悪役令嬢と悪役皇女
ヴェルヘルム皇帝の予想外の反応に私は戸惑っていると、その私達の下に別の人物が近付いてきたのである。
「まあ!お兄様が人前で笑われているなんて珍しいですわ!!」
そんな驚いた声が聞こえてきたので私は視線をその声が聞こえてきた方に向けた。
するとそこには深紅のドレスを着こなしているアンジェリカ姫が驚愕の表情で佇んでいたのだ。
さらにその隣には、アンジェリカ姫の手を腕に添えながら困惑した表情で立っているカイゼルがいたのである。
カイゼルは私の隣で口を押さえて小さく笑っているヴェルヘルム皇帝と私を何度も見比べ、そして何故か呆れた表情で小さくため息を吐かれてしまったのだった。
(いや、そんな反応されても・・・)
カイゼルのその様子に私も困った表情で返したのだ。
しかしそんな私とカイゼルの様子に気が付かないアンジェリカ姫は、漸く落ち着いてきたヴェルヘルム皇帝から視線を離さなかったのである。
「お兄様?どうかなさいましたの?」
「いや・・・・・なかなか面白いモノが見れたからな」
「・・・面白いモノ、ですか?」
ヴェルヘルム皇帝の言葉にアンジェリカ姫は困惑の表情で首を傾げたのだった。
だがヴェルヘルム皇帝は敢えて何も言わずチラリと視線を私に向けてきたのだ。
そのヴェルヘルム皇帝の視線をアンジェリカ姫は追い、そしてどうやら今私の存在に気が付いたようで怪訝な表情で私を見てきたのである。
「・・・・・貴女は?」
「アンジェリカ姫、ご挨拶が遅くなり大変申し訳ございません。私、ラインハルト公爵の娘で名前をセシリア・デ・ハインツと申します。どうぞこれからよろしくお願い致します」
私はそう名乗りスカートの裾を摘まんでアンジェリカ姫にお辞儀をした。
「セシリア・・・・・まあ!ではもしかして貴女がカイゼル王子の『元婚約者』ですの?」
「え、ええ・・・」
「ふ~ん貴女が『元婚約者』ね・・・」
アンジェリカ姫はそう呟くと軽く眉間に皺を寄せながらジロジロと私の事を見てきたのである。
私はその視線を受けながらまあ予想していた反応だと思い苦笑いを浮かべていたのだ。
しかしアンジェリカ姫の隣に立っているカイゼルは、『元婚約者』と言う言葉の連呼に明らかに傷付いている表情になっていた。
そんなカイゼルを敢えて見ないようにし私は黙ってアンジェリカ姫の視線を受け続けたのである。
「まあ・・・貴女の顔は多少整った顔をされているとは思いますわよ?だけど・・・わたくしには劣りますわね。それに噂で聞いていましてよ?貴女が父親の権力を使ってカイゼル王子の婚約者になった事を。ああお可哀想なカイゼル王子!望んでもいない婚約を長い事続けさせられていたのですね・・・でも漸く解消する事が出来おめでとうございます!カイゼル王子にはもっと相応しい方が側にいますわ!!」
アンジェリカ姫はそう力強く言い切るとアピールするような顔でカイゼルの事をじっと見つめた。
しかしそのカイゼルはと言うといつものは似非スマイルを顔に張り付けながらも、僅かに唇の端がピクピクとひきつっている事に私は気付いていたのである。
「そもそも何故カイゼル王子は長い事このセシリアと婚約を続けられていたのですか?正直公爵令嬢と言う身分以外特に取り柄があるようにはわたくしには見えませんわ?」
アンジェリカ姫は再び私の方に視線を向け鼻で笑いながら私の事を見下してきたのだ。
だがすぐに何かに気が付いた様子でカイゼルに哀れんだ表情を向けたのである。
「カイゼル王子・・・何か弱味を握られていらっしゃったのですね?それで婚約解消したくてもなかなか出来なかったのでしょう?わたくしには分かりますわ!この方、裏ではとても性格が悪いのですね!!」
そうキッパリと言い切るアンジェリカ姫に、私は気分を悪くすると言うよりもただただ感心してしまったのだった。
(おお・・・さすが悪役皇女と言うポジションキャラだ。結局私は悪役令嬢役を敢えてやらなかったからな~逆にその悪役皇女ぷりが新鮮に感じてしまうよ)
まだ私の事をけなし続けているアンジェリカ姫を見ながら心の中で何度も頷いていたのである。
しかし私はその隣に立って笑顔を顔に張り付けているカイゼルの背中から、なんだか黒いオーラが吹き出しかけていような気配を感じていたのだ。
(あ、これはさすがにマズイかも・・・)
私はそう察しさすがにアンジェリカ姫の言動をそろそろ止めようかと口を開きかけたのだが、その私が言葉を発するよりも早く別の方向から言葉が発しられた。
「セシリアを悪く言わないでいただこうか」
「え?」
アンジェリカ姫は驚きの声を上げてその声がした方を見ると、そこには妖艶な微笑みを浮かべながら近付いてくるアルフェルド皇子がいたのだ。
さらにその後ろにはいつものはメンバーが全員一緒に歩いてきていたのである。
「そうそう!セシリア姉様の事を悪く言うと僕が許さないよ?」
「いくら大国の皇女であっても、言って良い事と悪い事があるからな。セシリアを傷付ける言動は俺が黙っていない」
「姫!大丈夫ですか!?あ、いえアンジェリカ姫ではなく私の大切なセシリア姫に言いました。誤解なさらないように」
「セシリア様!この方の言う事などお気になさらないでくださいね!わたくしはセシリア様の味方ですわ!!」
「私もです!セシリア様の事は私がお守り致します!!」
そう皆口々に言いながら私を庇うように私の前に立ちアンジェリカ姫に対峙してしまったのだ。
そんな皆の様子に私は呆れ額に手を置きがっくりとうなだれたのである。
「な、な、何ですの貴方がたは!?」
さすがにアンジェリカ姫はこの状況に驚き激しく動揺しながら声を荒げていると、さらに隣に立っていたカイゼルもするりとアンジェリカ姫の手を離して皆と同じ場所に移動した。
「カ、カイゼル王子?」
「アンジェリカ姫、何か誤解されているようですので訂正させて頂きますね」
「・・・誤解?」
「ええ。そもそもセシリアとの婚約解消は私が望んだ事ではありません!むしろ解消したくありませんでした!」
「え?」
「しかし諸事情があり結果的に解消する事になってしまいました。ですのでセシリアが私の弱味を握って無理矢理婚約をしていたわけではありませんし、さらに言うならセシリアはとても性格が良い方です!!」
真剣な表情でカイゼルがキッパリとアンジェリカ姫に言うと、他の皆も真剣な表情で揃って首を縦に振ったのだ。
そんな皆の様子にアンジェリカ姫は唖然とした顔で固まってしまったのである。
すると私のすぐ近くから声を抑えた笑い声が聞こえてきたので、チラリと視線だけを隣に立っているヴェルヘルム皇帝に向けた。
そして予想していた通りにヴェルヘルム皇帝が再び口を手で隠しながら含み笑いを溢していたのだ。
(・・・何がそんなに面白いんだか)
私はそんなヴェルヘルム皇帝に呆れた視線を向けながらもとりあえず見なかった事にしたのだった。
「カイゼル王子まで・・・一体何なのですの?」
アンジェリカ姫は瞼を何度も瞬き信じられないと言った表情になるが、すぐに不機嫌そうな表情になりキッと皆の間から私を睨み付けてきたのだ。
そんなアンジェリカ姫に私は苦笑いを浮かべる事しか出来なかったのである。
するとアンジェリカ姫は不機嫌な表情のままツンと顔を反らしヴェルヘルム皇帝の方に顔を向けた。
「お兄様!わたくし気分が悪くなってまいりましたので一緒にお部屋に戻りましょう!」
「・・・・」
そう機嫌悪くヴェルヘルム皇帝に言ったのだが、何故かヴェルヘルム皇帝はアンジェリカ姫に返事を返さなかったのだ。
そんなヴェルヘルム皇帝に私はどうしたのかと不思議そうな顔で様子を伺うと、ヴェルヘルム皇帝は皆と私を見回し何か思案しだしたのである。
「お兄様?」
「・・・アンジェリカ、すまないがまだ俺には用がある。そんなに部屋に戻りたいのなら供を付けるから先に戻っていろ」
「そんな!わたくしよりも大事な用とは一体何ですの!?」
「・・・まだセシリア嬢と踊っていない」
「・・・・・・・・は?」
まさかの発言に私は一瞬固まってからヴェルヘルム皇帝に聞き返してしまった。
そしてそれは他の皆も同じようで呆然とした表情で全員がヴェルヘルム皇帝の方を向いたのである。
「お、お兄様・・・わたくしの聞き間違いですわよね?その女と踊るだなんて・・・」
「聞き間違いでは無い。さあセシリア嬢、中央まで行くぞ」
「え?いや、ちょっ、待って下さい!ヴェルヘルム皇帝陛下!!」
動揺している私の手を取り腰に手を回されると、そのまま強制的に踊りの輪の中に連れ出されてしまったのだ。
その時チラリと残された皆を見るとカイゼルが皆に取り囲まれて問い質されているようだった。
さらにアンジェリカ姫はと言うと、唇を噛みしめながらとても鋭い視線でじっと私を睨み付けていたのである。
(そんな表情されても!!私だってこの状況に困惑してるんですけど!!!)
私はそう心の中でアンジェリカ姫に叫びつつとうとう踊りの輪の中に入ってしまった。
そしてヴェルヘルム皇帝は何の躊躇もなく私の手と腰を取り踊りの体勢に入ったのだ。
「・・・本当に踊られるのですね」
「当たり前だ。それにセシリア嬢はこの国に滞在中俺の相手をしてくれるのだろう?」
「うっ、そうでしたね・・・まさかダンスのお相手までさせられるとは思っていませんでしたが・・・」
「いいからそろそろ始まるぞ」
ヴェルヘルム皇帝はそう言うなり曲に合わせて一気に動き出したのである。
そのダンスの技術はさすがに完璧でリードも凄く上手くとても踊りやすかった。
「ヴェルヘルム皇帝陛下・・・とてもお上手ですね」
「まあ、俺は皇帝と言う身分だからな。それなりに場数を踏んでいる。それに国のトップがダンスが下手では他の者に示しがつかんだろう」
「それも確かにそうですね」
「しかし・・・セシリア嬢も完璧な踊りだな。今まで踊ってきた女達の中で一番上手い」
「お褒めいただきありがとうございます。一応これでもこの国の王太子の婚約者でしたので、一通りの事はしっかりと教え込まれていました」
「なるほど・・・・・では、王妃教育も受けていたのか?」
「ええ一応・・・まあ、もう無駄になりましたですけどね」
私はそう言って苦笑いを浮かべたのだ。
しかしそんな私をヴェルヘルム皇帝はじっと見つめ黙ってしまったのである。
「ヴェルヘルム皇帝陛下?」
「・・・・・ふっ、無駄ではなくなるかもな」
「え?」
ヴェルヘルム皇帝の言葉の意味が分からず問い返したが、それに対しての答えは結局返ってこなかったのだった。
そうしてその後何曲かヴェルヘルム皇帝と踊る羽目になってしまった歓迎の舞踏会もなんとか終わり、その翌日を迎えた私は自室で朝食を終え食後のお茶を飲んで寛いでいると突然大きな音を立てて扉が開いたのだ。
「セシリア!!」
「お、お父様!?ノックもされず入られてどうかなさったのですか!?」
「ノック?ああすまないそれどころではなかったんだ!それよりも大変なんだセシリア!!」
「お父様落ち着いて下さい!」
「そんな落ち着いていられる状況じゃ無いんだよ!なんとあのヴェルヘルム皇帝陛下からセシリアに求婚の申し込みがあったんだ!!」
「・・・・・・・え?誰が誰に?」
「だから!ヴェルヘルム皇帝陛下からセシリアにだよ!!」
「・・・・・・・・・・はぁ!!!!!!!!!」
お父様の言葉に私は部屋中に響く大きな声を上げ叫んだのだった。
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