天空の乙女

 アルフェルド皇子は何故か私とあの廊下で話した後、急に予定を繰り上げて帰国してしまったのだ。


 さすがにその急な行動に私達は驚いていたのだが、帰国の際アルフェルド皇子がどうしても国に帰ってやらなければいけない事が出来たから暫しの間お別れです、と真剣な表情で見送りに来ていた私に向かって言ってきたのである。


 私は何故こんな大勢の見送りの中で私に向かって言ってくるのか戸惑ったのだが、それでも私は体面を守ってにっこりと微笑み頑張ってくださいと言ったのだ。


 するとアルフェルド皇子はスッと私の前で膝をつき私の右手を取ってその甲に口づけを落としたのである。


 その瞬間、隣にいたカイゼルや近くにいたレオン王子、さらには離れた所にいたシスランやレイティア様そしてビクトルから、何か絶対零度のような冷気が漂ってきたかのように錯覚したのであった。


 しかしそんな皆の気配を気付いているのかいないのかアルフェルド皇子は私の手から顔を離し、私の顔をじっと見つめて妖艶に笑うと必ずまた貴女に会いに来ると言い残して去っていったのだ。


 その後すぐに先程の冷気らしき物を出していた5人に取り囲まれ、一体アルフェルド皇子と何があったのか状況説明を求められたのである。


 私は何故皆そんな鬼気迫る様子で詰め寄ってくるのか困惑したのだが、これは説明しないと解放してもらえないと思いあの廊下であった出来事を説明したのだった。


 すると私の説明を聞いた5人は同時に大きなため息を吐き、そして私を胡乱げな眼差しで見てきたのだ。




「また増えましたね・・・」




 そんなカイゼルの呟きに他の4人が同意するように同時に頷いたのである。


 しかし私はそんな5人の様子に戸惑いながら首を捻っていたのであった。


 そうして最後の攻略対象者と出会ってからさらに月日が流れ、あっという間に9年の年月が過ぎてとうとう私は17歳にまで成長したのである。


























 今年は数十年に一度『天空の乙女』と呼ばれる巫女を決める為の儀式が王城内の神殿で執り行われるのだ。


 そもそもそれはどう言った儀式なのかと言うと、神殿の奥にとても大きな水瓶がありその中に今年17歳になる王国内全ての女性の名前が書かれた特殊な紙を一斉に入れるのである。


 すると不思議な事に一枚だけが水面に浮き上がり他は全て水瓶の底に沈むのだ。


 そしてその水面に上がってきた紙に書かれた名前の女性が、その年の『天空の乙女』として選ばれるのである。


 私はそれをゲームの冒頭で流れる映像で見ていたので、今神殿で行われているであろう儀式の様子が実際に見なくても頭に浮かんでいるのであった。


 そんな事を考えながらも私は自室でのんびりと本を読んでいたのである。




(・・・まあ誰が『天空の乙女』に選ばれるのか分かっているからな~。全くドキドキしないんだよね)




 そう本に目を通しながら苦笑いを浮かべつつ今朝のお父様達の様子を思い出していたのだ。


 お城に登城する時間までお父様やお兄様は落ち着きなく私の部屋をうろちょろしていたは、お母様は何度も『天空の乙女』に選ばれた時のドレスはどれが良いか侍女達と相談していたはで、私以外のこの屋敷にいる者全員が私が『天空の乙女』に選ばれるものだと確信してしまっていたのである。


 私はそんな皆の様子に結果が分かっている身としてはとても心苦しかったのだ。


 だから何度も私じゃ無いかもしれないからそんな期待を持たないでとお願いしていたのだが、逆に絶対大丈夫だと励まされてしまったのである。


 その何を言っても無駄な雰囲気に私は途中から諦め、その人達が結果を聞いてあまり落ち込まない事を願うばかりであった。


 そうして私以外の者が浮き足たっていた屋敷の中が突如慌ただしくなり、そして勢いよく私の部屋の扉が開いたのである。




「セシリア大変だ!!」


「・・・お父様、年頃の娘の部屋に入る時はせめてノックお願いします」


「あ、ああすまない。っと、そんな事を言っている場合じゃ無い!!セシリア大変だ!!『天空の乙女』が別の娘に決まってしまったんだよ!!!」




 お父様そう叫びながら信じられないと言った顔をしていたのだ。


 さらに遅れて部屋に入ってきたお兄様も納得のいかない顔をしていたのである。




「絶対『天空の乙女』は私の可愛い妹であるセシリアがなるはずだと思っていたのに・・・」


「お兄様・・・儀式で決まった事ですし仕方がないですよ」


「セシリア・・・お前は悔しく無いのか?」


「いいえ全く。そもそも私にそんな大役務まるとは到底思っていませんでしたので、正直選ばれなくてホッとしています」


「いや、セシリアの器量なら問題ないと思うけど?」


「いえいえお兄様、それは家族の贔屓目で見ているからですよ」




 そう言って私はお兄様に苦笑いを浮かべてみせたのだ。


 すると続いてお母様が慌てた様子で私の部屋に駆け込んで来たのだが、その顔は青ざめ信じられないものでも見たかのような表情をしていた。




「あ、あなた・・・セシリアが『天空の乙女』に選ばれなかったと言うのは本当の事なの?」


「・・・ああ」


「そんなぁ!!」




 お父様が悔しそうに返した返事に、お母様は一瞬意識を失いその場で崩れ落ちそうになったのだ。




「レイラ!!」


「お母様!!」


「母上!!」


「奥様!!!」




 だがそのお母様を後ろに付いていた侍女達が慌てて支えすぐに椅子を持ってきて座らせてくれたのである。


 お父様はそんなお母様の近くに寄り添いそっと肩を抱くとお母様はお父様の体に頭を預けたのであった。




「レイラ大丈夫か?」


「え、ええ・・・心配を掛けてごめんなさい。ねえあなた、それじゃあ『天空の乙女』に選ばれたのはどんな方なの?」


「確か・・・王都より少し離れた町に住む平民の娘だったはずだ」


「え!?貴族の方ではなく!?」


「ああ、それは私も驚いた。何故なら今までの『天空の乙女』はずっと貴族の娘が選ばれ務めていたからな。まあ確かに今までも平民の娘の名前が書かれた紙が一緒に水瓶に入れられてはいたが、文献を見る限り一度も浮いてこなかったそうだ。だから今回も私の娘が選ばれるとばかり思っていた。しかし実際は・・・」


「もしかして何かの間違いではないのですか?」


「私もそう疑いたい気持ちで一杯なのだが、しかし私もその儀式に立ち会いその浮いてきた紙をこの目で見ていたので残念だが間違いはないんだ」


「そんな・・・せっかくセシリアの為に色々なドレスを用意しておいたのですよ・・・」




 そう言って落ち込むお母様の背中をお父様が優しく撫でてあげていたのである。




(・・・予想はしていたけど、この皆の落ち込みようさすがに堪えるな~)




 私はそう皆の様子を見ながら複雑な気持ちでいたが、それでもどうしても気になる事があったのでお父様に問い掛けたのだ。




「お父様、それでその『天空の乙女』に選ばれた方のお名前は何て言われるの?」


「ああ確か・・・家名が無く『ニーナ』と言う名前だったな」


「ニーナ・・・」




 お父様から聞いた名前をボソッと呟き私は考えこんだのである。




(なるほど・・・ヒロインの名前はゲームのデフォルトの『ニーナ』なんだね。一応名前変更も出来たからどんな名前になってるか分からなかったからな~。まあ私の場合は名前を考えるのが苦手だったからそのまま『ニーナ』でやっていたんだよね。だから正直違和感のない名前で良かった)




 そう心の中で思いながらも、いまだに落ち込んだままのこの空気を一体どうすれば良いか困り果てていたのであった。




























※『ニーナ』




 肩までのふわふわの金髪に綺麗な青い瞳の美少女で17歳。


 『悠久の時を貴女と共に』のヒロインで操作キャラでもある。


 性格は明るく誰とでも打ち解ける事が出来優しい心の持ち主。


 だが善悪の判断がしっかりしており、甘い言葉で騙して来ようとする者には貴族であってもキッパリと意見を言う芯の強さを持っている。


 王都から離れた町に一人で住んでおり、両親は幼い頃に亡くなって天涯孤独の身。


 だがそんな環境に置かれても回りの優しい人々に助けられ曲がった性格にならなかった。


 そして17歳になった年に『天空の乙女』に選ばれ王城に登城する所から物語が始まる。






 私はそのニーナに関しての内容を思い出しながら、式典の間の最前列にカイゼルと共に並んで立っていたのだ。


 今からここで『天空の乙女』の叙任式が執り行われるのである。


 そしてその式に参列する為、国王夫妻は勿論この国の王子であるカイゼルやレオン王子、王宮学術研究省所長のデミトリア先生とそのご子息であるシスラン、さらにこの珍しい『天空の乙女』と言う儀式に興味があるからと言って長期訪問滞在してきたアルフェルド皇子と、この式典の間を警護している団長となったビクトルがこの場に揃っているのだ。


 一応それ以外にも官僚等の貴族が多く入っていて、私の両親やお兄様、大臣の娘であるレイティア様も父親のダイハリア侯爵と並んで立っていた。


 そんな多くの王侯貴族が真ん中に敷かれた赤いカーペットを挟むように向かい合って並んで立っているのである。


 そして扉から続く赤いカーペットの先が一段高くなっていてその上に祭壇が置かれ、そこに司祭だと思われる立派な白い髭を生やした初老の男性が立っているのだ。


 私はこの厳かな雰囲気に飲まれながらも、いよいよこれからゲームの本編が始まるかと思い期待と不安で心臓が激しく鳴り響いていたのである。




(とうとうこの日がやって来た!!『悠久の時を貴女と共に』ファンとしては目の前でヒロイン・・・ニーナの登場シーンを見れる喜びは半端ないんだけど!!!だけどそれと同時に、とうとうカイゼルと婚約を解消出来なかった不安は残ってしまった。一応何度もその話をしてみたけど全く聞き入れてくれなかったんだよね・・・はぁ~まあニーナの恋の邪魔はしないように気を付けて死亡フラグを絶対立たせないようにしないと!!)




 そう密かに心の中で決意を固めていたのであった。


 するとそんな私の耳元にカイゼルが顔を寄せて私に話し掛けてきたのである。




「セシリア、本当に残念でしたね。私も『天空の乙女』は貴女だと思っていたのですが・・・」


「カイゼル・・・もう決まった事ですので仕方がありませんよ。それに、私は『天空の乙女』に選ばれたニーナ様を全力で応援するつもりでいますので」


「お、応援ですか・・・」


「ええ!ニーナ様の邪魔をせずその行動を助けるつもりです」


「そ、そうですか・・・まあセシリアが気になさっていないのでしたらもう私は何も言いません」




 私がカイゼルを見ながら握り拳を作って意気込むと、それを見たカイゼルが苦笑いを浮かべてそう答えたのであった。


 そうして私は再び赤いカーペットの方を向き今か今かとニーナの登場を待っていたのである。


 しかしそこでふとある事に気が付いた。




(・・・あれ?ここの場面って実際どんな話だったけ?確か・・・ああそっか、ここはルートに入る前のプロローグ部分だから一番最初に見ただけで基本的にスキップしてたんだった。う~んどんなのだったかな~?スキップ押す前は扉が開いて視界に沢山の王侯貴族が並んでいると言う描写が書かれていて、それを見てすぐにスキップ押しちゃってたから・・・)




 私は前世の記憶を呼び起こそうと眉間に皺を寄せながら他の人に気が付かれないように難しい顔をしていたのだ。


 しかしその時、ニーナが入場する知らせが聞こえ私はもう思い出すのを止めてワクワクとしながら扉の方を見つめたのである。


 するとゆっくりと扉が開き、そこからスマホの待受画面にもしていた姿のニーナそのままが入ってきたのだ。




(な、生ニーナ可愛い!!!あの歩くたびふわふわ揺れる金髪も緊張と不安で一杯なのがよく分かるあの青い瞳も全部あのニーナそのままだ!!!ヤバイ、今まで出会ってきた登場人物の中で一番嬉しい!!!)




 そうゆっくりとカーペットの上を歩くニーナを見つめながら心の中で身悶えていたのである。


 そうしてニーナはなるべく回りの王侯貴族達を見ないようにしているのか、祭壇の方に視線を向けたまま緊張した眼差しでぎこちなく歩いていたのだ。


 そしてそんな足取りのまま私の前を通り過ぎようとした時、それは起こったのである。




「あ」




 ニーナのそんな小さな声と共にその体が前に倒れていった。


 どうやら緊張と慣れないカーペットの歩き心地に足を引っ掻けてしまったようなのだ。


 そんなニーナの様子を見てざわめく回りの貴族達の声を遠くに聞きながら私の体は無意識に動いていたのである。


 私はさっと参列の列から抜け出しその今にも床に倒れてしまうニーナの体を咄嗟に支えたのであった。




「ニーナ様!大丈夫ですか!?」


「は、はい。大丈夫です」


「それは良かった」


「っ!!」




 どうにか転倒する前に支えれたのでニーナが怪我をする事がなく、その事に私はホッとしながらニーナに向かって微笑んだのだ。


 するとニーナは私の顔を見ながら何故かみるみる顔を赤らめ息を詰まらせたのである。


 そんなニーナを私は不思議に思いつつ声を掛けた。




「ニーナ様、どうかされました?」


「・・・とても綺麗です」


「え?」


「あ!いえ、何でもありません!それよりも助けて頂きありがとうございます。え~と失礼だと思いますがお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


「私ですか?私はセシリアと申します」


「セシリア様・・・とても素敵なお名前ですね」




 そう言って恥ずかしそうに頬を染めながらにっこりと私に笑い掛けてきたニーナを見て、私は思わずこの場で身悶えしそうになったのだ。




(いや!!!ニーナ可愛い過ぎる!!!!・・・・・あれ?なんかこれに似たセリフと場面見た事があるような・・・・・・あ!!)




 私はその時ある事を思い出し慌てて後ろを振り返ると、そこには一歩足を踏み出してこちらに手を伸ばしたまま固まっているカイゼルがいたのである。




(そ、そうだった!!!!本当はここ、カイゼルがニーナを助ける場面だった!!!!!!)




 そう私は固まってしまったカイゼルを見ながら心の中で叫んでいたのであった。

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