形見の品

 私が城に越してきて暫く過ごしていたある日、私は中庭に面した道を一人で歩いていた。


 するとその中庭の方から見知った人物が一人で歩いてきたのである。




(あ、レイティア様だ!そう言えば・・・あのニーナの叙任式で見掛けて以来会っていなかったな~)




 そう私は思いながら手を上げてレイティア様に声を掛けようとしたのだが、しかしピタリとその動きを止めたのだ。


 何故ならそのレイティア様の様子がなんだかおかしかったのである。


 私からは少し離れていてハッキリとは確認出来ないのだが、どうも一人でニヤニヤと笑い私に全く気が付いていなかった。


 そんなレイティア様の様子に私は違和感を感じ思わず物陰に隠れてしまったのである。


 するとレイティア様は私に気が付くことなく廊下まで到着するとそのまま私の近くを通り過ぎていったのだ。


 しかしその時、レイティア様から気になる言葉が聞こえてきた。




「ふふ、いい気味ですわ」




 そうしてレイティア様は不適な笑みを浮かべながら去っていったのだが、私はまだ物陰に隠れながらその言葉の意味を考えていたのである。




(今のは一体・・・・・あれ?レイティア様がやって来た方向って、確か中庭にある大きな池があったような・・・あ!まさか!!!)




 私はある考えが頭に浮かび慌てて物陰から飛び出すとその池に向かって駆け出したのだ。


 そして池が見える所までやって来ると予想した通り金髪の少女が池の畔で佇んでいたのである。




「ニーナ!」


「っ!セシリア様!?」




 私の声にビクリと肩を震わせたニーナが驚いた表情で私の方に振り向いたのだが、その目には涙が浮かんでいたのだ。




「ニーナ一体どうしたのです?」


「え?いえ・・・なんでも無いです」




 そう言ってニーナは溢れそうになっていた涙を手で拭うと作り笑顔を私に向けてきたのである。


 しかしそうしながらもチラチラと視線を池の方に向けているのに気が付き、どうやら私の考えは当たっていたようだと確信したのであった。




「ねえニーナ、いつも首に掛けていたペンダントはどうしました?」


「っ!そ、それは・・・」




 私の指摘にニーナは言葉を詰まらせ明らかに動揺しだしたのである。




「私・・・先程、侯爵令嬢のレイティア様とすれ違ったのですが・・・もしかしてレイティア様と何か関係ありますか?」


「い、いえ!!何もありません!!!」




 その明らかに何かありましたと言わんばかりの態度に私は深くため息を吐いたのだ。




「やはりレイティア様が何かされたのですね。それも・・・ペンダントが無く池を見られていたと言う事は・・・レイティア様がニーナのペンダントをこの池に投げ捨てたのでしょう?」


「・・・・」


「ニーナ、お願い私に話してくれないかしら?」


「・・・・・セシリア様の言う通りです」




 私が真剣な顔でニーナに問い掛けると、ニーナは観念したように小さな声で肯定してきたのだった。




「私・・・どうもレイティア様に嫌われているようで、時々レイティア様からキツく当たられる事があったんです。でも・・・それでもお話していけばきっといつか仲良くなれると信じていたのですが・・・・・ここでレイティア様とお話していましたら突然私のペンダントを奪って池に投げ捨てたられてしまったのです」




 そうニーナが語るととても悲しそうな顔をしたのだ。




「もしかしてあのペンダントって・・・」


「・・・はい。私の亡くなった両親が死ぬ前に私の誕生日プレゼントとして贈ってくれた物なのです。そしてその中に両親と私が一緒に写った写真が入っていたのですが・・・」




 ニーナはそう言ってじっと池の方を見つめてから再び私の方を向いたのだが、その顔は辛いのをぐっと堪えながら笑っていたのである。




「ニーナ・・・」


「ごめんなさい、こんな事セシリア様にお話しても仕方がないですよね。それにこの池は凄く広いですし多分見つからないのでもう・・・諦めます。では私はこれで失礼致しますね」




 そうニーナは言うと私に向かって頭を軽く下げてから急いで去って行ったのだ。


 しかし去り際ニーナの頬に涙が一滴流れ落ちたのを私は見逃さなかったのである。


 そうして一人残された私は腕を組ながらじっと池の方を見つめ考えだしたのだ。




(う~ん、これって完全にゲームのイベントと全く状況が一緒なんだよな~。だけどこのイベントって・・・本来はセシリアである私がニーナを罵倒し大事そうにしていたペンダントを池に投げ込むんだけど・・・何故かその役が私からレイティア様に変わってしまったみたい。これってもしかしていわゆるゲーム補正ってやつなのかな?そうなると色々不味いよね。だってこのままレイティア様が私の代わりにニーナを苛めていくと・・・最終的にレイティア様に死亡フラグが立ってしまうかも・・・)




 私はそう考え眉を顰めたのである。しかしそこでさらに別の問題も起こった事に気が付いたのだ。




(あれ?そもそもこのイベントってカイゼルとのイベントだったのでは?確か・・・ゲームの中の私がニーナのペンダントを池に投げ捨てて立ち去った後、池を見つめて落ち込んでいるニーナの所に偶然カイゼルがやって来たんだよね。そこでカイゼルがニーナから事情を聞き出すと、カイゼルは上着をニーナに預けさらにその場で靴を脱ぎ裾を捲って素足になるとそのまま池の中に入っていったんだよな~。まあこの池自体は深くなかったから入っても問題は無かったんだけど・・・一国の王子がそんな事を突然しだしたからさすがにニーナが驚いていたんだよね。そうしてカイゼルが池の中を探してペンダントを見付けてくれ、それを笑顔を浮かべながらニーナに返しくれたカイゼルを見てニーナの気持ちが大きく動いた場面だったはず・・・・・あ、これはもしかしなくてもまたやってしまったのでは!!!)




 ゲーム画面を思い出しながら私はまた思わぬ形で二人の邪魔をしてしまった事に気が付いたのである。


 私は慌ててニーナの去っていった方を見たがもうその姿は見えなかったのであった。




「・・・セシリア?こんな所で何をされているのですか?」


「っ!!」




 突然私の後ろから不思議そうな声のカイゼルが声を掛けてきたので、私は大きく肩をビクつかせながらゆっくりと後ろを振り向いたのだ。




「カ、カイゼル・・・」


「どうされたのです?一人で池を見られていたのですか?」


「え?まあ見てはいましたが・・・・・あ、あのですねカイゼル・・・」


「はい、なんでしょう?」


「あ~うんん、やっぱりなんでも無いです!」




 私はこの際カイゼルにニーナの事を話そうかと思ったのだが、しかしこの場にいないのに勝手にニーナの事を私が話すのもどうかと思ったし、さらに私から伝え聞いた事でカイゼルがペンダントを探して見付けてくれても絶対ときめかないだろうと思ったのである。




(う~んしまったな・・・今さらもうカイゼルイベントに修復は無理だし・・・だけど本来はここでニーナの形見のペンダントが戻ってくるはずだったし・・・でもこのままじゃずっとニーナに悲しい思いをさせ続けてしまう・・・・・はぁ~仕方がない私がなんとかしますか!)




 そう心の中で思うと私はじっとニーナのペンダントが落ちたと思われる辺りを見つめたのだ。




「セシリア?」


「・・・カイゼル、ごめんなさい。私、用事を思い出しましたのでこれで失礼させて頂きます」


「え?セシリア!?」




 私の突然の辞する言葉にカイゼルが戸惑っていたが、そんなカイゼルをその場に残して私は急いで自室に帰っていったのであった。




















 人々が寝静まった深夜─────。


 私は暗闇に紛れこっそりと中庭を歩いていたのである。


 そうして目的の池まで辿り着くと回りに誰もいないのを確認してから、おもむろに靴を脱ぎ履いていたズボンの裾を膝まで捲り上げたのだ。


 実は今の私の格好は私に仕えている小間使いの男の子から借りた物なのである。


 さすがに借りるとき小間使いの子に驚かれたがどうしても必要だからとお願いをしてなんとか貸して貰ったのだ。


 そしてその借りた小間使いの服を着た私は、髪が邪魔にならないように頭の上で纏め最初っから袖を捲った状態でこの池までやってきたのである。




「確か・・・あのイベントスチルではあの水面に咲いている花の近く辺りだったよね」




 私は月明かりに薄っすらと見える水面に咲くピンク色の花を見つめそして意を決して池に足を踏み入れた。




「っ!!最近暖かくなってきたとは言え、さすがに夜の水は冷たい!でもこれぐらい我慢我慢!!」




 そう自分に言い聞かすとゆっくりとした足取りで目的の場所まで移動したのだ。


 そして目印としていたピンク色の花の場所まで到着すると、すぐにその水の中に手を突っ込んだのである。




「・・・う~ん、さすがに昼間じゃないから目では見付けられないな~でもここは川じゃないから流れて何処かに行ってしまったって事は無いだろうし・・・・・頑張って手探りで探すしかないね!しかし・・・公爵令嬢の私がこんな姿でこんな事してるなんて絶対他の人に見せられないよな~」




 私はそう苦笑いを浮かべながらも必死に手を動かしてニーナのペンダントを探したのであった。




















 翌日、小間使いの服はちゃんと綺麗に洗われてから本人に届くように手配しておいた私は、すぐにニーナを探して城の中を歩いていたのだ。


 そうしてなんとかこちらに背を向けた状態で廊下を一人で歩いているニーナを見付ける事が出来た。


 しかしその背中は明らかに元気が無さそうであったのだ。




「ニーナ!!」


「・・・セシリア様、おはようございます」


「おはようございます、ニーナ」


「・・・セシリア様は朝からとても元気そうですね」


「ありがとうございます。ニーナは朝から元気が無さそうですね」


「それは・・・」


「では、ニーナが元気になる物を贈ります」


「え?」


「はいどうぞ」


「・・・ええ!?こ、これは私のペンダントでは!?でもどうして・・・」




 ニーナの手のひらに乗せてあげたペンダントを見て、ニーナは信じられないと言った顔で私を見てきた。




「実は・・・どうしても気になって朝方もう一度池の方を見に行きましたら、丁度朝日に照らされてキラキラと輝いていた物が目に入ったのです。私はなんだかその光が気になって近付いたらそのペンダントが池の葉っぱに引っ掛かった状態で見付かったのですよ」


「そんなわざわざ見に行って頂いたなんて・・・」


「朝の散歩ついでだったのでお気になさらないで。だけど・・・一応綺麗な水で表面の汚れは洗い落としたのですが、さすがにずっと池に浸かっていた事で中の写真は皺々になっていました・・・」


「・・・・」




 私の言葉にニーナはペンダントのロケットを開けると、その中には辛うじて見えるニーナの両親とニーナの子供の頃の写真が皺々の状態で入っていたのである。


 その写真をニーナはじっと見つめていた。




「ニーナ・・・ごめんなさいね」


「いえ!!セシリア様、わざわざ届けて下さりありがとうございます!もう戻って来ないと思っていたので本当に嬉しいです!!!」




 ニーナはそう言って目に涙を浮かべながら嬉しそうに微笑み大事そうにペンダントを胸に抱いたのだ。


 私はそんなニーナの様子に、夜中必死に探して見付けられて本当に良かったと思ったのである。


 するとそんな私達の下にカイゼルがやって来たのだ。




「やあ、お二方共こんな朝から廊下で何をなさっているのです?」


「あ、カイゼル王子実は・・・」




 そうしてニーナは誰がやったのかは伏せ、池に落ちてしまった形見のペンダントを私が拾ってきた事をカイゼルに説明したのである。




「なるほど・・・そう言う事でしたか」




 カイゼルはニーナの話を聞いて一人納得すると、何故か私の方を見ていつもの似非スマイルを浮かべたのだ。




「セシリア・・・顔に泥が付いてますよ?」


「え!?夜ちゃんと綺麗に流し落としたはず・・・・・あ」




 私はカイゼルの言葉に慌てて顔に手を当て汚れを落とす動きをしたのだが、そこでハッと騙された事に気が付いたのである。




「ふっ、やはりあれはセシリアでしたか」


「・・・・・カイゼル、見てたのですか?」


「たまたまあの時間まで仕事をしていたのです。そして仕事を終えて部屋に戻る途中で奇妙な格好をされたセシリアを見掛けたのですよ」


「・・・・」


「さすがに貴女のあの姿を見掛けた時は最初見間違いかと目を疑ったのですが・・・貴女のその見事な銀髪を見てセシリアだと確信したのです。まあどうも訳ありで隠れるように作業されていたので声を掛けず黙って見ていたのですよ」


「・・・今度から髪を隠す事を考えて行動します」


「出来れば・・・その前に私には相談して欲しいのですけどね」




 まさかカイゼルに見られていたとは思っていなかったので、私はガックリとうなだれたのだ。


 するとそんな私達の会話を聞いて戸惑っているニーナがおずおずと話し掛けてきた。




「あ、あの・・・一体どう言ったお話か私には分からないのですが・・・」


「ああ、実はセシリアは・・・」


「ちょ!カイゼル!!」




 そうして私の制止を無視してカイゼルは、私が本当は深夜にこっそりとペンダントを探して池に入っていた事をニーナに教えてしまったのである。




「まあ!!!セシリア様がそんな事を!?本当ですかセシリア様!?」


「・・・・・本当です」


「そんな!!私なんかの為にセシリア様がそんな大変な事を!!!」


「・・・でも、ニーナの喜ぶ笑顔が見れたので私は後悔はしていませんよ」




 表情を曇らせてしまったニーナに、私は本心を伝えにっこりと微笑んであげたのだ。


 するとそんな私の顔を見ながら今度はニーナの顔が赤く染まっていったのである。


 そしてニーナは私の右手を両手で掴み胸の前でぎゅっと包み込むように握ると、目を潤ませながら私の顔を見つめてきたのだ。




「セシリア様・・・大好きです!」


「え?ああ、ありがとうございます。私もニーナの事大好きですよ。是非ともお友達になって下さい」


「お友達・・・・・はい、よろしくお願い致します!」




 何故か友達と言う言葉に一瞬複雑そうな顔をしたニーナだったが、すぐに嬉しそうな笑顔になりそうして私達は友達になったのである。


 しかしその時、カイゼルが額に手を置いて呆れた表情で天井を見上げていた事に気が付かなかったのであった。

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