ヒロイン『ニーナ』
目の前の扉がゆっくりと開くとその先に沢山の王侯貴族が居並ぶ姿が目に飛び込んできた。
その瞬間、私は今すぐこの場を逃げ出したい衝動に襲われたのである。
しかしまるで我が子の事のように喜び嬉しそうに私を送り出してくれた町の人々の顔が頭を過ったのだ。
私はそんな町の人々の気持ちを台無しにしては駄目だとぐっとその場に踏み止まり、緊張で震える足をなんとか前に動かしてその居並ぶ王侯貴族の方々の間を祭壇に向かって歩いて行った。
そうして漸く祭壇近くにまでやって来た事で少し気が抜けてしまった私は、歩き慣れていなかったカーペットに足を取られてしまったのである。
『あ』
そう小さな声を上げたと同時に私は前のめりに倒れてしまったのだ。
私は近付いてくる床に思わず目をつむり衝撃に耐えようとしたのだが、そんな私の体を誰かが支えてくれたのである。
まさかこの状況で誰かに助けられるとは思っていなかった私は、戸惑いながらもそっと目を開けそして驚きに目を瞠ってしまったのだ。
《な、なんて綺麗な方・・・》
私を助けて下さった方の顔を見て思わずそう思ったのである。
『大丈夫ですか?』
『え、ええ大丈夫です。助けて頂きありがとうございます』
『お怪我がなく何よりです』
『・・・失礼ですがお名前を伺ってもよろしいでしょうか?』
『私ですか?私は・・・カイゼル、カイゼル・ロン・ベイゼルム。一応この国の第一王子をしています』
『っ!!』
カイゼル王子はにっこりと私に向かって微笑んできた。
するとその美しい微笑みを間近に見た事で私の顔が一気に熱くなったのだ。
◆◆◆◆◆
私はそんなゲーム画面が脳裏に浮かび激しく動揺していた。
(ここ本来はカイゼルがニーナを助ける場面で、さらに二人が初めて出会う大事な部分だった!!!私ニーナの恋の邪魔をしないとさっき改めて誓ったばかりだったのにさっそく破っちゃったよ!!!)
そう心の中で叫びながらも表面上は平静を装いとりあえずニーナを立たせてあげたのだ。
その時チラリとカイゼルの方を見ると、もう元の体勢に戻り私の方を見ながら苦笑を浮かべていたのである。
(・・・今からカイゼルと変わっても・・・やっぱり遅いよね。はぁ~まあやってしまったものは今さらしょうがない。きっと別のイベントで二人の仲が進展するでしょう)
私はそう割り切る事にし、もう一度ニーナの方を見てにっこりと微笑んだ。
「ではニーナ様、私は元の場所に戻りますね」
「え?あ・・・」
何故か私の言葉を聞いたニーナは不安そうな表情になりそして俯いて自分の手をぎゅっと握ってしまった。
私はそんなニーナの様子を不思議に思っていると、私の耳にコソコソと話している貴族達の声が聞こえてきたのである。
「やっぱり平民の娘に『天空の乙女』なんて務まるわけがなかったんだ」
「あ~あ、あんな醜態晒して見苦しい。それにセシリア様にもご迷惑を掛けるなどなんとはた迷惑な娘だ」
「今からでも遅くない、もう一度儀式をやり直した方が良いのでは?」
「それは私も賛成だ!きっと今度こそ私の娘が選ばれるはずですからな」
「いやいや、私の娘に決まっています!」
そんなどう考えてもニーナに聞こえるだろう音量で話している貴族達に私は段々ムカムカしてきたのだ。
(ちょっとなにあの人達!!ちゃんと儀式で決まった事なのに、平民だからって言う理由だけで酷いこと言ってる!!・・・・・あれ?確かここもプロローグの中にあった場面だ。そうそう・・・本来ここにいるはずのカイゼルがあの人達をひと睨みで黙らせていたんだよね。だってカイゼルは王子であり王太子だからそんな人に睨まれてあの人達が黙らないわけないか・・・でも現実今ここにいるのはカイゼルではなくその婚約者であり公爵令嬢と言う肩書きがあるだけのただの娘。そんな娘が睨んでも全く効果無いだろうな~)
私はそう思いながらまだ俯いているニーナをじっと見つめ、その体が小さく震えてしまっている事に気が付いた。
そんなニーナを見て私は表情を引き締めるとその握っている手に私の手を乗せたのだ。
するとその手に驚いたニーナが顔を上げて私を見てきたがその瞳は涙で潤んでいたのである。
私はそんなニーナを安心させるように優しく微笑んだのだ。
「大丈夫ですよニーナ様。あんな言葉など気になさる必要全くありません。あれは空耳だと思えばいいのですよ。ニーナ様はちゃんとした儀式で選ばれた『天空の乙女』です。その『天空の乙女』に身分など関係ありません!だからどうぞ自信を持って下さい」
「セシリア様・・・」
「だけど・・・まだ体が震えていらっしゃるようですし、あの祭壇の手前まで付き添い致しますね」
「あ、ありがとうございます」
ニーナは私の言葉を聞いて目を瞬くとすぐにホッとした顔になり小さな声でお礼を言ってきたのである。
そうして私はニーナの手を取り腰を支えてあげるとそのまま司祭が待っている祭壇に向かって二人で歩きだした。
すると予想はしていたがそんな私達を見てさらに陰口が私の耳に聞こえてきたので、私は歩きながらその陰口を叩いていた人達の方を見てスッと目を細め冷たい眼差しを向けると少しだけ口角を上げて笑って見せたのだ。
その瞬間、陰口を叩いていた人達は顔を強ばらせながら固まってしまったのである。
(ふふ、自分で言うのもなんだけど・・・美少女の冷たい眼差しと意味ありげな微笑は何かあるんじゃないかと思わせる恐怖があるんだよね)
私は前世で見たちょっと怖いドラマや映画とかで美少女の女優さんがやっていた表情を真似してみたのだ。
そしてどうやら効果テキメンだったようでそれからパッタリと陰口が聞こえてこなかったのである。
そうしてなんとか司祭の立っている壇上前までやってくると私はニーナからスッと手を離した。
「ではニーナ様、私はここまでです」
「セシリア様、本当にありがとうございました」
「いえいえ、頑張ってくださいね」
私はそう言って軽く手を振るとニーナから離れカイゼルの隣に戻っていったのだ。
そして呆れた表情をして私を見てくるカイゼルに、私は色んな意味を込めて小さな声で謝罪の言葉を言ったのである。
「カイゼル、ごめんなさいね」
「何故私に謝られるのですか?・・・しかしセシリア、貴女は相変わらず凄い行動をしますよね」
「そうですか?」
「ええ、普通の令嬢は咄嗟にあのような助けに入る事などされませんよ。私が出遅れる程に・・・」
「それに関しては本当にごめんなさい!」
「いえ、怒っているわけでは・・・ただ今回は二人共怪我が無かったから良かったですが、場合によってはセシリアまで倒れて怪我をされていたかもしてないんですよ?その事分かっていますか?」
「でもニーナ様、凄く軽かったですよ?」
「そう言った事ではなくてですね・・・私はセシリアに怪我をさせたく無いのです。なので今度同じような事が起こった時は私を頼ってください!良いですね?」
「は、はい!」
何故そこまでカイゼルが怒っているのか分からなかったが、凄みのある似非スマイルで迫られ私は大きく首を縦に何度も振って頷くしかなかったのであった。
そうしてその後はなんとか無事に叙任式が終わり、私はカイゼルと共に式典の間を出たのである。
すると廊下の一角で見知った人達が何かを取り囲むように集まっていたのだ。
私は一体何をしているのかと思いじっとその集団を見つめると、その中心にふわふわの金髪が見えたのである。
(・・・あ!そうか今あそこではプロローグであった攻略対象一人一人の自己紹介が行われているんだ)
その集団はニーナを中心にシスラン、レオン王子、アルフェルド皇子、ビクトルが集まっているのだ。
「・・・あの人達は一体何をしているのでしょうか?」
「多分自己紹介などを・・・」
ゲームの進行通り進んでいる事を確認していた私にカイゼルが不思議そうに話し掛けてきたのである。
しかしそこで私はある事に気が付きカイゼルとニーナの顔を交互に見比べた。
「カ、カイゼル、せっかくだし皆と一緒にニーナ様にご挨拶されてはいかがですか?」
「・・・いえ、わざわざ挨拶するほどではないですから」
よくよく考えれば先程の二人の初めての出会いをぶち壊した事で、まだ二人は顔を合わせて名乗り合っていない事に気が付いたのである。
(いやいや、二人の出会いを壊してしまった身としては出来れば早めに会って挨拶を交わして欲しいんだよ!!!)
私は口には出せないがそう思っていると、本当にカイゼルは挨拶をせずこの場から離れようとしていたのだ。
それも自然に私の腰を抱いて歩き出していたのである。
「さあセシリア、この後二人でお茶でも飲んで今後の事を話し合いましょう」
「今後の事?いえいえそれよりも、皆の所に行きましょう!と言うか行きたいです!!」
「・・・出来れば二人っきりになりたかったのですが・・・仕方がありません。そんなに言われるのでしたら行きますよ」
私の必死の願いにカイゼルは少し残念そうな表情をしながら微笑み、そして向かう先をニーナ達がいる場所に変更してくれたのだ。
すると中心にいたニーナが私達の存在に気が付き嬉しそうな笑顔になると、その中心から抜け出して私の方に駆け寄ってきたのである。
「セシリア様!!」
「ニーナ様、叙任式お疲れ様でした」
「ありがとうございます。これもセシリア様が私を助けて下さったからです!」
「私は大した事はしていませんよ。ニーナ様が頑張られたからです」
「いえ、セシリア様のお陰で勇気が持てましたから・・・あ、それでお願いがあるのですが、私の事はニーナとだけで呼んでください。様と呼ばれるのは落ち着かないので・・・皆様にもそうお願いしました」
「分かりました。では私もセシリアとだけで・・・」
「いえ!それは出来ません!!!身分が違いすぎます!!!」
「しかしそれでは・・・」
「皆様にお聞きしました!セシリア様はこの国の王太子様のご婚約者で公爵令嬢なのですよね?そんな方を呼び捨てでお呼びしたら・・・私きっと生きていられません!!」
「いや、そんな大袈裟に言われなくても・・・」
「それぐらい身分が違うのです!ですので様は付けさせて頂きます!」
「あ、はい。分かりました」
私を見てキッパリと言ってくるニーナに私は動揺したが、よくよく考えたらニーナは相手が貴族であろうとキッパリと言うときは言う子だった事を思い出し納得したのであった。
「ふふ、貴女はなかなか面白い方のようですね」
「え?」
突然私の隣で含み笑いを溢したカイゼルに、ニーナは漸くカイゼルの存在に気が付いたようなのだ。
「失礼しました。私、そのセシリアの婚約者であるカイゼル、カイゼル・ロン・ベイゼルムと申します。一応この国の王太子をしています」
「あ、私はニーナです!本日から一年間『天空の乙女』を務めさせて頂きます!」
「頑張ってくださいね」
「はい!」
カイゼルが自己紹介と共にいつもの似非スマイルをニーナに向けたが、ニーナは特にその顔に反応する様子もなくむしろ相手が王太子だった事で若干緊張した面持ちで自己紹介をしていた。
しかしあの突然の出会いとは全く違う状況だった為か、二人は特にこれと言った変わった様子もなく普通に話を始めてしまったのである。
(・・・ん~やっぱりあの出会いを邪魔したのは良くなかったみたいだな~)
そう思いながらも今さらどうにもならないので、もうこれからは邪魔をしないように気を付ける事にしたのだった。
するとそんな私達の近くにシスラン達が近寄ってきたのだ。
「セシリア、さっきは凄かったな」
そう言ってシスランは面白そうな顔で眼鏡を手で押し上げながらニヤリと笑ってきた。
「でも、咄嗟にセシリア姉様が飛び出した姿は素敵でしたよ!」
次にレオン王子がいつもの小悪魔的笑顔を見せながら私を褒めてきたのである。
「ふふ、セシリアのあの冷たい微笑で凍り付いた貴族達の顔は今思い出しても愉快だ」
口許に手を当てながら妖艶に笑い私を見つめてくるアルフェルド皇子が優雅に歩いて近付いてきた。
「姫・・・いくら貴女がお優しい方でも無茶はしないで頂きたい」
ビクトルがそう言って眉間に皺を寄せながら険しい表情で私の近くに立ってきたのだ。
そうして気が付いたら今度は私を中心とした状態になってしまった。
「・・・皆さん、中心にする人物間違っていますよ?」
私がそう困った表情で言うと、逆に皆は不思議そうな顔を私に向けてきたのである。
「ではセシリア以外の誰が中心になるのですか?」
「え?それは勿論ニーナ・・・」
「私もセシリア様だと思います!」
カイゼルの問い掛けに私がニーナと答えようとすると、当のニーナがキッパリと私だと言ってきたのだ。
さらにそのニーナの言葉に何故か私以外の全員が同時に頷いたのであった。
私はそんな皆の様子に戸惑っていると、ニーナが何かを思い出した顔で私に話し掛けてきたのである。
「そう言えばセシリア様、私今日から『天空の乙女』の任期が終わるまでこのお城で住まう事になったのですが、セシリア様のお部屋はどの辺りにありますか?今度今日のお礼を兼ねてお菓子を作ってお持ちしたいのですが・・・」
「ごめんなさい。私ここに住んでいないのです。なので残念ですがお気持ちだけで・・・」
「ではセシリアもこの城に住めば良いのでは?」
「え?」
カイゼルの突然の言葉に私が驚きの声を上げると、何故かシスラン達がカイゼルの言葉に同調しだしたのだ。
「それは良いな。俺はニーナの教育係でこの城に住まないといけなくなったし、わざわざセシリアの家に行く手間が省ける」
「やった!!セシリア姉様と一緒に住める!」
「それはとても魅力的だ。私もこの国に滞在中はこの城に住んでいるからね。これでいつでも貴女に会える」
「私もその意見に賛成です。ニーナ様の護衛役を任命されている身としては姫も近くに居ていただけると同時にお守りできますので」
「私、得意のお菓子沢山お作りしてお持ちしますね!!」
「ちょ、ちょっと皆さん待ってください!!私は住むとは・・・」
「セシリア、もうこれは決定のようですし諦めて下さいね」
最後にカイゼルが極上の似非スマイルでにっこりと笑ってきたのを見て私は天を仰いだのである。
(ちょっと!!!私はこれから家に籠って、ニーナの恋の邪魔をしないようにするつもりでいたのに!!!!!)
そう綺麗な装飾がされた天井を見つめながら心の中で叫んでいたのであった。
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