転居

 結局カイゼルに押し切られる形で私はお城に住む事になってしまった。


 ただ実家から城に移動する時、見送りをしてくれたお兄様が「絶対夜には人を部屋に入れないように!特にカイゼル王子には気を付けるように!!」と何度も繰り返し忠告されたのである。




(・・・そんなに心配しなくても大丈夫なのにな~。だってヒロインのニーナが登場してるからさ。それにそもそもカイゼルが私をそんな対象として見ているとは思えないし・・・まあ必要以上に密着はしてくる事はあるけど、あれはカイゼルを狙う令嬢達への牽制みたいなものだしね)




 そう心の中で思いながらもとりあえずお兄様には分かったと返事を返し、すぐに私は涙を流しながら見送ってくれているお母様に抱きついたのだ。




「ううこんなに早く家を出ていくなんて・・・セシリア、時々は帰って来なさいね」


「はい、お母様」




 そうして私はお母様の背中を何度か擦ってから、名残惜しいが迎えの馬車に乗って王城に向かったのであった。
























 そして城に着いた私はすぐに私専用にと用意された部屋に案内され、そこに家から持ってきた荷物を運んでもらうとすぐに侍女達が荷解きをしてくれあっという間に引っ越しが完了したのだ。


 私はいくつかある部屋を最終チェックし特に変な所がないかを確認終えると、リビングで長椅子に座りながら侍女の入れてくれたお茶を飲みホッと一息ついていた。


 するとそんな私の部屋に最初の来客がやって来たのである。




「・・・部屋ピンク色じゃ無いんだな」


「入ってきて開口一番の感想がそれですか・・・」




 シスランが私の部屋を見回し意外そうな顔でそう言ってきたので、私は目を据わらせながらそんなシスランを見たのだ。




「いや、セシリアの家のセシリアの部屋っていまだにピンク色だろう?だからここもそんな風にしてるとかと思ったからさ」


「・・・何度も言ってますが、あれはお母様の趣味なんです!まあ確かに大人になるまでに部屋を替えていくつもりではあったけど・・・替えようとするとお母様がとても悲しい目をして無言で私を見つめてくるもんだからいまだに替えれないんです!!だからせめてこの部屋だけは普通を希望したんですよ」


「なるほど・・・」


「ただ寝間着はお母様の趣味全開のフリフリを持たされてしまったんです・・・」


「ね、寝間着!?」




 私が洋服ダンスにしまわれた大量のフリフリ寝間着を思い浮かべてため息を吐くと、何故かシスランは急に顔を真っ赤に染めて動揺しだしたのである。




「シスラン?どうかされましたか?」


「っ!!な、何でもない!!俺はべつにお前の寝間着姿なんて想像していないからな!!!」


「ん?まあ私の寝間着姿なんて想像されても色気なんて全く無いでしょうけどね」


「・・・・・自分で言って悲しくないか?」


「うるさいですよ!!」


「くく、お前らしいな。そうそう忘れる所だった。これセシリアが前から読みたいと言ってた本だろ?」


「え?・・・わぁ!そうです!!あれ?でもどうして?確かこの本は持ち出し出来ないから借りれないと言ってませんでした?」


「正確には城からの持ち出しを禁止されてるから貸せなかった。だが城の中なら持ち出し可能なんだ。だから父上の許可を貰って持ってきた」


「シスラン嬉しいです!!わざわざありがとうございます!!」




 シスランから本を受け取った私はそれを大事そうに胸に抱きかかえ心からのお礼を言って笑顔を向けた。


 するとシスランは再び顔を赤くしそっぽを向いてしまったのである。




「・・・また読みたい本があればいつでも俺に言え。持ってきてやるよ」




 そうぶっきら棒に言うとシスランはそのまま部屋から出ていってしまったのだった。


 そんなシスランを見送って暫くするとすぐに次の来客がきたのである。




「セシリア姉様!!いらっしゃ~い!!」


「レオン王子、暫くの間お世話になりますね」


「暫くじゃなくて一生で良いよ!・・・・・・・僕がずっと世話してあげる」


「いや一生は・・・と言うか最後の方よく聞き取れなかったのですがなんと言われたのですか?」


「うんん、気にしないで!」




 なんだか聞き取れなかった言葉を言っていたときとても怖い顔で笑っていたように見えたのだが、今はいつもの小悪魔的笑顔を私に向けてきたのだ。




「それよりも、セシリア姉様に引っ越し祝いとして僕プレゼントを持ってきたんだ!」


「プレゼント?」


「うん!はいこれ!!」


「これは・・・ローズクォーツですよね?それも・・・この大きさのクラスターなんて珍しいじゃないですか!?」




 私はレオン王子から渡された手のひらに乗る淡く透明でピンク色の水晶を見つめ驚きに目を瞠った。


 何故ならローズクォーツと言う水晶はクラスターと言う結晶状態で見つかるのが希であり、さらに1㎝以上の物は極めて珍しいのだ。


 それなのに私の手のひらに乗っているのはどう見ても5㎝以上はある凄い物であった。


 私は目を瞬かせながらレオン王子の方を見ると、レオン王子はとても自慢げな顔をしていたのである。




「ふふ~ん!凄いでしょ?僕の贔屓の行商人がそれを持ってきてくれたんだ!!」


「・・・これはさすがに高かったのでは?」


「金額は内緒!でもそれ見た時から絶対セシリア姉様にあげたいと思ったんだ。だから貰ってね!」


「・・・・・ありがとうございます。大事にしますね」




 レオン王子の気持ちを嬉しく思いながらお礼を言い、頂いたローズクォーツを見つめてうっとりと微笑んだ。




「うん、やっぱりセシリア姉様と鉱石はよく似合う」


「え?」


「ううん、何でもないよ!じゃあ僕これから用事があるから行くね!」




 そう言ってレオン王子は笑顔で手を振って部屋から出ていったのだった。


 そうして私は頂いたローズクォーツを大事そうに寝室のサイドテーブルに飾り終えリビングに戻ると、そこにはすでに新たな来客がきていたのである。




「やあセシリア。今日もとても美しいね」


「・・・アルフェルド皇子、毎回毎回御世辞を言われなくても結構ですよ」


「御世辞ではないよ。私の心からの本心なんだけど?」


「はいはい、それも誰にでも言われているんですよね?」


「・・・・・相変わらずセシリアは私の言葉になびいてくれないね」


「アルフェルド皇子の昔の行動を覚えていますから。それに・・・私がこの部屋に戻る時にも私の侍女を口説いていましたでしょ?」


「口説いていたと言うか、セシリアが今別の部屋にいると教えてくれたお礼を言っていただけだよ」


「・・・お礼を言うだけで侍女の手を握りますか?」




 私はそう言って胡乱げな視線をアルフェルド皇子に向けたのだ。




(確か・・・一人だけを大事にするとか言ってなかったか?)




 そう昔のアルフェルド皇子の言葉を思い出しながらも、やはり女好きは治らなかったのかと呆れたのである。




「セシリア、そんな顔をしないでくれ。私は貴女が笑っている顔が好きなんだ」


「そう言われるのでしたら、もう少しご自分の行動を考えて下さい」


「・・・・・・本当は妬いてもらえないかと思って行動しているんだけどね」


「え?」




 アルフェルド皇子が私を見つめながらボソッと何かを呟いたのだが、その内容は私にはよく聞こえなかったのであった。




「そうそう、セシリアに贈り物を持ってきたんだった」


「私に?」


「これ私の国の職人に特注で作らせたんだが貰って頂けないか?」


「わぁ~綺麗な髪飾りですね!」


「貴女のその美しい髪に似合う物をイメージして作らせたんだよ」




 そう言ってアルフェルド皇子は妖艶に笑い、手のひらに乗っている宝石箱の中に入っていた細かい金細工が施された月の形の髪飾りを取り出した。


 そして空の宝石箱を近くにいた侍女に手渡すと私の髪に触れてきたのである。




「ア、アルフェルド皇子!?」


「じっとして。今付けてあげるから」




 アルフェルド皇子はそう言うと優しく私の髪を触りながら持っていた髪飾りを付けてくれたのだ。




「うん、よく似合っているよ。やはりそのデザインにして良かった」


「あ、ありがとうございます・・・」


「セシリアは、私の国の守護神である月の女神のようだとずっと私は思っているんだ」


「私が月の女神!?さすがにそれは言い過ぎでは!?」


「いいや、その美しい容姿は勿論だが強く気品に溢れさらに優しい所などそっくりだよ」


「はぁ・・・」


「まあいつか私の国でその女神像を見せてあげるよ」


「・・・・・機会があればお願い致します」


「ええその時はきっと・・・」




 そう言ってアルフェルド皇子は妖艶な笑顔を深めたのであった。


 そうしてアルフェルド皇子は部屋を出ていき、漸く休めるかと思っていたら次なる来客がきたのである。




「セシリア様!」


「あら、ニーナいらっしゃい」


「姫、お邪魔いたします」


「ビクトルはニーナの護衛ですか?」


「はい。ニーナ様が姫の部屋に行かれるとお聞きして一緒について参りました」


「それはお疲れ様です」


「いえ、姫に会えるのでしたらこれぐらいどうと言う事はありません」




 そう言って真面目な顔で見つめてくるビクトルに相変わらずだな~と呆れたのであった。




「セシリア様!私、セシリア様にこの前のお礼を兼ねてお菓子を作ってきたんです!是非食べて下さい!!」


「まあ、ありがとうございます!ではせっかくですしお茶を出しますので一緒に食べましょう?」


「良いのですか?」


「ええ、良いですよ」


「それじゃ・・・お願い致します」


「ではビクトルも一緒に食べましょう」


「いえ、私は職務中ですのでご遠慮致します」


「でも・・・」


「私の事はお気になさらずお二人で楽しんで下さい」




 結局何度誘っても肯定してくれなかったので、私は諦めてニーナと向い合わせで椅子に座り侍女に新しくお茶を用意してもらったのである。




「あまり見た目は綺麗に出来なかったのですがどうぞ召し上がって下さい」


「わぁ!!凄く美味しそうですよ!!!」




 ニーナが持っていた籠を机の上に置き被せてあった布を取ると、そこには様々な形をしたクッキーがぎっしりと詰まっていたのだ。


 そのクッキーは絞りクッキー、型抜きクッキー、チョコレートクッキー、ドライフルーツ入りクッキー、紅茶クッキー等種類豊富にあった。




(確かにゲームでも攻略対象者にクッキーをプレゼントしている描写はあったけど・・・文章だけで画像は無かったんだよね。まさかここまで凄いとは・・・)




 実は私も前世でクッキーは作っていたのだが、いつも不格好でさらに一部焦げてしまっていたのである。


 しかし何故か味だけは良かったので時々気が向いたら作っていたのだ。




「では頂きますね・・・・・」


「・・・お味はどうでしょうか?」


「お、美味しい!!!!!」


「本当ですか!?」


「ええ、本当ですよ!こんなに美味しいクッキー生まれて(前世含めて)初めて食べました!!!」


「そんなに大袈裟に言われなくても良いですよ・・・」


「本当に美味しいんですよ!!」


「そう言って頂けて凄く嬉しいです!!」




 ニーナの作ってくれたクッキーは本当に美味しく、サクサクホロホロとしたクッキーやしっとりとしたクッキーで甘さも甘すぎず丁度良い味だったのである。


 そんな私が大絶賛しているとニーナは恥ずかしそうにしながらもはにかみながら喜んでくれたのだ。




(照れた姿も凄く可愛い!!!!)




 私はそのニーナの姿を見て顔に出さないように気を付けながら心の中で身悶えていたのだった。


 するとその時、視線を感じチラリと近くを見上げるとビクトルがじっと私を見ていたのである。




「あ、ビクトルも食べます?」


「いえ、先程も言いました通り職務中ですのでご遠慮致します」


「そんな事言わないで一つ食べて下さい。凄く美味しいですよ!」


「いえ、私は・・・・・」




 私の勧めに困った表情をしたビクトルを見てなんだか無性に食べさせたい気持ちが湧いてきた私は、にこにこと笑顔を向けながらクッキーを一つ手に取って立ち上りビクトルの口許に差し出したのだ。




「なっ!姫!?」


「はい、ビクトル食べて下さい」


「いえ!それは!!」




 そう言ってビクトルは動揺しさらに顔を赤らめながら一歩後ろに下がったので、私は一歩進みビクトルの口許からクッキーを離さなかったのである。


 するとビクトルはさらに数歩下がったので私も負けじとそれについていった。




「ふふさあビクトル、諦めて食べるまでずっと続けますよ?」


「っ!!・・・・・分かりました。一枚だけですよ」




 そう赤い顔で漸く観念したビクトルはおずおずと口を開け私の持っていたクッキーに齧りついたのだ。




「セシリア、来るのが遅くなってすみませ・・・・・」




 突然扉が開きそこから笑顔のカイゼルが部屋に入ってきたのだが、私達の姿を見てそのまま固まってしまったのである。




(あれ?なんだろう・・・この浮気現場を見られてしまったような雰囲気は・・・)




 カイゼルの登場で一気に部屋の中が静まり返り、何故かこの重苦しい空気に私の背中に冷や汗が流れた。


 すると今度は先程と違った黒い笑顔を浮かべながら私達に近付いてくるカイゼルから、何か只ならぬ冷気が漂ってきたように感じだしたのだ。




「セシリアにビクトル・・・貴女達は一体何をしているのですか?」


「え?いやこれは・・・」


「カイゼル王子!姫は何も悪く・・・」


「言い訳は聞きません。事実を言いなさい!」


「ひっ!わ、私がニーナのクッキーをビクトルに食べさせていました!!」


「私は姫にそのクッキーを食べさせて頂いてました!!」


「・・・何故そのような状況に?」


「二、ニーナのクッキーが凄く美味しかったですので、是非ともビクトルに食べてもらいたかったからです!!」


「ではビクトルが自分で食べれば良かったのではないのですか?それがどうしてセシリアが食べさせていたのですか?」


「ごめんなさい!!食べてくれなかったビクトルを見て面白がって食べさせていました!!!」


「・・・・・はぁ~まあ思っていた気持ちで食べさせていなかったようですし今回は許しますよ」


「ん?それはどう言った気持ち・・・」




 カイゼルの言葉の意味が分からず問い返そうとするが、カイゼルは私から視線を外し萎縮した面持ちで黙って座っているニーナに視線を向けた。




「ニーナ、せっかくいらっしゃったのに申し訳ありませんがそろそろご退出願えませんか?少しセシリアとお話したいのです」


「あ、はい!セシリア様また来ますね!では失礼致します!!」


「ニーナごめんなさいね!また来てくださるの待ってますから!!」




 私達にお辞儀をしてから脱兎の如く扉に向かっていくニーナの背中に向かって私はそう叫んだのだ。




「・・・何をしているのです?ビクトル貴方はニーナの護衛ですよね?ニーナについて行きなさい」


「・・・姫に酷いことをされないと約束して頂ければ」


「何を当たり前の事を言うのです。私はセシリアを傷付ける事は絶対しませんよ」


「・・・・・分かりました。では失礼致します」




 ビクトルはじっとカイゼルを見てからスッと頭を下げそしてニーナを追って部屋から出ていったのである。


 そして気が付いたら部屋にいた侍女達も逃げるように部屋から出ていかれカイゼルと二人っきりになってしまったのだ。




「え~とカイゼル・・・」


「セシリア・・・私にもビクトルにした事をしてください」


「え?」


「私にもセシリアからそのクッキーを食べさせて欲しいのです」


「えっと・・・」


「・・・駄目ですか?」




 そう言って真剣な表情でじっと見つめてくるカイゼルに私は戸惑いながらもぎこちなく頷いたのである。


 そうして私とカイゼルは一緒の長椅子に座ると、ニーナが作ってくれたクッキーを一つ取りカイゼルの口許に持っていったのだ。




「はいどうぞ」


「・・・あ~んは言ってくださらないのですか?」


「え?言うんですか?」


「当然です。昔レオンに言っていましたよね?」


「あ~まあ・・・言っていましたね」


「ではお願いします」


「・・・ではあ~ん」


「あ~ん」




 カイゼルはそう言って口を開け私の持っていたクッキーをパクリと食べた。


 そしてゆっくりと咀嚼してから飲み込むととても嬉しそうな顔で微笑んできたのだ。




「とても美味しいです」


「そうでしょう?ニーナのクッキーは凄く美味しいんです!!」


「それは勿論そうですが、セシリアが食べさせてくれた事でもっと美味しくなったんですよ」


「そうでしょうか?」


「では試しに今度は私がセシリアに食べさせてあげますね」


「え?いえ私は・・・」


「さあ、はいあ~ん!」


「うっ・・・・・あ~ん」




 その有無を言わせないカイゼルの様子に仕方がなく口を開きカイゼルの手からクッキーを食べたのだ。




「どうですか?」


「う~ん、美味しいですけど・・・特に先程と変わった感じはしません」


「そうですか・・・ふっ、ではこれは何度か試さないと分からないですね」


「え?・・・ええ!?」




 そうしてその後、至福顔のカイゼルに何度もお互いクッキーを食べさせ合いをさせられたのであった。

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