皇帝陛下のお部屋
私は驚愕の表情のままお父様を見つめぐるぐると頭の中でお父様に言われた事を考えていた。
(何で?どうして?あのヴェルヘルム皇帝が私に求婚してくるの?え?ヒロインであるニーナにじゃ無くて!?)
そう思いながら私は恐る恐る口を開きもう一度お父様に確認したのである。
「お、お父様・・・もう一度確認しますが、本当に私なのですか?もしかしてニーナと間違われていると言う事はありませんか?」
「・・・どうしてそこでニーナの名前が出てくるのか分からないが、ちゃんと正式な手順でセシリアに求婚の申し込みがあったんだよ」
「何故・・・」
どうやらお父様の勘違いではない事が分かり私は呆然と呟くと、そんな私を見てお父様が困った顔をしたのだ。
「・・・実はあちらからの求婚の申し込みはお前だけでは無かったんだ」
「え?」
「ヴェルヘルム皇帝陛下名義で妹姫のアンジェリカ姫とカイゼル王子の婚姻の申し込みがあったんだよ」
「・・・・・それってつまり」
「ああ、事実上政略結婚の申し込みだな」
私はそれを聞いてああなるほどとこの状況に納得したのである。
(やっぱりおかしいと思ったんだよね。ヒロインであるニーナの攻略対象者なのに、何で私の方に求婚の申し込みをしてきたんだろうと思ったけど、政略結婚と言う事なら凄く納得がいく。まあ多分アンジェリカ姫の方は政治的な意味もあるだろうけど、好意を寄せているカイゼルと結婚させてあげようとした兄心で申し込んだんだろうね。そして逆にこの国の女性から妃を娶ればお互いの国の繋がりが強くなるって事か・・・確かにこの国には王女がいないから、必然的に公爵令嬢の私が選ばれたんだろうな)
そう私は察し一人苦笑いを浮かべながら頷いていた。
しかしふと私は昨日のヴェルヘルム皇帝の言葉を思い出したのである。
(・・・あれ?確かヴェルヘルム皇帝は女性を子供を産むだけの存在だとか言ってなかった?一応その考えを正すようには言ったけど、そんなの変えてくれてる保証は無いし・・・え?と言う事は私はその子供を産むだけの存在として選ばれたって事!?)
その事に気が付き私は眉間に皺を寄せながら唇を引き結んで拳を握りしめた。
そして腹の底からムカムカとした感情が沸き上がってきたのである。
「セ、セシリア?どうしたんだい?」
そんな私の様子を見てお父様は戸惑いの表情で私に声をかけてきたが、もう私の視線は別の方向に向いていたのだ。
「・・・お父様、私ちょっと用事が出来ましたので行ってきますね!」
「なっ!?セシリア、急にどうしたんだい!?それに一体何処に・・・」
「行ってきます!!」
私の只ならぬ様子に動揺しているお父様を無視して私は足早に扉に向かいそのまま部屋から出ていくと、迷うことなくあらかじめ聞いていた目的の部屋に向かって廊下を歩き出したのだった。
目的の部屋の前に到着した私は、一度深呼吸をしてから目の前の扉をノックしたのだ。
するとその扉が中から少し開き、そこから薄い水色の髪に黄色い瞳をした一人の若い男性が顔を覗かせてきたのである。
そしてその男性は私の顔をじっと見つめると何かに気が付きにっこりと微笑んで扉を大きく開けてくれた。
「よくいらっしゃいました!どうぞ中へお入りください」
「・・・失礼致します」
私はその男性の様子に戸惑いながらもとりあえず入室の挨拶をして部屋の中に入っていったのだ。
その部屋の中は高貴な身分の方用に整えられた客室なのだが、その中にこの部屋に滞在する客人の要望で設えられている大きな執務机があった。
そしてその執務机に向かって真剣な表情で何か書き物をしているヴェルヘルム皇帝がいたのである。
するとそのヴェルヘルム皇帝は動かしていた手を止め、チラリと私の方に視線を向けると口角を上げてニヤリと笑ったのだ
「ふっ、やはり来たか」
「・・・その様子ですと私が言いたい事は分かっているようですね」
「まあな。だがすまないが今は先にやらなければいけない仕事があってな。少しそこに座って待っていてくれ。ノエル、セシリア嬢にお茶をお出ししろ」
「畏まりました」
先ほど私を部屋の中に入れてくれたノエルと呼ばれた男性がヴェルヘルム皇帝の指示を聞き一礼すると、すぐに隣の部屋に行きそしてお盆に湯気が立ち上るティーカップを乗せて戻ってきた。
「挨拶が遅くなり失礼致しました。私はヴェルヘルム皇帝陛下の侍従をしておりますノエル・ペントスと申します。どうぞノエルとお呼びください。さあセシリア様、そちらにお座り頂きお寛ぎください」
「・・・ありがとうございますノエル。私はセシリア・デ・ハインツと申します。どうぞよろしくお願いします」
本当はあまり長居をするつもりは無かったのだが仕事をしていると言われてはそれを邪魔するわけにもいかず、さらにはもう一度出直す前にお茶を用意されてしまったので、私は仕方がないと諦めて促された長椅子に座りそのお茶を飲むことにしたのだ。
「・・・わぁ!美味しい!!」
「お口に合って良かったです。そのお茶は我が国の特産の茶葉でお入れしていまして、ヴェルヘルム皇帝陛下も好んでいつも飲まれているお茶なのですよ」
「そうなのですか」
「・・・ノエル、そろそろ仕事に戻れ」
「ああ、申し訳ありません。ではセシリア様どうぞごゆっくりしていってください」
ノエルはにこにことした笑顔を浮かべながら私に軽く頭を下げそしてヴェルヘルム皇帝の下に向かっていった。
するとヴェルヘルム皇帝はそんなノエルの表情を見て眉間に皺を寄せたのである。
「・・・何だその顔は?」
「いえ、何でもありません」
そう言いながらもノエルはとても嬉しそうな表情のままヴェルヘルム皇帝から何枚かの書類を受け取ったのだ。
そんなノエルの様子にヴェルヘルム皇帝は険しい表情をしたが、結局それ以上追及する事はせず黙々と仕事をし始めたのだった。
そうして暫く私はお茶を飲みながらヴェルヘルム皇帝の時間が出来るのを待っていると、何故か二人は難しい顔で同じ書面を見つめて動かないでいる事に気が付いたのである。
(ん?一体どうしたんだろう?)
先ほどまでご機嫌だったノエルまで表情を変えて考え込んでいる様子に、私は何だか気になり静かに長椅子から立ち上がるとそっと二人の側まで近付いた。
そして邪魔をしない程度の距離から二人が見つめている書面を覗き見ると、そこにはいくつかの数字と文字が書かれていたのである。
「・・・やはり何度計算致しましてもここだけどうしても合いません」
「俺も同じだ。何処か間違っているのか?」
「分かりません。しかしこの書類を作った者は国にいる為、確認するのに数日かかってしまいます」
「・・・さすがにそこまで待つわけにはいかんからな」
「そうですよね・・・」
そう言って二人は同時に唸りだしたのだ。
(なるほど。何か書類に不備があるようだけど、それが何か分からず困っていたんだね。まあさすがに政務の仕事っぽいし私は離れた方が・・・・・ん?あれ?あそこの部分ちょっとおかしいような・・・)
さすがにこれ以上見るのは良くないと思い元の場所に戻ろうとした私の目に、二人が見ている書類で気になる箇所が目についたのである。
私はそのまま戻る事を忘れじっとその書類を見つめた。
するとそんな私にヴェルヘルム皇帝が気が付き怪訝な表情を向けてきたのだ。
「・・・あまり他国の書類を見てくるのは感心しないな」
「あ!すみません!!でも・・・どうしても気になる箇所を発見してしまって・・・」
「気になる箇所?」
「はい・・・そこの数字がおかしくありませんか?」
「ん?何処だ?」
「えっと・・・この文面と書かれている数字からいくと、ここの数字は5ではなく9だと思うのですが?」
「何だと!?」
私の指摘に二人は慌ててもう一度書面を見直しそして驚きの表情に変わった。
「確かに・・・」
「セシリア様がおっしゃられた通りですと、ピッタリ合います!!」
「・・・どうやら問題が解決したようで良かったです」
そう言ってにっこりと微笑んで見せたのだ。
(いや~前世でOLをしていた時に何度もこう言うミスの書類を見掛けたんだよね。だからなんとなく何処が間違いやすいか分かるようになったんだよな~。まさかその経験がここで生かされるとは思ってもいなかったけど・・・)
私は心の中で苦笑いを浮かべながらもすぐに書類を訂正して書き直し確認している二人を見ていた。
「セシリア様!本当にありがとうございました!」
「いえ、少し気になった事を言わせて頂いただけですので・・・」
「それでも本当に助かりました!ではヴェルヘルム皇帝陛下、私この書類の束を本国に送る作業に入りますのでこれで失礼致します。セシリア様はどうぞヴェルヘルム皇帝陛下とゆっくりお過ごしください!」
ノエルは胸に書類の束を抱きながらご機嫌で言うとそのまま部屋から退出していったのである。
そうして部屋には私とヴェルヘルム皇帝の二人っきりになってしまったのだ。
その事に気が付きすっかり来るときの勢いを無くしてしまっていた私は、なんだかとても居心地が悪くなってしまったのである。
「えっと・・・とりあえずまた時間を改めてきますね」
「いや、ノエルも言っていただろう。ゆっくりしていくが良い」
「いや、ゆっくりと言われましても・・・」
「とりあえず立ち話もなんだ、あちらで座って話そうか」
ヴェルヘルム皇帝はそう言って立ち上がると私に近付き腰に腕を回してくると、そのまま先ほどまで私が座っていた長椅子に移動させられてしまったのだ。
そして促されるままその長椅子に座らされると、ヴェルヘルム皇帝も向かいの長椅子にゆったりと座り足を組んだのである。
その完全に話を聞くぞ体勢に私は仕方がないと諦めたのだった。
「・・・それにしても、よくあの書類の間違いに気がついたな」
「たまたまですよ」
「そうか、たまたまか・・・だが俺達で気が付かなかった部分に気付けるとはますます価値があるな」
「?」
「俺の妃としての価値だ」
「っ!!」
「どうせ求婚の申し込みの事で言いにきたのだろう?」
「・・・そうです」
「良いだろう。時間はたっぷりとある。セシリア嬢の言い分を聞かせてもらおうか」
ヴェルヘルム皇帝はそう言って余裕の表情で指を組み私をじっと見てきたのだ。
私はそんなヴェルヘルム皇帝を見て小さくため息を吐くと本来の目的を果たす事にした。
「では言わせて頂きます。そもそも何故昨日の今日で私に求婚の申し込みをされたのでしょうか?私達まだ出会って間もないですし、私などよりももっと相応しい方は別にいらっしゃると思われますよ?」
「・・・まあ、不思議に思うのは当然だろうな。だがセシリア嬢が俺の妃に相応しいと思ったから申し込んだ。さらに言うならば公爵令嬢と言う身分も十分相応しい」
「確かに身分的に考えれば私が妥当なのかもしれませんが、ヴェルヘルム皇帝のお国にも公爵令嬢はいらっしゃいますよね?それか他国の王女でも良かったのではないのですか?」
「俺は元々自国の女を妃にするつもりは無かった。下手に娶ればその家に力が付きすぎ漸く落ち着いてきた国の均衡が崩れかねんからな。それに他国の王女もプライドが高すぎる女が多くてうんざりしていた。その点セシリア嬢はその心配が無い。むしろ今まで出会ってきたどの女とも違いとても興味深い」
そう言ってヴェルヘルム皇帝は私を見つめながらニヤリと笑ったのだ。
「興味深いって・・・」
「あの舞踏会の時に言っただろう?気に入ったと」
「っ!!あれ本気だったのですね」
「当たり前だろう。あのような事を言ったのはセシリア嬢が初めてだ」
「そ、そうなのですか・・・」
「だからすぐにでも手を打つ事にし求婚の申し込みをした。何故なら他にもセシリア嬢を狙っている者が大勢いるようだからな」
「そ、それは・・・・・ですが私は子供を産むだけの道具にはなりたくはありません!!」
「ん?」
「ヴェルヘルム皇帝陛下が昨日おっしゃられたではありませんか!女は子供を産むだけの存在だと!!正直その話を聞かされているのにヴェルヘルム皇帝陛下と結婚したいと思いません!!」
「・・・では、俺の求婚を断ると言う事か?」
「うっ!・・・さすがにこちらから断ると国際問題に発展してしまいますよね?」
「まあ普通に考えたらそうだろうな。この国と並ぶ大国のトップからの求婚の申し込みだからな」
「うう・・・ですので、出来ればヴェルヘルム皇帝陛下から今回の申し込みを取り下げて頂けると助かるのですが・・・」
「・・・する気は無い!」
恐る恐るお願いしてみたがキッパリと断られてしまったのである。
「そんな・・・」
「そもそも一つ勘違いをしているようだが、セシリア嬢の事を子供を産むだけの存在とは俺は思っていない」
「え?」
「セシリア嬢なら俺の妃としてそして皇妃として俺の側で肩を並べていけると思ったからだ。さらに先ほどの書類の件でその考えが確信に変わった。だから求婚の申し込みを取り下げるつもりは無い」
「なっ!!」
「そう言う事だから、俺が国に帰る頃に連れて帰るからそのつもりでいるように」
そう言って不敵に笑うヴェルヘルム皇帝を見て私は絶句したのであった。
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