歓迎の舞踏会
今度はお父様と一緒に、ヴェルヘルム皇帝とアンジェリカ姫の歓迎の舞踏会が行われている大広間に入っていった。
するとそこにはすでに沢山の王侯貴族達が思い思いの場所で過ごしていたのである。
しかしその中で一ヶ所大勢の人集りが出来ている場所があったのだ。
「・・・お父様、あそこですね」
「ああ、あそこだろうな」
私とお父様はその人集りを見つめながら苦笑いを浮かべ、そしてお父様の腕に手を添えながら一緒にその人集りに向かって歩いていったのである。
そうしてその人集りの場所まで到着すると、お父様はその集まっている人々に聞こえるようにわざと大きな咳払いをした。
「あ~失礼。私達も挨拶したいのだが良いかな?」
お父様の咳払いに気が付いた貴族達が私達の方に振り向くと、そのお父様のにっこりと微笑みながらも有無を言わせない様子に慌ててその場を開けて散り散りに離れていったのだ。
(さすがお父様)
伊達に長年宰相をしているだけあってお父様に歯向かおうとする奇特な人はいないらしい。
私はそんなお父様に呆れながらもそれを表情に出さず微笑みを浮かべたまま、目の前にいる背の高い人物を伺い見たのだ。
そこには舞踏会用の黒い礼服に着替えたヴェルヘルム皇帝が無表情で立っていたのである。
「ヴェルヘルム皇帝陛下、ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。私はベイゼルム王国の宰相を務めさせて頂いております、ラインハルト・デ・ハインツと申します。以後お見知りおきください」
「ああ貴殿があのラインハルト公か。貴殿の政治手腕の噂は俺の耳にもよく入っているぞ」
「それはとても光栄です。ですが・・・ヴェルヘルム皇帝陛下の政治手腕の方が私などよりとても素晴らしいとお聞きしておりますよ」
お父様は宰相の顔で話をしヴェルヘルム皇帝もうっすらと笑みを浮かべながら話をしていたのだ。
そして私はここで出しゃばる事はせず黙って二人の会話を聞いていたのである。
「そうでした。まだ紹介していませんでしたね。こちら私の娘のセシリアです。そしてヴェルヘルム皇帝陛下がこのお城にご滞在の間お相手をさせて頂きます。さあセシリア、ヴェルヘルム皇帝陛下にご挨拶を」
「はい。ヴェルヘルム皇帝陛下、お初にお目にかかります。私セシリア・デ・ハインツと申します。以後お見知りおきください」
「ああ、こちらこそ」
私は一歩前に出て名前を名乗りスカートの裾を摘まんで優雅にお辞儀をした。
しかしヴェルヘルム皇帝はそんな私をチラリと見てから特に興味が無いように視線を別の場所に向けたのだ。
そこで私は漸くヴェルヘルム皇帝が一人だけいる事に気が付いたのである。
そしてそれはお父様も気になったらしくキョロキョロと視線を向けてヴェルヘルム皇帝に問い掛けた。
「そう言えばヴェルヘルム皇帝陛下、妹姫であらせられるアンジェリカ姫はどちらに?」
「・・・あそこで踊っている」
ヴェルヘルム皇帝が視線をそのまま顎で指し示したので、私とお父様はその視線を追って顔をその場所に向けたのだ。
するとそこには頬を蒸気させながら楽しそうに踊っているアンジェリカ姫と、その相手をして一緒にダンスを踊っているいつもの似非スマイルを浮かべたカイゼルがいたのである。
(・・・いや~美男美女はさすがに絵になるな~)
私はその堂々と踊る二人の姿を見つめただただ感心したのだった。
しかしその時、何か視線を感じチラリと横を向くと何故かヴェルヘルム皇帝がじっと私を見ていたのである。
「ヴェルヘルム皇帝陛下?私の顔に何か付いていますでしょうか?」
「・・・そう言えば、セシリア嬢はあのカイゼル王子の元婚約者だったな」
「え、ええまあそうです・・・」
「確か噂ではセシリア嬢がカイゼル王子に振られて婚約が解消されたと聞いていたが・・・」
ヴェルヘルム皇帝の話を聞いていつの間に私が振られた事になっているんだろうと思ったが、まあ敢えて訂正する気も起きず曖昧な笑顔を浮かべて黙っていた。
「・・・その表情と先ほどのカイゼル王子を見ていた様子から、噂はただの噂だったようだな」
そうしてヴェルヘルム皇帝は、何か面白いものでも見たかのように私を見ながら軽く口角を上げて笑ったのだ。
私はそんなヴェルヘルム皇帝の様子にただただ困惑したのだった。
それから挨拶を終えて一旦私とお父様はヴェルヘルム皇帝から離れると、お父様と共に他の貴族の下に挨拶に回りただひたすら笑顔を顔に張り付け、カイゼルの事を聞かれてものらりくらりと交わしていたのである。
そしてそれが全て終わるとお父様は宰相としての仕事があるからと言って、すまなそうに謝りながら私から離れていってしまったのだ。
私はそんなお父様を見送った後、とりあえず喉が乾いてきたので給仕からジュースの入ったグラスを受け取り邪魔にならないように壁際に移動した。
(しかし・・・予想はしていたけどカイゼルとの婚約解消の件、根掘り葉掘り聞かれるな~。まあ、私から解消したと言っても誰も信じて貰えなさそうだけどね)
そう苦笑いを浮かべながらグラスに入っているジュースを一口飲み喉を潤したのである。
すると隣に誰かが立つ気配を感じ私は何気なく視線を向けると、そこにはヴェルヘルム皇帝が立っていたのだ。
「え!?ヴェルヘルム皇帝陛下!?」
確かさっきまで大勢の令嬢達に囲まれていてわざわざ私が相手をする必要が無いなと思っていたので、まさかここに来るとは思ってもいなかったのである。
それもあんなにいた令嬢を連れず一人でいるのだ。
「どうかされましたか!?」
「・・・俺も少し休憩をしたくてな」
「そうでしたか・・・でしたらあちらに椅子が御座いますのでどうぞ座ってご休憩してください」
「いや、あっちでは落ち着いて休憩は出来んからな」
「そうですか?とても座り心地の良い椅子を用意したとお聞きしていますが?」
「そう言う事ではなく・・・あそこだと女達が押し寄せてくる」
「・・・・・ああ~そう言う事ですね。でもここでも皆さん来るのではないですか?」
「いやそうでもない。さすがに公爵令嬢には勝ち目が無いと思っているようだ」
そのヴェルヘルム皇帝の言葉を聞き、こちらを遠巻きに見ながら悔しそうにしている令嬢達の様子を見て納得したのである。
「ふふ、まあそう言う事でしたら少しの間防波堤役をさせて頂きますね。あ、では何か飲み物をお持ち致しましょうか?」
「・・・セシリア嬢、それは何を飲んでいる?酒か?」
「これですか?さすがにお酒は飲めないので林檎のジュースを飲んでいます」
「林檎か・・・それで良い」
「あ、では取って・・・」
「いや、それで十分だ」
「え?」
私がジュースを配っている給仕の所に行こうとするよりも早く、ヴェルヘルム皇帝は私の持っていたグラスを奪いそのまま一気にグラスの中身を飲み干してしまった。
それもどう見ても私の口紅がうっすらと付いていた部分から飲んだのである。
(いや、ちょっ!それ間接キッス!!!)
その突然の事で完全に動揺し固まってしまった私の様子を気にも止めず、ヴェルヘルム皇帝は近くを通りかかった給仕に空のグラスを渡したのだ。
そんなヴェルヘルム皇帝の様子に私はガックリと肩を落とし、気にした私が馬鹿だったと小さくため息を吐いて呆れたのだった。
「そう言えばヴェルヘルム皇帝陛下、確かまだご結婚はされていませんとお聞きしましたが、ご婚約者はおみえになられるのですか?」
「いや、荒れきった国を安定させるのに忙しかったからな。そんな相手を見付ける暇が無かった。だが漸く落ち着いてきた今、大臣達が早く結婚しろとうるさい」
「では先ほどのご令嬢方の中で誰か気になる方はいらっしゃらないのですか?」
「・・・いたらここにいないだろう」
「・・・まあ、そうですね」
呆れた表情で私を見てくるヴェルヘルム皇帝に私は苦笑いで返したのだ。
(ふむ、予想通り国に婚約者無し今の所気になる女性無し!これはニーナを勧めるチャンスだ!!)
さっそく私はヴェルヘルム皇帝がニーナに興味を持つようにニーナの事を話そうと口を開きかけ、ヴェルヘルム皇帝の言葉に硬直したのである。
「そもそも妃となる女など、どこもただの世継ぎを産むためだけにある存在だろう」
「・・・・・・・は?今何とおっしゃられましたか?」
「だから女はただ子供を産むためだけの存在だと」
私が聞き返した事でヴェルヘルム皇帝は少し不機嫌そうな顔でもう一度同じ事言ってきたのだ。
その瞬間、ヴェルヘルム皇帝にニーナを紹介する気持ちなど一気に吹き飛び逆に沸々と怒りが沸いてきた。
(・・・ヴェルヘルム皇帝ってこんな女性に対する考え方の人だったんだ。・・・ニーナには絶対紹介したくない!!)
そう心の中で思い私は険しい表情でキッとヴェルヘルム皇帝を睨み付けたのである。
「ヴェルヘルム皇帝陛下!言わせて頂きますけど、その考え方は改めて頂きたいです!!」
「・・・何だと?」
「いくらヴェルヘルム皇帝陛下が政治手腕に長けた方だとしても、女性をそのように軽視する方に人々は付いていけません!!特に女性からの反発は必至ですよ!!」
「・・・・」
「女性は子供を産むためだけの存在と言われましたが、その新たな生命をこの世に産む事自体とても大変な事なんですよ!!場合によっては母子共々命に関わる事だってあるのですから。それを当たり前のように言わないでください!それに今生きてる方々は全員その女性から生まれているのです。勿論ヴェルヘルム皇帝陛下もですよ。その女性の方々に感謝すればこそ軽視するなど以ての外です!!」
私はそこまで一気に捲し立て荒い呼吸を繰り返しなんとか息を整えた。
そしてそこで漸く相手が皇帝陛下である事を思い出しサーッと顔から血の気が引いてしまったのだ。
(ヤバイ!!怒りに我を忘れて言いまくってしまった!!!これ場合によっては国際問題に発展する?それか不敬罪で処刑?)
悪い考えが頭を過りどんどん頭が痛くなってきたのである。
しかし予想に反してヴェルヘルム皇帝が口元を隠し、小刻みに震えながら小さな笑い声が漏れ聞こえてきたのだ。
「くく、俺に意見してきた女など初めてだ。あのアンジェリカでさえ我儘は言うが意見をしてきた事などないのだがな」
そう言いながらヴェルヘルム皇帝は面白いものでも見るような眼差しで私を見てきのである。
「ヴェ、ヴェルヘルム皇帝陛下?」
「面白い女だ・・・くく、気に入った」
「・・・・・はい!?」
そのヴェルヘルム皇帝の言葉に私は思わず素っ頓狂な声を上げ驚いてしまったのだった。
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