お茶会
「・・・なあセシリアよ」
「・・・はい、何でしょう?ヴェルヘルム」
「あれは・・・何とかならんのか?」
「・・・あ~あれはもう病気と思って諦めて下さい」
胡乱げな眼差しで廊下に立ち前を見据えながら隣に立つ私に問い掛けてきたヴェルヘルムに、私は困った表情で同じ場所を見ながら答えたのである。
その私達の目線の先にはアルフェルド皇子がいるのだが、そのアルフェルド皇子は妖艶な微笑みを浮かべながら次々と侍女に声を掛けているのだ。
そしてその声を掛けられた侍女達は皆頬を染めうっとりした顔でアルフェルド皇子と話をしていた。
やはり元々女好きの性格な為ハーレムを作らないと宣言していても、結局女性に声を掛ける事は昔から止める事が出来なかったようなのだ。
しかしそんなアルフェルド皇子の姿を見慣れていた私でも、さすがにヴェルヘルムの国から連れてきた侍女達にまで声を掛けまくっている姿を見て呆れていた。
(どれだけ女好きなんだか・・・)
そんな事を思っていると一通り話を終えたアルフェルド皇子が、妖艶な微笑みを浮かべたまま私達の方に向かって歩いてきたのである。
「やあセシリア。今日もとても美しいね」
「お世辞ありがとうございます」
「本当の事なんだけどね。・・・ヴェルヘルム皇帝陛下もご機嫌麗しく」
「ああ。アルフェルド皇子も相変わらずのようだな。だが・・・そろそろ俺の侍女達を骨抜きにするのは止めてくれないか?さすがに侍女達の仕事に支障が出始めているのだが」
「別に骨抜きにしているつもりはないのだけどね。ただあの美しい女性達と少しお話をしていただけなので」
アルフェルド皇子はそう言って悪びれた様子もなく微笑んでいたのだ。
そんなアルフェルド皇子の様子にヴェルヘルムは小さくため息を吐き私の方に視線を向けてきたのである。
(いや、私に訴えられても・・・)
そう思いながらも仕方がないと諦めて私はアルフェルド皇子に話し掛けた。
「アルフェルド皇子・・・さすがに少し自重された方が宜しいかと思われますよ?」
「セシリア、それはもしかして私に焼いてくれているのか?」
「え?焼いていませんが?」
少し嬉しそうな顔で聞いてきたアルフェルド皇子に私は間髪入れず即答したのだ。
するとアルフェルド皇子は見るからに残念そうな顔で落ち込んでしまったのである。
「セシリア・・・今のはさすがに俺でもどうかと思うぞ?」
「そうですか?でも・・・あまり期待を持たせるのもお互い良くないと思いましたので」
「まあそうだが・・・」
「・・・ヴェルヘルム皇帝陛下、お気遣いありがとう。ですが私は大丈夫。正直セシリアらしいと思っているから」
アルフェルド皇子はそう言いながら苦笑いを浮かべ、キョトンとした顔をしている私を見てきた。
そして同じく私の方を見てヴェルヘルムも苦笑いを浮かべていたのだ。
「そうだな。まだセシリアとは短い期間でしか一緒に過ごせていないが、そんな俺でもアルフェルド皇子の言った意味が分かる」
「ごめんなさい。私には全然意味が分からないのですが?」
私はそうヴェルヘルムに問い掛けたが何故かヴェルヘルムとアルフェルド皇子は、お互い目を見合せふっと二人で笑い合ったのだった。
「ああそうだ!良ければ二人共これから私の部屋にきてお茶でも飲まないか?」
「・・・アルフェルド皇子の部屋でお茶を?」
「実は今日私の国から特別な茶葉が届いたんだ。それを是非とも二人に飲んで欲しいと思って」
「ほ~確かアルフェルド皇子の国は様々な茶葉を扱っていると聞いた事があるな。その中で特別な茶葉か・・・興味深い。ならば伺わせてもらおう」
アルフェルド皇子の誘いにヴェルヘルムは興味津々な顔をしたのだが、その隣に立っていた私は複雑な表情で戸惑っていたのである。
(お茶って・・・まさかまた前みたいに薬盛られるって事、無いよね?)
さすがに一度アルフェルド皇子に薬を盛られた事でどうしても不安が拭えないのだ。
するとそんな私の考えが分かったのか、アルフェルド皇子が苦笑いを浮かべ私に向かって軽く首を横に振った。
「セシリア、心配しなくても本当に『お茶だけ』だから」
「そう、ですか・・・」
「どうしたセシリア?どうも表情が固いようだが?」
「い、いえ、何でもありません。・・・分かりました。ではせっかくのお誘いですしお受け致します!」
私は意を決した顔でアルフェルド皇子に頷き返したのである。
私とヴェルヘルムはアルフェルド皇子と共にアルフェルド皇子の部屋に入ると、応接室に案内されそこでそれぞれ椅子に座りお茶が出てくるまで待っていた。
一応アルフェルド皇子の部屋に入った時、部屋の様子や他にも侍女達がちゃんといる事を確認しておいたのだ。
そうして少し待っているとアルフェルド皇子が応接室に入ってきたのだが、今度はその後ろに付いていた侍女が丁寧に私達の前の机に空のカップを置きその中にお茶をそれぞれ注いでくれたのである。
(とりあえず今の所大丈夫そうね・・・)
やはりどうしても半信半疑な気持ちは残ってしまっているので、お茶を用意してくれた侍女に笑顔でお礼を言いながらも意識は湯気の出ているお茶に集中していたのだ。
「では冷めないうちにどうぞ。あ、良ければ私の国のお茶菓子も一緒にどうぞ」
そうにっこりと微笑みながらお茶と籠にぎっしりと入っているお茶菓子を勧めてきたアルフェルド皇子を見て、私は戸惑いながらもカップを手に取りまずは香りを確認した。
(・・・凄く良い匂い。柑橘系のフルーティーな香りがする。でも前は匂いじゃ分からなかったし・・・)
そんな事を思ってなかなか飲む事が出来ないでいた私を見兼ねてか、アルフェルド皇子はスッと自分のカップを持ち躊躇う事なくその中身を飲んだ。
そして次に籠からナッツがふんだんに入っているクッキーを手に取り、それも口に含んで咀嚼し飲み込んでみせてくれたのである。
「何も悪いものは入れてないから安心して欲しい。セシリアもそしてヴェルヘルム皇帝陛下も」
その言葉に私はヴェルヘルムも飲むのに躊躇していた事に漸く気が付いたのだ。
「すまぬな。俺の身分的に信頼のおける者以外が入れたお茶や食べ物は一度疑う事にしている」
「まあそうだろうね。皇帝と言う身分ではそれは仕方がない事と理解しているよ」
「俺が皇帝になってから暫くは残党共が俺を狙って色々してきたからな。どうしてもその名残が残っている。だがしかし・・・セシリアまでアルフェルド皇子のお茶を疑って飲まなかったのは意外だった」
「そ、それは・・・」
「ふっ、まあ俺の妃になるのだからそれぐらい用心深いのは良い事だ」
「ですからそれは!」
ヴェルヘルムは私を見ながらニヤリと笑い反論しようとした私を無視してお茶を一口口に含んだのである。
「ほ~なかなか美味いな」
感嘆の声をあげて感心しているヴェルヘルムを見て私は呆れてもう何も言う気が起こらなかったのだ。
そしてそんなヴェルヘルムに見習い私も持っていたお茶を飲んでみたのである。
「本当ですね!凄く美味しいです!!」
私もその美味しさに思わず声が出て自然と笑顔になりながらアルフェルド皇子の方を見た。
するとアルフェルド皇子はいつもの妖艶な微笑みを浮かべて私の事を見ていたのだ。
「アルフェルド皇子?」
「気に入って貰えてとても嬉しいよ。それに・・・将来的に私の妃になった時も、今みたいに知らない人からの飲食は疑うようにして良いから」
「・・・は?アルフェルド皇子一体何を言って・・・」
「今の言葉聞き捨てならんな。セシリアは俺の婚約者でありそしてそのうち俺の妃になるのだが?」
「それは現時点での話だよね?でも私はまだ未来はどうとでも変わる可能性があると思っているから。実際セシリアはカイゼルの婚約者では無くなったし、セシリアとヴェルヘルム皇帝陛下の婚約も無くなる可能性だって十分にあると思っているんだ」
「ふん、そんな未来は来ないだろう。あまり期待していると後が辛くなるぞ?諦めるのは早めの方が良いと俺は思うがな」
「ふふ、最悪奪えば良いだけだから」
「そうか・・・アルフェルド皇子の国はそう言う国だったな。だが奪わせるつもりなど俺にはない。そのように思っておけ」
「それはどうだろうね」
二人はお互いを見合い不適な笑みを浮かべて笑い合った。
しかしそんな二人に置いてきぼりを食らったような状態になっている当事者の私は、困惑しながら二人を交互に見ていたのである。
(いや、あの、相変わらず私の気持ちは完全無視ですか!!!)
正直そう叫びたいのは山々だったが下手にここで口を出せばさらにややこしくなりそうな予感がし、ぐっと我慢してこのなんとも言えない空気に耐えながらひたすらお茶を飲みお菓子を食べていたのであった。
結局不穏な空気が漂い続けていた事であまり味わう余裕の無かったお茶会はお開きとなり、アルフェルド皇子にお礼を言って私とヴェルヘルムは部屋を後にしたのだ。
そしてすっかり疲れきってしまった私は、もう今日の案内は終了する事をヴェルヘルムに伝え自分の部屋に帰る事にした。
しかしヴェルヘルムは部屋まで送ると言い張り仕方がなく送ってもらう事にしたのである。
そうして私の部屋の前まで到着したのだがその間何故かヴェルヘルムはずっと難しい顔で黙っていたのだ。
そんなヴェルヘルムを私は不思議に思いながらもとりあえず送ってくれたお礼を言ったのである。
「送ってくださりありがとうございます。ヴェルヘルムも部屋に戻られてからゆっくり体を休めてくださいね」
「ああ」
ヴェルヘルムはそう返事を返してくれたが何故かその場から動こうとはせずじっと私を見つめてくるのだ。
「ヴェルヘルムどうかされましたか?」
「・・・セシリア、あのアルフェルド皇子には気を付けるように」
「え?どうしてですか?」
「あの男・・・いつか本当にお前の事を拐っていくかもしれん」
「・・・・」
「いくら気心の知れた相手だろうが油断はするなよ」
「・・・ハイ。キヲツケマス」
私の返事を聞いて満足したヴェルヘルムは自分の部屋に帰っていったのである。
しかし私はそんなヴェルヘルムが去っていった方を見つめなんとも言えない表情になったのだ。
(いや、ご忠告凄く嬉しいんだけど・・・ごめんなさい!すでに一度アルフェルド皇子に拐われた事があります!!!)
そんな事を心の中で叫んでいたのであった。
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