐにでも申し出を取り消してきてください!!」


「あ、それは私も同・・・」


「取り消すつもりは無い」




 アンジェリカ姫の言葉に私はすぐさま同意する発言をしようとしたが、その言葉を最後まで言わせてくれる前にヴェルヘルム皇帝の言葉でバッサリと切られてしまったのだ。




「お兄様!!」


「とりあえずアンジェリカ落ち着かないか。そもそもお前は俺が女の誘惑なんぞで堕ちるような男と思っているのか?」


「い、いえ・・・ですがこの女は絶対おかしいですわ!カイゼル王子だけではなく他の王族や貴族の男女、さらには巫女まで囲っているのですもの!たかが公爵令嬢と言うだけですのに・・・一体この女の何処が良いのかさっぱりわたくしには分かりませんわ!!」


「・・・俺は分かるような気はするがな」




 ヴェルヘルム皇帝はそう言いながらチラリと私の方を見てうっすらと笑ったのである。


 私はその表情を見てうんざりとした顔になった。




「お、お兄様にはこの女は相応しくありませんわ!!考え直してください!!」


「考え直すつもりは無い。それよりもお前とカイゼル王子の婚約の件は嬉しく無いのか?」


「っ!う、嬉しくなんて・・・」




 そう言いながらもアンジェリカ姫の頬が嬉しさを堪えるように痙攣しているのが目に見えて分かったのだ。




「そうか・・・お前が望んでいなかったのだったらこの話は無かった事に・・・」


「ちょ、ちょっと待ってくださいお兄様!べ、別にわたくし望んでいないわけではありませんわ!・・・ですが、カイゼル王子は・・・」




 アンジェリカ姫は先ほどまでの威勢が弱まり口ごもりながらチラリと私の方に視線を向けてきたのである。


 私はその謎の視線を受けて小首を傾げたのだ。


 しかしヴェルヘルム皇帝はそのアンジェリカ姫の様子に納得しふっと鼻で笑った。




「アンジェリカ、お前はカイゼル王子を自分の魅力で振り向かせれる自信は無いのか?いつからそんな気弱な女になったんだ?」


「・・・・・そうでしたわ!そもそもこの女よりも数倍わたくしの方が魅力的ですもの!絶対にカイゼル王子をわたくしに振り向かせてみせますわ!!」


「ああその意気だ」


「ではこうしてはおれませんわ!さっそくカイゼル王子の所に行ってわたくしの魅力をお見せしなくてわ!ではお兄様失礼致します・・・・・セシリア、わたくしはお兄様と貴女の婚約を絶対認めませんからね!!」




 そうアンジェリカ姫は私を睨み付けながら言い残し部屋から出ていったのだ。




「・・・妹がすまなかったな」


「いえ、お気持ちは分かりますので・・・でもアンジェリカ姫のお気持ちを考えられるようでしたら、やはり私への求婚の申し込みは・・・」


「取り消さん」


「・・・ですよね」




 キッパリと言い切ったヴェルヘルム皇帝を見ながら私は大きなため息を吐いたのだった。


























 ヴェルヘルム皇帝から求婚の申し込みをされた事で私の回りはとても騒がしい事になったのだ。


 まあ主にカイゼル達が事情を確認しに私の下にきて騒ぎだした事が一番うるさかったが、正直私だってこの状況に困惑しまくっているのである。


 とりあえず相手が相手なだけに国王でさえどうする事も出来ず、さらにカイゼルもアンジェリカ姫と婚約させられてしまった事で身動きが取れない状態らしい。


 そうして本人の意思を無視された状態で私は正式にヴェルヘルム皇帝と婚約させられてしまったのだ。


 すると私の事をあまり良く思っていなかった官僚達が、まるで手のひらを返したかのように好意的に接してくるようになった。




(・・・まあ、大国の皇帝にこの国の者が嫁ぐ意味は相当に大きいのは私でも分かるけどさ・・・)




 そう思いながらヴェルヘルム皇帝のご機嫌を悪くするような事はしないようにと注意されながらも、ついでに自分をヴェルヘルム皇帝に良く言っておいてくれとお願いしてくる官僚達の相手をしていたのだ。


 そんな日々を過ごしつつ回りは勝手に私の嫁入りを進める様子にうんざりしながらも、私はとりあえず今出来る事をする事にして一人お城の中の図書館にこもったのである。




「う~ん、ランドリック帝国に関する資料は・・・」




 私はそう呟きながらぎっしりと並べられている本棚の本を指で指しながら探していた。




「あ、多分これかな」




 そして見付けた本を本棚から引き抜きその後も何冊か見繕ってから、図書館の奥に設置されている机にその本を置いて椅子に座ったのだ。




「さて・・・まずはこれから読むかな」




 私はそう言いながら一冊の本を手に取り中を読み出したのである。


 そもそも何故このような事をしているのかと言うと、ヴェルヘルム皇帝に婚約を解消してもらう為にもまず色々と情報を知って動いた方が良いと思ったからだ。


 その為にも前お父様に貰った資料よりも詳しく書かれている物を探しにこの図書館にやってきたのである。


 そうしていくつかそれらしい本を見付け今に至った。




(え~と・・・この本によるとランドリック帝国はベイゼルム王国よりも前に建国されたみたいね。そしてランドリック帝国は山々に囲まれた地形。だけどその山々からは豊富な鉱物が取れその交易で国は潤い大国までに成長したのか。なるほどなるほど。さらにその豊富な鉱物を使って武器も作っているので一流の鍛冶職人が多く住んでいる。あ~なんか前世でやった事があるRPGの街みたいだ)




 私はその資料を読んでいるだけでなんだかその街の様子が思い浮かびワクワクとしてしまっていたのだ。


 しかしハッと我に返り頭を振るとすぐに視線を本に戻したのである。




「ふむふむ・・・ランドリック帝国の歴史と産業はだいたい分かったかな。じゃあ次に王族関係の本は・・・」


「ん?そこにいるのはセシリアか?」


「え?」




 次なる本を手に取ろうとして突然声を掛けられ、私は手を伸ばしたままその声がした方に視線を向けた。




「あ、シスラン!」


「・・・お前がここにいるなんて珍しいな。いつもは王宮学術研究省の本を借りて読んでいるからここには来ないと思っていた」


「まあ、あちらの方がこの国関係の事については詳しく書かれていますからね」


「じゃあお前は何を・・・・・ランドリック帝国関連の本か」




 シスランは私が置いていた本のタイトルをざっと見て眉間に皺を寄せながら不機嫌そうに呟いたのである。




「セシリア・・・お前は本気でヴェルヘルム皇帝に嫁ぐ気なんだな」


「え?皆が私に事情を聞きに来た時にも説明しましたけど、全くそのつもりはありませんよ?」


「ならどうしてランドリック帝国の事が書かれている物ばかり読んでいるんだ」


「それは勿論まずは敵を知るべし!!」


「・・・・・はぁ~セシリアらしいわ」




 私は胸を張って自信満々に言うと何故かシスランは私を見ながら呆れた表情になりため息を吐いたのだ。




「まあ良い。そう言う事なら俺も手伝ってやるよ」


「え?でもシスランも何か用事があってここに来たのではないのですか?」


「いや、俺のは大した用事じゃないから別に良い・・・・・・・セシリアの婚約の話を聞きたくなくてここに逃げてきただけだからな」


「ん?シスラン何か言いました?途中から小さくてよく聞こえなかったのですが?」


「な、何でもないから気にするな!それよりもどこまで調べたんだ?」


「えっと・・・あ、とりあえずシスランも座ってください。ここ開けますから」




 そう言ってすぐに隣の席の前に置いていた本を退け、椅子を引くとシスランに座るように促した。


 しかしそのシスランは私が示した椅子を見つめたまま動かないでいたのである。




「シスラン?」


「・・・この場合セシリアから誘われたんだ。別に抜け駆けじゃないから良いよな」




 シスランは何か一人ぶつぶつと呟いた後、真面目な顔で一つ頷いてから私の引いた椅子に座ったのだった。

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